不安と謎の行動
あんな夢を見たせいか落ち着けなくなってしまい、ずいぶん早く支度も済ませてしまった。
手持ちぶさたで部屋の中をうろつき、今日の紅茶とティーセットはどれにするかということまで決めてイスに腰掛け、クライブがやって来るのを待つ。
だけど、いつもの時間になってもノックの音は響かない。遅い……遅すぎる。
もしかして、クライブは私を嫌いになってしまったのではないか。
怒鳴り散らした上に『ジョアンの嫁になりたかった』だとか、『早く出ていって』とか言ってしまったし……
そんなことを言われれば、嫌いになるのも当然のこと。
それに、私は普段から優しい言葉なんて言わないし、けんか腰だし。
ねぇ、クライブ。貴方、私のこと嫌いになっちゃったの……?
吸い込まれるように机に突っ伏して、静かに目を閉じた。
……それで、どうして私は階段を昇っているのだろう。
ふと我にかえった私は、足を止めて立ちつくす。
マリノが来るのを待たずに仕事中の衛兵をとっつかまえてまで、クライブに会いに行こうとするなんて、何をやっているのだろう……
いつのまにか朝のお茶会が日課のようになっていたけれど、べつに二人で約束をしているわけではない。
会いに行くのはやっぱり変だし、帰ろうかな。
そう思い踵を返そうとすると、四階から近衛兵であるハロルドとオーウェンの声が聞こえてきた。
「陛下、まだ降りて来ないってマジか……」
「心配ですし、侍従に踏み込んでもらいましょうか」
え、どういうこと?
聞き捨てならない言葉に、急ぎ四階へと登った。
「あ、ティア王妃殿下ぁ!」
「おはようございます、王妃殿下」
私と目が合った二人は、すぐに敬礼をしてきた。
「二人ともおはよう。それよりどうしたの? 陛下が起きてらっしゃらない、と聞こえたのだけれど」
私の問いかけにハロルドが階段を見つめてあきれたように笑う。
「陛下ってば、一昨日あたりから体調崩してらしたようなんですよねぇ。昨日だって、俺たちに任せて休んでてくださいって言ったのに、普通に仕事してジョアン殿下のことまでやりにきちゃって」
今度は隣のオーウェンが、不安がる私を落ち着かせるように微笑みかけてくる。
「王妃殿下、ご安心ください。一度、侍従が陛下とドア越しにお話をしています。ただ、すぐに行くとお返事があってからもう十分ほど経過しているようでして」
倒れているわけではないと知って一安心するけれど、なかなか出てこないのは心配だ。
そういえば、一昨日の朝も紅茶を飲みながらひどい咳をしていたように思う。
さらによく考えれば、昨日抱き締めてくれた時、やたら身体が熱かったような気も……
私のせいだ。私が余計なことをしたから……
「んーと。あ、そうだ、オーウェン! 王妃殿下に入っていただくのは?」
ハロルドが何かを思いついたような声をあげ、オーウェンが大きくうなずいた。
「妙案ですね。あの、申し訳ありません王妃殿下。僕たちは兵士ですので五階に上がることは基本的には許されておりません。いまは侍従がドアの前でお声をかけていますが、すぐ行くと言われてしまっているので、中に入れない状況なのです」
オーウェンの説明にこくりとうなずく。
「分かった、私に中に入って様子を見てきて欲しいということね。ぜひ行かせてちょうだい」
五階に上がると不安げな侍従と目が合い、お願いしますと頭を下げられた。
ドアの向こうからは激しい咳の音が聞こえてきていて、耳をすますとうなされている声がしているような気もする。
これは、相当つらいのではないかしら……
不安に思いながら静かにノックの音を響かせた。
「おはようございます、クライブ陛下。ティアです」
「ティア……?」
張りのない声が聞こえてきたと思ったら、次にどかどかと壁にぶつかるような音が聞こえてきて、ゆっくりとドアが開かれた。
「すまない、いま起きた。謁見には遅刻する」
顔を真っ赤にさせて、瞳は潤んでうつろ。
しかも呼吸も浅くてかなり荒い。
その様子から、体調が悪いのはもう明らかだった。
やっぱり、私のせいで悪化させてしまったんだ……
「陛下、何をおっしゃっているんですか! そのご様子で公務は無理ですよ。そもそも本日謁見はありませんから!」
声を荒らげて、クライブを諌めた。
こんなにも堂々と予定を間違えるなんて、クライブらしくない。これは相当おかしい。
じっと睨みつけているとクライブは視線を落とし、納得したようにうなずいてきた。
「そうか、今日はグレイ殿が来る日だ」
クライブはぼんやりと部屋の中を見渡し、壁にかかっている羽織りに視線を送った。
「ちょ、っと陛下! 何する気ですか!?」
まさかコイツ……
「何って、支度に決まっている」
やっぱり。どれほど仕事馬鹿なんだ、そう思った瞬間にクライブの身体がゆらりと大きく揺れた。
「危ない!」
慌てて身体を寄せて、倒れこんでしまう前に手をクライブの背中にまわして抱きとめた。
「わ! 熱い、すごい高熱ですよ!」
クライブの身体は湯上りなんじゃないかと思うくらいにほてっていて、いつものような力強さもなく、ぐったりしている。
こんな状態で仕事をしようとするなんて、いったい何を考えているんだ。
ふらつくクライブを支えたままあきれ返っていると、熱いものが首に触れてきて私は身体を飛び上がらせた。
「ひゃッ! ちょっと陛下」
「冷たくて気持ちがいい」
クライブは私の首すじに顔を寄せてきて、背中に腕を回して強く抱きしめてくる。
どう考えても普通じゃない。こんなクライブ、おかしすぎる!
「頼む、もう少しこのままで」
覇気のない声でせがんでくるけれど、私はきっぱりと断った。
「だめ、絶対だめです!」
このままでは私の心臓がもたない!
熱でおかしくなったクライブを無理矢理引き剥がして、ベッドに寝かせて布団をかけた。
相当身体がつらいのだろうか。クライブはベッドに戻ったあと、すぐに寝ついてしまった。
「医者を呼びますので、どうかここでお休みになっていてください」
言い捨てるようにして、小走りでクライブの寝室を飛び出した。
「なんなのよ、もう」
廊下に出て自分の首に触れ、うつむいた。
どうしてなのだろう。さっきの熱のほてりが、いつまでたっても消えてくれない。




