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そして奴が来る←背の低い旦那様は魔王相手に喧嘩を売ることに決めた  作者: 新藤 愛巳
第三章 トンボとヒヨコ
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我慢の限界

 僕らが突入すると、狐の魔王にヒヨコが締め上げられていた。僕は叫ぶ。


「ヒヨコ!」


「師匠ううううぅぅうぅぅぅうっぅうっぅう」


 僕は歯車を付けたツインダガーを構えた。


「行くぞ」


 殺気で肌が痛い。焼けるようだ。前に進む一歩一歩が苦しい。息を吐き切る。

 僕は恐怖を今まで感じてこなかったのに。どうしてしまったんだ。

 そんなことを感じることに意味なんてない。

 ヒヨコの危機だからか。解らない。

 猫の王が跳ねる。体をひねりながら飛びあがる。そしてそのまま、狐の魔王に襲いかかった。


「トンボ! 早く!」


「拙者が参る」


 梟の魔王は狐の魔王を振り切って飛んだ。

 レーザービームのように爪が伸びる。

 猫の王は体を捻ってすべて躱した。

 猫の王は飛空艇から地面に舞い降りる。

 さすが魔王対魔王。子供でも頼もしい。


「はははあああああぁぁぁぁぁ」


 僕は走って歯車を狐の魔王に埋めた。火花が飛び散る。

 無の歯車は膨張して、超音波をかき鳴らした。

 駄目だ。波動が合っていない。

 狐の魔王は大声で叫んでヒヨコを締め上げた。ヒヨコの腕がだらりと垂れそうになる寸前で僕は叫んだ。


「雛の魔王を殺したのは僕だ!」


 別にそんなことを言おうと思ったことに意味はない。

 狐の魔王はゆっくりと顔を上げた。


「つまり君がエリートの支援高校生の」


「トンボだ」


 狐は大笑いした。顎が外れそうな大笑いだった。


「蜻蛉も殺したのか。あの口うるさい蜻蛉を」


「そうだ」


 狐は唇を引き絞った。


「生かしておけん。チャンスだ。この子娘を盾にしてお前を殺す」


 辺りの空気が揺らいだ。これは。


「狐の魔王のハウリング。梟の魔王には音楽に聞こえるだろうよ」


 僕は体の自由を失って地面に倒れた。

 フクロウの魔王の攻撃を華麗にかわしていた猫の王も同じように倒れる。


「痺れる……」


「師匠。師匠。嫌あああぁぁっぁぁぁ。狐の魔王。狐の魔王の馬鹿あ!」


「やめろ、ヒヨコ!」


 ヒヨコは狐に埋められた僕の歯車を手にした。水の力を注ぎこむ。

 狐の脇腹が激しく凍る。


「皮膚の皮一枚凍らせたところで何の役に立つ」


 梟の魔王が嘲る。梟の魔王の爪は猫の王を切り裂いた。最悪だ。


「トンボ。分が悪いよ。君はどんな作戦を立てていたの?」


 猫の王は傷ついても気丈に落ち着いていた。種として強いのだ。猫の王は。僕らのように混乱したりしない。


人間は小指一本落とされればそれで終わりなのに。やはりこいつらは僕たちとは違う。


「トンボ。大丈夫?」


 魔王に心配されるなんて最悪の気分だ。

 ハウリングで転がるなんぞ、さらに最悪だ。バルーン相手の演習より、骨が折れる。

 正直、あの訓練が無ければ、僕はもっと取り乱していただろう。そんな予感さえする。


「スネイク……」


 僕は頼りになる女の名を呼んだ。スネイクは来ない。僕が押しとどめた。僕が救ってくるからと。平気だからと。


「スネイク。お前の言うとおり僕は馬鹿だ。僕は愚かで矮小で情けない男だ。それでも」


 僕は歯車を掲げる。


「一人の少女を救うくらい、許されてもいいはずだ」


 それくらい許されてもいいはずだ。


 僕は喚くヒヨコを横抱きにした。


「ひゃああ。何するんですかあ」


「猫の王、ついてこい!」


「待ってよ。どこへ逃げるっていうの?」


「どこでもいい。ここから逃げる」


 僕らは小屋の外の茂みへと飛び出す。そこは地獄だった。

 辺りの森には森の魔王が溢れていた。一撃でも当てられれば殺される。

 僕は必死に森が切れる場所を目指して走った。

 森の切れ目は川の始まりだった。川の中に飛び込む。

 飛び込み流されながら足掻く。たくさんの魔王たちが物珍しそうに僕らを見ている。

 僕らは川に流されながら逃げた。猫の王の声が弱く小さくなっていく。


「猫は砂漠で生まれた生き物だから、水が苦手なんだ……もう駄目。うぷっ」


「猫の王。お前は他の魔王の味方の振りをしろ。僕らは逃げる」


「わかった。気を付けて。トンボ。何かあったら必ず駆けつける」


「期待せずに待っているよ」


 僕らは離れていく。

 川縁に他の魔王たちがいなくなったところで僕らは陸へと上がった。体がだるい。

 奥へと進む。目の前には運よく使われなくなった廃屋が横たわっていた。

 狐の魔王や梟の魔王が使っていたものに似ている。きっと魔王たちが時々使っているのだろう。


「ヒヨコ。平気か」


 僕は廃屋でタオルを捜した。


「なんで来たんですか! おまけに真実をばらしてしまうなんて! あなたがヒヨコの魔王を倒したことを! そんなことが解ったら、あなた狙われますよお!」


 ヒヨコはタオルを奪うように受け取るとうずくまった。


「ヒヨコ」


「師匠なんて知りません」


「知っているくせに無茶言うな。ならば、記憶を失え」


「キャー。酷いぃ」


「僕はいつだって非道だ。そんな男に僕はなりたい」


「不実ですう」


「まあ、なんにせよ。無事でよかったな」


 黙って頭を撫でる。ヒヨコは震えた。


「師匠の馬鹿!」


「僕は大馬鹿だ。それが何か? わかりきったことだろう?」


「きいぃぃいっ」


 言葉に意味はない。憤りも感情もない。あるのは。


「ヒヨコ。なぜお前、そこまでいきり立っている?」


「師匠があんな事さえ言わなければ、私が我慢すれば済む問題だったのに」


「何を我慢するんだ?」


「魔王が私に襲いかかってくるのお」


「我慢出来たのか?」


「えぇ?」


「本当に我慢できたのか? お前は鶏の魔王を倒さねばならないのに。あんなところで倒れて納得できたのか?」


「そうですね。そうです。辛かったかもしれません。私はあまり魔王とは戦いたくありません。出来ることなら」


「ああ。僕だって戦いたくない」


「だったら」


「それでもな、下ネタを言う相手を無くすぐらいなら、戦った方がまだマシなんだよ」


「不潔ですぅ」

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