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私を頼って

 ……エドガー先生の言うように、クライブは私を大切に想っているのかしら。


 いいえ、そんなはずはない。

 だって、大切に想っているのなら、こんな中途半端な関わりかたをするわけがないもの。


 それなら、サリア様の形見を手放してまで、ロゼッタ第二王女の名が欲しかった?


 さすがにそれも違う気がする。

 クライブは合理的なところもあるけれど、そういうことをするような人ではない。


 だったら、どうして?


 二人きりの部屋で悶々としながら考えていると、私の名を呼ぶ弱々しい声が聞こえてくる。

 視線を送ると、クライブがうつろな目で私を見つめてきていた。


 身体もかなりつらそうで、見ている私のほうまで胸が苦しくなってしまう。


「先ほどエドガー先生が来てくださいました。どうやらお風邪を召されたようです」


 「そうか」とクライブはもごもご手を動かして、ひたいに載ったタオルに触れた。


「これは、お前がしてくれたのか?」


「熱にうなされてらっしゃったので。下げましょうか?」


「いや、下げなくていい。ありがとう」

 そう言ってクライブは、柔らかく目を細めてくれる。


「タオル……もうぬるくなってきてますね、変えましょう。せめて今日明日はゆっくり休んでください」

 タオルを手に取り、水の入ったたらいの中に浸した。


「いや、そういうわけにはいかない」


 その声に振り向くとクライブは身体を起き上がらせてベッドのふちに腰掛けていて、ぎょっとした私はタオルを落として声をあげた。


「ちょ、ちょっと! 何なさってるんですか!」


 慌ててそばに寄ると、クライブはめまいがしているのか、目元をぐっと押さえながら背中を丸めている。

「早く、グレイ殿を……迎える準備を」


 息も絶え絶えにそう言うけれど、座っただけでくらついているようじゃ到底無理な相談だ。


「今日明日は見回りのお礼とおもてなし、ノースランドの現状報告をするだけです。お風邪を悪化させた原因は私にもありますし、私が陛下の代わりに全て行います」


「だが……」

 こんな状態なのにまだ仕事をしようとするクライブに、あきれと怒りが増していく。


 はぁ、と深く息を吐き出して、クライブを睨みつけた。


「陛下は、私を信頼できないと仰せられるですか?」


「仕事人間な王妃様は、余計な仕事を増やしたくはないだろう」

 クライブはいつものように口角を上げて笑い、嫌味に返してくる。


 いまそれを言うか! と、怒りが頂点にまで達し、お腹の奥底もグツグツと煮えているかのようだ。クライブの嫌味にここまで怒ったことは未だかつてない。


「もしかして、ご冗談のおつもりですか? ぜんっぜん笑えませんからね、それ。クライブが心配だから言ってるって、どうしてわかんないの!?」


 クライブはあっけにとられたような顔をして、じっと私を見つめている。


 そりゃそうだ。

 私はいままで『王妃というのはただの役割で仕事でしかない』だの『時間外は王妃の仕事はしない』だのうだうだ言ってきたのに、しなくていい仕事を自ら引きよせようとしているのだから。


 それに、本人を目の前にして『陛下』ではなく『クライブ』と名前で呼んだことは、大人になってから一度もなかったような気もするし。


「王妃としてノースランドに尽くしたい、頼られたいと思うのはおかしいことですか? 貴方だってもう一人じゃない。少しくらいはその重荷を分けて欲しいです」


 うつむきながら口を尖らせて言うと、クライブは静かに呟くように私の名を呼んでくる。


 ああ、ガラでもないことを言ってしまった。


 クライブがどんな顔をしているのか見るのが怖くて身体をひねり、窓の外を見ながら強い口調で言い放つ。


「とにかく! 二年間必死に走り続けてきたんですから、二日ぐらい休んだって罰は当たりませんよ。ちゃんと休んでいないと、私、ロゼッタに帰らせていただきますからね!」


「はは……そうか、それは困るな。ティア、すまないが……頼んだ」


 弱々しいけれど楽しそうに笑うクライブの声が聞こえてきて振り返ると、すでにもうクライブは安心したように眠りについていたのだった。


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