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政略結婚の裏の裏

 一度深呼吸して心を落ち着かせてから四階に降りると、ハロルドとオーウェンが険しい顔をして駆け寄ってきた。


 現状について説明をすると、侍従が医者の手配を依頼しにいってくれたと聞き、私はまた寝室に戻る。


 あんな状態のクライブを一人になんかさせられない。

 少しでも楽になればと、ひたいに濡れタオルをのせるけれど、すぐにぬるくなってしまい不安ばかりが募った。


 やがてノックの音が聞こえ、丸眼鏡をかけた白髪の年配紳士がやってきた。

 穏やかな空気をまとうこの人は、エドガー・ベック。

 ノースランドで最も医学の知識と技術がある医者だ。


「ああ、これはかなり熱が高そうでいらっしゃる。王妃殿下、お隣失礼いたします」

 そう言ってエドガー先生は診察を始めた。


 聴診器をあてたり、脈をとったりして、全身の様子を確認したあと、先生は静かにうなずいた。


「あの、陛下のご容態は……?」


 おそるおそる尋ねると、先生は「ただの風邪でしょう。薬を飲んで休めば二、三日で治りますよ」と優しく微笑んでくれて、私はほっと胸を撫でおろした。



「きっと、溜まりに溜まったお疲れが、いまになって噴き出てしまったんでしょうなぁ。この二年間、陛下は死に物狂いでやってこられましたから」


 先生は困ったように微笑み、私はこくりとうなずいた。


「先代の国王陛下が病でお隠れになり……陛下も突然の即位でしたものね」


「ええ。最初の半年間は特にお辛そうで……先の戦で土地は荒らされ野盗は増えるし、雨季にはニーナ川は氾濫(はんらん)するしで、てんてこ舞いでした」


 そんなにも国が大荒れだったなんて知らなかった、と目を見開く。


 ロゼッタのように派手で贅沢な暮らしはできないけれど、いまのノースランドは決して貧乏なわけではない。

 それは各領地からの報告書を読んでいれば手に取るようにわかる。


 荒れた国を二年でここまで復興させたクライブや大臣たちの手腕と努力に、敬服の念を抱いた。


 「いまでこそ豊かになりましたが、あの頃は本当に大変だったのですよ」と先生は話し、再び口を開いていく。


「陛下自ら倹約生活をされて、戴冠式も国儀と思えないほど簡素で。どんぐりを混ぜ込んだライ麦パンや肉無しスープを口にされていたこともあり、驚いた記憶があります」


「どんぐり入りのパン!?」

 農民が不作の時に食べるものとは知っていたけれど、一国の王がそれを口にするなんて驚きのあまり、言葉が続かない。


 クライブは見栄も張らず、恥も外聞も捨てて、なりふり構わず国のために尽くしてきたんだ。


 それに比べて私はどうだろう。

 『必要とされる王妃になる』と目標をたてていたものの、それはロゼッタへ突き返されないようにという薄っぺらい理由から。


 私は国民のいまと未来を、どこまで想うことができていただろうか。


 甘ったれた自分に情けなさが抑えきれなくなり、下唇をぎゅっと噛みしめた。

 そんな私の後悔に気づいているのかいないのか、先生はまた何かを思い出したように話しだす。


「そうそう。あとは、貴族の反対を押し切って宝物庫の中も売り払い、復興支援に充てたりもされていましたなぁ。ほんに立派な王で、頭が下がりますよ」


「え!?」


「どうされました?」


「あの……宝物庫の金品で私を買い取ったんじゃないんですか?」

 怪訝(けげん)な顔をしている先生に、たどたどしく質問を投げかける。


 一昨日ジョアンは確かに、ロゼッタ第二王女の名を手に入れるためにクライブが金で私を買ったようだと言っていた。

 ジョアンの話とエドガー先生の話、いったいどちらが本当なのだろう。


 先生は深くため息をついて、眠り続けるクライブをあきれたように睨み付けた。


「誰がそんなことを。まさか、陛下ですか? まったく、この方は素直じゃないから」


「いえ、風の噂で……」

 言葉を濁して答えると、エドガー先生は両手を股の間で組み、ぽつぽつと話し始める。


「ティア王妃殿下は……この方にとって、金なんかでは到底買えないものでお迎えされていらっしゃいます。レッドプラネットという貴石、ご存知ですか」


「確か、この世に数個しか存在しないと言われる、炎のように揺らめく深紅の宝石、ですよね。でもそんなもの迷信ですよ」


 私だってその宝石を今まで見たこともないし、どこにあるかさえ聞いたことがない。


 レッドプラネットは、妖精やエルフと同じように、おとぎ話の(たぐい)だと思っていたけれど、エドガー先生は首を横に振ってくる。


「陛下の母君、つまり先代の王妃殿下の家系が代々それを受け継いで持ってらしたのです。それを先代王妃殿下は亡くなる直前にクライブ陛下へと手渡されました。レッドプラネットは、陛下にとって大切な母君の形見だったのです。宝物庫の金品はあっさり売り払ったのに、それだけはいつも大切に身につけておられました」


「おられました……って、まさか……」

 目を見開く私を見つめながら、エドガー先生はこくりとうなずく。


「ええ。ティア王妃殿下をお迎えするために、ロゼッタ女王へとお納めになりました」


「どうして……」

 幼い頃、クライブは母親であるサリア様のことをあんなに慕っていたのに。

 ううん、クライブだけじゃない。私も、サリア様が大好きだった。


 乳母や教育係にクライブを預けようとせず、いつも子どもの目線にたって一緒に遊んでくれる優しいサリア様を、自分の母様以上に慕っていたのだ。


 それなのになぜ、サリア様の形見と私を引き換えにしたの?


「陛下は最も大切にしていたものを手放してまでも、ティア王妃殿下をおそばに置きたかったのでしょう。それほど、貴女様は陛下にとって大切なお方なのです。今回だって、こうやって体調を崩されたのは王妃様がいらっしゃることに気持ちが和らいで、(こら)えていた疲れが出てしまったのだと、わたしは思いますよ」



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