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そして奴が来る←背の低い旦那様は魔王相手に喧嘩を売ることに決めた  作者: 新藤 愛巳
第二章 トンボとコダイ
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嘘でしょう

「須出くんは優しいね」


「須賀だ。優しくない。僕の歯車は量子力学の原則に近い存在らしい」


 ああと、美亜は言う。


「何でもありのエネルギー循環装置ってことかな? 宇宙エネルギーかな」


 そう言えば聞こえはいい。


「そうじゃない。無にして有、その瞬間の僕の思いが歯車に込められて、戦闘の役に立つ状態に変わる。そんな曖昧な力らしい。僕の相棒によると」


 僕の知っているコダイと全てを知っていた頭のいい猫の王妃にそう言われた。

 意味は解らないままだ。理解しなければ価値はないと言われた。勝ちもないと。


「それは、君の心が強くないと駄目だね」


 そうだ。その通りだ。


「つまり、マイナス思考をしたり、負の感情を持つと」


 美亜はそこで言葉を止めた。


「爆発したり、破裂したり、ろくなことにならない」


 そう、それでいろいろ試したのだ。あれから一人で。

 肌が寒い。心が覚束ない。僕は前向きに考えられているか。前向きに感じとれているか。

 自信などない。そんなことを考えたことに意味はない。前に進めているか?

 美亜は僕を観察する。


「それって怖いの?」


「怖い?」


「怖いって言っているように聞こえるよ」


「怖いものか! 怖いはずが……」


 強がろうとして馬鹿馬鹿しくなった。古代人に何を吐いても許されるだろう。

 どんな弱音を吐いても許されるだろう。


「怖い」


 怖いんだ。


「僕はスネイクたちを守りたい」


「そう。そのことをスネイクちゃんには」


「一生言わない」


「言えばいいのに。怖いって」


「それこそ、負の思考だ」


「押し込めているの?」


「そうじゃない。感情が湧いてこないんだ」


「湧いてこないのに作るものにはその感情がストレートに出てしまうの? 変だね」


「変だろうか?」


「まるで意図的に誰かに操作されているみたいだ」


 僕の心は波立たない川のようなものだった。それが変わろうとしているのか、それとも、僕は思いを心に貯めておけない人間なのか。常に吐き出しているのか。


「それって大変だね。感情を薄くして自分をコントロールしていたのかな?」


 そんなことを特に意識したことはないが。


「そういうつもりでは」


「うちの弟がね、メガネ剣道少年だったの。そうだったの。感情をいつも殺して、自分を律していた。弟は剣道の達人でね。ある時、人を傷つけた。それ以来、人間相手には戦えなくなっちゃった。心が歯車に反映されるのはどんな気分? 辛いの?」


「どうしてそう思う」


「辛いって言っているように聞こえるよ。お姉さんに話してごらん」


「あんたの弟は……」


 どうしたんだ。ここにはいない。古代人がメガネ剣道の話をするのも不思議なことだ。

奇妙すぎる。僕は何かを間違えているのか。認識を。そんな馬鹿な。


「あんたは古代人じゃないのか?」


「古代人?」


「ここは僕が知っている時間軸より過去のようだ」


「ああそれで古代人。なるほど、ああ、そうか。ここは創世の時代そういう設定だからね」


「設定?」


「ああこっちの話。そうか、そうか。今から話すのは遠い古代の話だと思って聞いてよ。家族が離婚した。その後でね、弟が病気になってね。機械に繋がれたの。そうしたら、弟は目覚めなくなったの。私は必死に勉強して、そのことを変えようと思ったの。弟が機械の中で眠っている時間帯よりさらに過去。大過去に潜って、ワクチンを準備することに決めたの。結果はこの通り。良いところまで言ったんだけど、馴鹿の魔王はそれに感づいた。私は死ぬだろう。私は馴鹿の魔王と戦う攻撃力と知識を持たない。私は結局、弟を救えないんだ。哀れだろう?」


 悲しそうに泣き始める美亜。

 なんだ、そんなことか。


「泣くな。あんたも弟も救ってやるよ。僕が救ってやる」


 そう考えたことに意味はない。

 意味は解らなかった。わからなくても、美亜が弟を大切に思っていることぐらいわかる。

 それだけで何でもよかった。助けてやれるなら何でもよかった。なんでもいい。

 掃除当番でも、食事当番でも、馴鹿の魔王を倒すことだって何でもいい。

 代わってやれるならそれがすべてだ。


「助けてやる。僕が助けてやる。だから、泣くな」


「須時くん」


「須賀だ。あんたのフルネームは」


浅木美亜あさきみあ。お願い、弟を、弟を助けて」


「たとえ僕が死んでも弟は助けよう」


 美亜は息をひそめた。


「それじゃスネイクちゃんは喜ばないよ」


 美亜は僕の肩を掴んで大粒の涙を流した。

 僕は賢しくない。だから生きていけるんだ。

 気がつくとスネイク起き上がって僕を殴っていた。


「スネイク?」


 お前ひょっとして聞いていたのか。


「私のおやつ食べたでしょう、馬鹿な旦那様~~~。本当に馬鹿なんだから」


「ねぼけるな、スネイク。どんだけ、神経が太いんだ、お前は」


 緊張がほどける。馬鹿馬鹿しい。

 ごそり、ごそり。

 どこかで何かを掘る音がした。


「何かしら」


 スネイクはいつもの調子に戻っていた。こいつは本当に厄介だ。


「お前と言う女は本当に面白味のない」


「面白過ぎる、の間違いでしょう?」


「お前のその感覚が間違いであってほしい」


「間違わないわ。私はいつも正しい女の子なのよ」


 ごそり。

 そうしている間にも何かを掘る音は続いている。

 この音は何の音だ。背後の壁に穴が開いて人の手が見えた。

 まさか、美亜の他の仲間か。


「よかった、生きていたのか?」


 そう思った瞬間にその思いは打ち砕かれた。

 否、人の手ではなかった。燕尾服の袖の部分がのぞいた。馴鹿の魔王の手が、真っ直ぐに突き出されていた。

 創世の馴鹿の魔王。おそらく原初の魔王。


「創世の魔王ってことは最初のウイルスだよな。昔のウイルスだよな。だったら今の魔王より弱いんじゃないか?」


「旦那様、前に私がそう言った時は否定したわ」


「悪かったな。前言撤回だ」


 僕らは希望に満ちた目で穴を見つめる。創世の魔王なら倒せるかもしれない。


「ころ、ころ、殺す?」


 魔王の叫び声にぞっとした。違うこれは僕たちを追っていた、現代の馴鹿の魔王。

 僕は緊張した。付いてきていたのか。僕らに。


「スネイク。ウイルスの性質を知っているか? ウイルスは強く変異した個体に出会うと、前の個体は自動的に死んでしまうんだ。そして、新しい個体が前の個体にとって代わる」


 前の個体の死亡。

 それはつまり、創世の魔王が死んで、僕らのつれてきたトナカイの魔王が増えると言うことにならないか。爆発的に増える馴鹿の魔王。つまり、美亜の仲間はもういない。死んでしまったんだ。おしまいだ。


「最悪だ。僕らの連れてきた魔王がこの時代を蹂躙するのか」


 死人を増やしただけだったと言うのか。僕の願いは、スネイクの願いは。意味がなかった、それよりもひどかった。そう言うのか。

 僕はナイフを構えて前に走った。

 スネイクは事態を把握できないようだった。


「嘘でしょう」

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