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王の部屋

 ずいぶん速足で歩いてしまったようで、結局マリノと合流しないままクライブの執務室前までたどり着いてしまった。


 執務室以外の五階フロアは全て王のプライベートな空間で衛兵も階段の踊り場までしか行くことができない。


 ここに来るのを許されているのは王と王の侍従、王妃である私と王妃付きの侍女であるマリノ、そして医者だけ。


 そのため活気ある城の中なのに、ここだけはしんと静まり返っており、まるで別世界に来たような錯覚を覚えた。



 五階に上がるのさえ初めての私は一人ドアの前で立ち止まり、ノックをする勇気を出せないままでいた。


 おそらく、クライブは私が五階に上がることをよく思っていないから。

 話したくて来たと言ったらクライブはどんな反応をするのだろう。


 燃えるような赤い瞳が、怒りで満ちるのだろうか。


 ここで立ちつくしていてもしかたがないと意を決して、強張った手でノック音を響かせると、少したって淡々とした声が返ってきた。


「すまないが、いまは手が離せない。勝手に入ってきてくれ」


 一国の王なのに訪問者の名前も聞かずに部屋に入れるのねなんて少し心配に思いながら、おそるおそるドアノブをひねった。


「失礼いたします」

 かちゃりとドアを開け、隙間から顔をのぞかせると、目を見開いて言葉を失っているクライブと視線が重なる。


「あ、ええと、こんにちは。勝手にお伺いしてしまい申し訳ありません」

 私がたどたどしく挨拶をして、ようやくクライブは口を開いた。 


「ティア……なぜここに」

 よかった。どうやら怒られることはなさそうだ。


 刺々しさのない声にほっと息をつき、次第に身体の強ばりがほどけていくのを感じた。


「先ほどの税の減額の件でお話がありまして。侍従もいま不在のようですし、お忙しいですか?」

 クライブは羽ペンを置き、静かに立ち上がる。


「少しならば時間もとれる。執務室で立ち話もなんだ。俺の部屋に移ろう」

 二人で執務室を出て、隣にある王の自室へと向かっていく。


 クライブの部屋……初めて入るわ。


 緊張しながら足を踏み入れると、すぐにふわりといい香りが鼻に飛び込んできた。


 この部屋、微かにだけどクライブの香りがする……


 温かく気品がある不思議な香りに包まれてなんだか落ち着かない。クライブはいったいなんの香水をつけているのだろう。


 薔薇(ばら)と香水の国であるロゼッタでも、この香りは嗅いだことがない。

 いつもいい香りだなと思っているのだけれど、さすがにそれは本人にもほかの誰にも言えなかった。


 大好きな香水の香りを密かに堪能しながら、一国の王はどんな部屋に住んでいるのかしらと見渡してみると、広さはともかく造りは私の部屋とほとんど同じで特に変わり映えがしなかった。


 違うのはここには紅茶セットがない代わりに、剣の手入れをする道具が置いてあるということくらいだろうか。


「ここに座ってくれ」

「ありがとうございます」

 イスを引いてエスコートされて、指示されたところに腰を下ろす。


「関所の税の件で来たと言っていたが……」


 クライブは向かいのイスに腰かけながら静かに尋ねてきて、私はこくりとうなずき口を開いた。


「はい。貴族たちは陛下の御身を心配しているていで、減額に反対しています。ですので、この王都ノースネージュだけでも、北方騎士団に守っていただくのはいかがですか。北方騎士団はこのあたりで最も強い集団と言われていますし、陛下の安全は約束されたようなもの。貴族たちも何も言うことはできないでしょう」


 かなりの自信を持って伝えたのだけれど、クライブは浮かない顔をしている。

 もしかして、何か問題があるのかしら。


「ティア、お前は知らなくても無理はないが、北方騎士団と王族には契約がある。北都契約(ほくとけいやく)という書にあるのだが……」


「北都契約第一条。一、北方騎士団はノースランドの大地にのみ忠誠を誓い、イグニット王家に従う義務はない。二、ただし他国がノースランドに侵略してきた場合はこの限りでなく、北方騎士団の指揮権はノースランド王に帰属する、ですよね?」


 にこりと笑うと、クライブは目を丸くして私を見つめてきた。


 北方騎士団は戦闘のプロであり誇り高い騎士たちの集団だ。


 ノースランド北東にノースランド王国管轄外の居城と街を持ち、普段は王の命令に従うことなくノースランドの大地と彼らの街を守るために国境の警備をしている。


 けれど、戦争ともなれば彼らはノースランドと民を守るため王に従い、前線で活躍することが定められているのだ。


「北都契約を知っていて、なぜ北方騎士団に命令するなどと」


「命令ではありません。ただの交渉です。べつに王族に害をなすものを探し出せとか、捕えろなどと言っているわけではないのです。そもそも、それは王国兵の仕事ですし」


「では?」

 私の考えが読めないのか、クライブは腕を組んで考え込むような仕草を見せてくる。


「税を減額した最初の数カ月だけでも、騎士に視察としてノースネージュに来てもらい、城下町を歩き回ってもらえないかと頼んでみるんです。何が起きても手は出さなくていい。見ているだけでいい、という前提で。もちろんそこは貴族には内密に、ですよ。命令ではないので契約違反ではありませんし、北方騎士団としてもノースランドの警備はお仕事の一つでしょう?」


「なるほど。それで無事に数カ月を越えることができればこっちのものということか。国が潤っていくさまと混乱がないことを見れば、何も言えないだろうしな」


「それに愚かな貴族ほど、他国からの貴金属やめずらしい品に心惹かれ、陛下を心配するふりをしたことなど、すっかり忘れるでしょうし」


 ふん、と、どうしようもない貴族たちへ軽蔑の気持ちを込めて鼻を鳴らす。


 そんな私を見て、クライブは楽しそうに微笑んできた。


「まぁそうなるだろうな。契約の穴をついたような作戦だが、試してみる価値は十分にある。グレイ殿に手紙を送ってみるか。ありがとうティア。おかげで光が見えた」


 先ほどまで少し弱気だった深紅の瞳に、強い光が戻ったように見える。


 国を想って前に進もうと奮闘するクライブの真剣な顔を見ていると、なぜだかどくんと強く心臓が動いたのだった。


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