父との約束
城の跳ね橋を渡って長い坂を下り、王都ノースネージュの新市街を行く。
澄み渡った青空に、蹄と石畳が奏でる心地よい音が静かに響いている。
馬車だと時間がかかってしまうため馬に騎乗し、近衛兵とともにひまわり畑へ向かうことになったのだ。
私は兵士の馬に乗せてもらうと言ったのだけれど、クライブは断固として首を縦には振ってくれなくて。
結局私が折れて、なぜかクライブの馬に乗ることになってしまっていた。
新市街にいるいまは、街の中を駆けるのは危険だからと、こうやって私が乗る馬をクライブがひいて歩いてくれている。
「馬に乗ったのは久しぶりです」
きょろきょろとあたりを見回して笑う。
視線が高くなるぶん、遠くまで見渡せるのが楽しい。
「はしゃいで落ちるなよ。ドレスでの横乗りはどうもバランスが取りづらそうに見える」
馬を引いて歩くクライブは、どこかあきれたような顔で見上げてくる。
「ですが、落ちそうになったら助けてくださるでしょう?」
クライブのことは苦手だけど、薄情なやつではないと知っている。
試すように尋ねると、クライブは顔を前に向けてそっけなく返してきた。
「さあ、どうだろうな」
なんだ、つまらないの。
わずかに頬を膨らませて、馬の背から睨みつけた。
ここ、ノースネージュの新市街は城を囲むように配置されている街で、貴族や裕福な者たちが住む街だ。道も景観も整備されており、家も三階建てがほとんどで、木と白壁で造られている。
豪奢なロゼッタの城下町と比べると、可愛らしさもある美しい街という印象を受けた。
まだ朝早く、商売を行う者たちが住む町ではないからかあまり人の姿はないけれど、新市街を抜けて商人や農民、職人たちが住む旧市街に入ったとたん、あたりの空気が一変した。
主要な道は舗装されているところもあるけれど、ほとんどが土の道。
家も、温かみのある石や土壁でできたものがほとんどになっていた。
こちらは農民や職人たちが住む町のため、この時間でももう活気が出始めている。
「人が多いし、この道を抜けてあぜ道を行こう」
クライブは私の後ろにひらりと乗ってきた。
密着する左腕と肩が急に温かくなって、またあの香りが鼻をくすぐってくる。
私の左右にはクライブの腕があり、普段なら全く気にならないはずの手が、やけに気になってしょうがない。
サイドサドルの突起をつかむ自分の手と見比べてみると、手綱を操る骨ばったクライブの手は大きくがっしりとして見えた。
馬の背が大きく揺れると、左腕と背中がクライブに強く触れ、そのたびに服を通じてほのかな温もりが伝わってくる。
時折当たるたくましい胸板や腕に、クライブは私の知っていた少年などではなく男の人なのだと思い知らされ、ますます鼓動が強く速くなった。
馬の二人乗りなんてロゼッタにいた頃は何回かしたことがあったのに、こんなにもこの体勢を意識してしまうのは初めてだ。
後ろから抱きしめられているみたいで全然落ち着けない……
景色なんか見ている余裕もなく、前だけを見てサドルの突起をぎゅっと握った。
次第に馬はスピードに乗りはじめてたてがみを揺らし、見晴らしのいいあぜ道を風のように駆けていく。
「ティア。耳、痛むか?」
突然、真後ろから声が聞こえてきて、ぴくりと身体が震える。
耳なんか痛くもなんともない。むしろ痛くて苦しいのはこの胸だ。
「耳? どうしてですか……」
「異様なほどに耳が赤い」
いたたまれなくなって下を向いた。
本当に赤いのはきっと、耳じゃなくてたぶん顔のほうなのだ。
やけに近いこの距離のせいで、耳の先まで真っ赤に染まってしまったのだろう。
「あ、ええと、ノースランドは北にあるからか、朝方少し寒いんです。そのせいで赤くなっているのかもしれません」
なるべく平静を装って返す。
夏の朝の気温なんか耳が赤くなるほど寒いわけじゃないし、強引すぎたかなとも思ったけれど、私の返答にクライブはスピードを緩めてくれる。
心づかいはありがたいけれど、言い訳ができなくなるのは困りもの。
「痛くも寒くもないし、大丈夫ですから」と言い張り、スピードを維持してもらえるように必死に説得をしたのだった。




