政略結婚の裏
屋上庭園に来て、と言っていたけれど、どうしよう。極力部屋の外に出るなと言われているし……
でも、クライブもマリノもジョアンが来ているなんてひとことも教えてくれなかった。そもそも、女嫌いの使者ってなんだったのだろう。
もしかして、ジョアンに合わせたくないがための嘘? 皆が共謀して、私を騙しているの?
心の奥底によどみのようなものが生まれたのを感じる。
ジョアンはクライブと私のことで大切な話があると言っていたし、私がちゃんと知っておかなければならないことかもしれない。
それに、クライブやマリノから騙されたままで、私だけ何も知らないのは嫌だ。
廊下に出て衛兵に「二階の屋上庭園へ散歩に行きます」と伝えると、先の道を確認されてから通された。やはり、ジョアンに会わせないようにしている。
信頼していたはずの二人が、とたんに分からなくなる。
モヤモヤとすっきりしない気持ちを抱えたまま屋上庭園に向かい、ジョアンを待った。
「ティア、待たせてごめんね。影武者に目を向かせる作戦だったんだけど、なかなか兵士たちの隙が見えなくてさ」
ノースランドの軍服をまとったジョアンが駆けてくる。
「ジョアン、どうしてこんなことになっているの? ノースランドの軍服だってわざわざ事前に手に入れて、ここまできたということでしょう……?」
「サウスは商人の国。欲しいものはなんでも手に入る。裏のルートだっていくらでもあるし、偽の軍服を作らせることなんて造作もないよ」
「そういうことじゃなくって」
こっちは、なぜそんなにも警戒されているのかと言うことを聞きたいのに。
普通なら、他国の王子をもてなさない理由なんてないはずだから。
わけもわからず混乱していると、ジョアンは眉を寄せて不愉快そうな顔で呟く。
「ティアが熱で床に伏せっているなんて、とんだデマじゃないか」
「熱って、どういうこと?」
「アイツはオレを警戒して、ティアに会わせないようにしていたんだ」
うつむいたジョアンは、憎らしげに口の端を歪めていく。
アイツ、というのはクライブのことだろうか。
ジョアンの様子から、クライブに対して昔みたいな友愛の感情は一切ないということが感じ取れた。
「クライブが貴方を警戒? どうして。幼なじみ同士じゃない」
昔はあんなに仲がよかった二人がいがみ合う光景はあまり想像できないし、したくない。
国同士のいさかいか……と勘繰ったけれど、ノースランド王国とサウス王国間でいざこざがあるわけでもないし、いまのところは友好関係を保っている。
私の混乱を感じ取ったのか、ジョアンは困ったような顔で笑った。
「大丈夫、二国間に問題はないよ。アイツはただ、オレに君を取られるのが怖いんだ」
「取られる?」
わけのわからない返答に混乱していると、ジョアンは突然私の右手を取ってきた。
ジョアンの手は女性的な綺麗な手で、剣を扱うクライブの手とは違うな、なんて思いながら顔を上げていくと、ジョアンがまっすぐに私を見つめてきていて、身体がびくりと跳ねた。
ジョアンは先ほどまでの笑顔をなくし、いつのまにか真剣な表情に変わっていたのだ。
「ティア」
さっきとは違う甘い声にまた驚いて、ドクンと鼓動が跳ねる。
「オレは、子どもの頃からティアのことが好きだった……いや。だったじゃない。いまでも、君を愛している」
初めて言われたストレートな愛の言葉に、火がついたように顔が熱くなる。
思いもよらない告白に『どうしよう』という思いしか巡らずに立ちつくすことしかできない。
「え……そ、そんな。だけど、そんなこと……言われても」
ようやく出せた言葉はやけにか細く、震えていた。
「困る? そりゃそうだよね。いまはもう君はノースランドの王妃だし。でも、元々君はさ、クライブじゃなくて、俺の妻になるはずだったんだよ」
嘘でしょう? 私がサウス王国に嫁ぐ予定だったなんて、そんなの一度も聞いたことはない。
そもそも私の婚約は、ロゼッタの女王である母様が勝手に決めて、突然私に言ってきたのだ。
どうしてクライブなの? と母様に聞いても『今後はサウスより、ノースランドのほうがロゼッタにとっていい関係を築けるから』としか返されなかった。
母様はいつもそうだ。自分とロゼッタ女王国のためになることしか考えていない。
私は母様にとって、ただの駒なんだ。
「そんな話……知らないわ」
「そりゃ、何も聞かされていないからだ。オレは幼い頃から君が好きで、どうしても君と一緒になりたくて。君の母さんに結婚を許してくれるよう何度も頼んだんだよ。その成果もあって、君との婚約が決まりかけていた」
ジョアンはそんなに昔から、私のことを好きと思ってくれていたのかと知り、嬉しいと思う一方でなんだか照れくさくなってしまう。
だけど、ジョアンの話が正しいのなら……
「どうして、私はサウスに行くことにならなかったの?」
おずおずと尋ねると、ジョアンは悔しげな表情を見せ、私の右手をぎゅうと強く握りしめてきた。
「クライブが突然、横入りしてきたのさ。前王が死んで衰退してきたノースランドの力を取り戻すために、アイツはロゼッタ女王に交渉して、ティアを嫁に迎えた」
「クライブが、そんな理由で……?」
「君はさ、自分の価値がわかっていないよね。ロゼッタといえばユーリア三国の中心国。周囲からも一目置かれるほどに豊かな国だ。そんなロゼッタの第二王女が嫁に来るだけで、自分の国の安泰さや強さを周囲の国にアピールできるんだよ、欲しいと思うのは当然のことだと思わない?」
あまりの勢いに言葉を失っていると、ジョアンは大きく息を吐きだし、苦笑いをしてきた。
「熱くなっちゃってごめん、大好きな君を奪われたのが悔しくてさ。あともう一つ。アイツが君を欲しがった理由がある。君も知っているだろ? ノースランド王と北方騎士団の契約」
北都契約第一条の三……愚王と判断されれば北方騎士団に殺される。
ノースランドを衰退させるような愚かな王は処分されるという契約だ。
「つまりアイツは自分が助かりたいから、ティア……いや『ロゼッタの第二王女』を金で買ったのさ。宝物庫に見張りの兵が立っていないだろ? あれは第二王女の地位を買うために、全てロゼッタに売り払ったからなんだよ。可哀そうなティア、売女や奴隷のように金で売り買いされて……あわれにもほどがあるよ」




