味覚
駆逐艦、草薙で振る舞われるご飯は最高にうまい。食堂の姐さんがいつもフライパンをふるう腕を鍛えているからだ。腕立て伏せにヒンズースクワット。ひょっとしたら、姐さんはどの班員よりも強いんじゃないかとさえ思う。個人に合わせた料理を振る舞う姐さんの性格はいつも厳しい。特に食べ物に関する愛は尋常でない。姐さんは食事を残すと鞭で尻を狙う名人だ。もちろん怖くて残したことはないが、彼女の犠牲者を……喜びに打ち震える輩をいままで何人も見てきた。スネイクは姐さんに師事している。
ゆえに無類の強さを誇る。こいつも将来はあんな風になるんだろうか。
この世界にも普通の動物は生き残っている。食材には事欠かない。人間が減ったことで彼らが増えたことはむしろ皮肉でしかないが、姐さんが撃ってくる鴨や、鹿肉は最高のうまさを誇る。血抜きが上手なのだ。狩りの天才とはあの人のことを言うのだろうな。僕もご相伴にあずかる身としてその料理は筆舌を尽くしがたい。あとは姉さんが僕の小腹を満たすおつまみ的スナック菓子をつくることが出来たなら最高だ。
「いいか。ネココ。姐さんに出会ったら何も言わずにかっくらえ。ご飯を一粒でも残してみろ。姐さんにやさしく殺される。姐さんの口癖は愛で死ねだ」
僕らは猫の帽子の少女を食道に招いた。
草薙の全員がネココの乗船を反対した。素性の知れない子を艦内に招くのは危険ではないかと。しかし、このまま放っておくのは嫌だとスネイクが叫んだ。
「艦内全員を敵に回してもこの子を守るから」
スネイクは高校生最強の使い手だ。先生も艦長も渋々彼女の脅迫に近い提案を承諾した。
「絶対迷惑はかけませんから、だから……お願いします」
傷だらけのこんな小さな子を一人、外に捨てていくのは嫌なのとスネイクは心情に訴えた。艦長はスネイクに少女を守る賛同者を集めて来るように言った。
可哀相と思ったわけでもなく、気の毒だと思ったわけでもないが、僕もスネイクに賛同した。僕自身が人間を貫くために彼女を招いたのかもしれない。自分のために。自分のためだけに。利己的だ。いつだって僕って奴はそうなのだ。
「背が低くてお得感のない僕にメリットがあるとしたら、この臨機応変な性格だけだな」
「何の話?」
スネイクは巨大システムキッチンで上品にフライパンをふるう。なんだか楽しそうだ。僕ら下っ端の衛生班には食事を準備する義務があって姐さんがいない時の雑用は常に僕らの仕事だ。
姐さんはどんな人間にも最初に、その人間が一番まずいと思うであろう食事でもてなす。
それに耐えうることが可能なら、美味しい料理を食べさせてくれる職人みたいな人物である。そういえば僕が姉さんに許可されてこの前食堂で出した特製ホームランおにぎりの評判は悪かった。何が悪かったのだろう。
ミートボールと白ソーセージブルストと昆布の組み合わせの何が!
