新婚
「グランドリアシステム。この世界の真のシステム」
「なんだ、それは」
「それ以上はシステムに反するから教えられない」
「赤い靴の少女はそれに関わっているのか?」
「世界が平和だったころ、私は楡の木の下で、赤い靴の少女と出会った。私がまだウサギだったころの話だ」
「ウサギだったころ」
「そこで何か液体を注射された。その時、グランドリアシステムから私は離れたのではないかと踏んでいる。確証はないが」
「システムから離れる? グランドリアシステムとは、なんなんだ」
「魔王の本能に近いと思ってもらっていい。この世界のすべてよ」
「そんなことを僕にばらしてお前は平気なのか?」
「死亡フラグは立ったかもしれないわね」
ウサギの魔王は可笑しいと言わんばかりに笑った。
「お前が私の心配か」
「心配する。ヒヨコを取り戻すにはお前の力が必要不可欠だ」
「確かにそうね。くくく」
「いいのか。そんな重要なことを僕に」
「お前は感染していない」
「何に」
「グランドリアシステムに」
「それは」
「みんな感染している。ここにある者はみんな支配されている」
「お前も支配されているのか?」
「私は離れている。赤い靴の少女の注射によって私はおそらくグランドリアシステムから本当に離れることが出来た。システムの話はまた今度にしよう。監視者に見つかるといけない」
「監視者?」
「私とお前は秘密の共有をすると言うことだよ。よろしくね」
リリは僕の隣に並んだ。
しばらく迷うがその手を取る。
「ヒヨコを救うぞ」
「ええ」
その言葉を頼もしく揺るぎのない物に感じた。そんなことに意味なんてないけど。
遠くから蒼真一司がやってくる。黒髪メガネの長身黒コートだ。
「トンボ。魔王とは手を組むな。面倒くさいことが私は嫌いだ」
それはヒヨコを諦めろと言っているのか。
「解っているよ。適当に何とかするから、本隊に迷惑はかけない。あんたには」
「私の力がなくともか?」
「心配してくれるのか?」
「思い上がるな。私はツンドレだ」
「なんだ、それは」
「酸っぱいドレッシングだ」
「そんなものはいらん。塩辛ドレッシングを作れ」
「姐さんにでも交渉しろ。私が殺すまで死ぬなよ」
「あんたはどこまでもツンドレだよ」
なんて奴だ。僕はやっぱりこいつが嫌いだ。まるでソリが合わない。
一生仲良くなんてしないだろう。そうに決まっている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その夜、僕はスネイクに告げた。
「スネイク。上に口止めされていてまだ公になっていない情報だが、ヒヨコが攫われた」
「旦那様。それ本当? 嘘でしょう? 嫌よ、そんなの」
スネイクは取り乱した。
「嘘を言ってどうする。相手はあの梟の魔王だ」
唇をかむスネイク。やはりお前は仲間思いだ。僕とは違う。
「ねえ。旦那様。私考えたの。蒼真一司に協力してもらいましょう」
「あいつはこの件に関与しないだろう」
「どうして!」
「あいつも魔王を憎んでいる。協力してくれると言う魔王を信頼できるとは思えない」
「だけど、あの人なら」
「性格に難があるぞ」
「そうよね。問題があったわ。欠陥が。旦那様を見たら殺したくなるのよね、あいつ」
僕らは顔を見合わせた。
「ヒヨちゃんはうちの艦の中で一番小さい子よ」
「ああ、知っている」
「成長株よ」
「そう思っているのはお前と僕だけだがな」
他の奴らには足手まといだと思われている。
「アーサーを呼びましょう。それから、旦那様、何か私に隠し事をしていない?」
「隠し事ならありまくりだ」
「教えなさいよ」
「嫌だ。お前を巻き込みたくはない」
「素敵ね、旦那様。随分趣旨が変わったじゃないの」
「僕だって、気分が変わることもある」
そこに意味なんてないけれど。
「ありがとう。感謝するわ」
「どうした。いつものように僕をなじらないのか?」
「なじりたいけど、なじったら旦那様、気分を悪くしちゃうでしょう。折角、機嫌がいいのに、勿体ないわ」
ヒヨコの歯車は雫の歯車である。水を操り、切断したり分解したりする便利な歯車である。
「梟の魔王は何をしようとしている?」
「ヒヨちゃんの歯車は珍しいから何かに利用するつもりなんだわ。早く助けないと、きっと怖がっている。なんとかしなくちゃ」
そこにアーサーが現れた。
「トンボさん。ヒヨちゃんが攫われたって本当ですか?」
「本当だ」
「トンボさんがついていながら何をやっていたんですか?」
「僕がついていてもどうしょうもないときもあるぞ。どうしょうもないときだらけだ」
僕はいつだって最悪だ。そんなことに意味はない。
それよりも聞かねばならないことがある。
「アーサー。お前の兄は」
「立派な兄でした。立派過ぎるくらい。もったいないくらい。どうして死んだのかは知りません」
「ヒヨは多分お前を待っている」
アーサーは首を振った。
「誰の事も待っていないでしょうね。あの子は諦めているんです。俺と出会った時に、もう戦いたくないと言いました。終わりにしたいと何もかもやめたいと」
「最年少にこの現実はきついか」
「きついでしょうね。諦めた方がいいんだ。こんな現実」
「アーサー。ならやる前から諦めよう。もう全部諦めよう。その方が楽だ」
「ちょっと待って。そこは諦めるなって言う流れでは」
「最初から諦めていれば楽が出来る。臨機応変だ。後はその都度対応すればいい」
「つまり」
「諦めて、そのことは考えないで、その時の気分で最高の状態を選択する感じだ」
「なんでそんな行き当たりばったり」
「いいだろう。いつも負けないことを考えていてはいざという時に動けないぞ」
「それはそうですが」
「あきらめることでフットワークを軽くしているんだ。楽だぞ」
「でも結局トンボの旦那は」
「なんだ?」
「スネイクさんに流されるんですよ」
「流されていない。僕は僕の気分で生きているだけだ」
「前の事件でスネイクさんを救ったって聞きましたよ。馴鹿の魔王に攻撃された彼女を救ったって」
嘘八千だ。情報屋なのに騙されているぞ。蒼真一司に。
「そうだな。あんなもの気まぐれだ。蒼真一司さえ出てこなければ僕は」
「蒼真一司? 盟友でしょう、トンボの旦那とは」
「いや失言だ。あの男はやはりヒーローだ。面倒くさいほど」
ヒーローでしかない。
僕はせいぜいただの旦那様止まりだ。
「スネイクさんとトンボの旦那の関係ってなんですか?」
「友達かな」
「スネイクさんがトンボの旦那は新婚だって言っていましたよ」
「しんこ!」
僕は食べていた、塩辛スナックを吹いた。
「どうしてそんな、お前もそれを鵜呑みにしたのか! 嘘八万だ!」
「新婚はこの艦の中では流行っていますからね。磯部総司令官と七海女史との新婚は記憶に新しいですよ」
「僕とスネイクが結婚するわけがないだろうが」
遠くからスネイクが走ってくる。
「私が広めたんじゃないわよ」
「じゃあ誰が」
「蒼真一司よ」
「何。あいつが」
「須賀大樹の嫌がる顔が目に浮かぶと言っていたわ。喜ぶの間違いよね。ねっ」
「蒼真一司は間違ってない。最上級の嫌がらせだ。僕は独身でいなくてはならないんだ」
「どうしてよ」
「旦那になってやると約束した女がいたような気がするんだ」
「そんな女ほっといてよ」