「その組み合わせの何もかもダメでしょうが~~~! 馬鹿なんだから!」
僕の隣で僕のすべてを否定するスネイクだった。嫌な女だ。
幸い姐さんは食堂にいなかった。どうやら、ワニを取りに出払っているらしい。
「姐さんに内緒で、お料理を作ってあげる。今日のメニューはコーンチャーハンよ。私のチャーハンはすごく美味しいんだから。何があったか知らないけど、これを食べて元気を出してよね。ネココちゃん。わたし、子供には優しいのよ。残したらおでこを指ぱっちんの刑ね」
どこが優しいんだ。お前のぱっちんは脳がえぐれるぞ。
そう。少女は名をネココという。彼女自身がそう名乗った。猫の国のネココだと名乗った。
ネココちゃんと呼んでとそう言った。
僕は基本否定的な姿勢から入る。
「チャーハンごときで元気なんて出るはずがないだろう?」
「旦那様は黙っていて」
肘鉄が腹部にめり込んだ。僕の大事な内臓に何をする。
「お前は言葉の暴力女になれ。本当に殴る奴があるか」
「それをよけるのが、衛生兵の訓練でしょう。少なくとも私は上官からそう習ったわ。よけなさい!! でないとこのコーンを全身に浴びせるわよ!」
勝ち誇るスネイク。とんだ言葉の暴力だ。
「コーンにまみれたそんな僕はエロ過ぎるな」
僕は力なく、コーンを口いっぱいに詰め込んだ。甘い。僕は少し辛い方が好きだ。
おつまみが好きなのだ。大好物は塩辛スナックだ。
「お前の味覚と僕の味覚はまるで合わない」
「一緒に生活するわけじゃないから困りませんけどね」
「食事当番に困っている」
深刻だ。
「旦那様の味覚と合う人なんていないわよ。そんな奇特な人」
「それはもしかしたら、ものすごくさびしいことかもしれない」
箸を止めてそう呟いてため息を吐く。自分の味覚をわかってくれる人が他にいない人生なんて、ただ虚しいだけなんじゃないだろうか?
僕は隣の少女を見た。黙々とコーンチャーハンをほおばっている。
「うまいか?」
少女は黙ってコーンを口に運ぶ。頬張って、頬張って、泣いている。
「好きなのか? チャーハン。スネイクの腕はなかなかだそうだ。僕にはわからんが」
少女はチャーハンを飲み下した。豪快なやつだ。チャーハンは飲み物ではないというのに。
「まずい……」
「この子まずいって言った……!? 今、まずいって言わなかった!?」
スネイクはよろめいた。
「ウソでしょう、美味しいと評判の私のコーンチャーハンが!! なぜなぜ、なんでなの? どうしてなのよ? 理由を言いなさい……フォークでおでこを刺すわよ!」
子供に優しいんじゃないのか。
「刺すのは旦那様のおでこ」
スネイクは珍しく目を潤ませていた。本当にショックだったようだ。
「わっちは……もっとおつまみっぽい味の方がいいのじゃ」
ネココは僕の入れたお茶を飲むと、お前の入れたお茶は及第点じゃうまかったといった。
「お前も大人の味が好きなのか?」
意外だな。おつまみが好きだなんて。
「駄菓子なんてほとんどおつまみじゃ。それに大人の味、苦い食事には解毒作用がある。わっちは今死ぬわけにはいかないのじゃ」
なにか深刻そうだ。
「もっとどうでもいいたわいない話をしよう。僕はたわいない話が好きだ。幸せ話が好きだ。子供は幸せな話をしろ。良い話をしろ」
ゆっくりと、食堂の広い天井を眺めているとあきれ顔のスネイクが僕を覗き込んでいた。
「なによ。ここはゆっくり聞いてあげるものでしょう、旦那様。なにを怖がっているの?」
「人の事情を根掘り葉掘りは聞けない……それに僕はそんなハードな話は聞きたくない」
やわらかい世界にいたい。
「旦那様!」
耳を引っ張るのは反則だとは言えなかった。スネイクは真剣な目をしていた。
「旦那様、この子の話を聞いてあげて。お願いよ」
僕の前ではつんけんとしているスネイクが僕を拝んだ。
艦内でもスネイクは人気者だそうだ。さっぱりしていて、好感が持てるのだそうだ。僕にはさっぱりわからない。
僕はネココという少女の顔を見た。大きな目をしていた。猫の目のように意志の強そうな瞳だ。僕にはまねできない目だな。まっすぐで、何かを連想させる。連想ゲームみたいに。
誰かを連想させる。いなくなった人を思い起こさせる。先輩。




