誰が好きだったんですか
燃え落ちてゆく駆逐艦、八尺瓊の上で夕日を背に先輩は呟いた。
「好きな人を決められたらよかったのにね、須賀君」
昔、先輩はそう言っていた。そう言ってトンボの魔王に向かっていった。先輩が誰を好きだったのかわからない。
「先輩」
僕はため息を吐いて、反乱軍と連絡を取ることにした。今頃、アーサーとヒヨコはどうしているだろうか?
猫の国はリンクスに支配されている。彼らに逆らったものは消されたようだ。
猫の町を通る。市場には食料があまりないようだ。皆、頬がげっそりと痩せ、やつれている。彼らは僕らを避けて通り、目も合わせようともしない。
去れと思っているのか助けてと思っているのか、どちらにもとれて、そのどちらでもないような気がする。アーサーとヒヨコは静まり返った猫の国の中央で僕に手を振って待っていた。
「解放軍と連絡取れましたよお」
「そんな大事なこと大声で叫ぶな、ヒヨコ」
僕はカプセルを開けたコダイの上で身を乗り出した。僕が乗っている古代兵器は面倒臭いなあ、けけけと呟く。ヒヨコは僕の乗っている兵器に興味がわいたようだった。
「師匠、すごいです。これは何ですか? ロボットみたいですうう。ごはんが十リットル炊けそうですよお」
どこをどう見たら炊飯器に見えるのか。
「なにって、見ての通り、古代兵器だが」
少し声色が自慢げになる。
「すごいじゃないですか、師匠。古代兵器なんて本でしか読んだことしかないですよお。インデアの神話とかあ、アテーネの神話とかあ」
思わず鼻孔が開く。
「いや別に、すごくもなんともないけど?」
「何を照れながら自慢しているのよ。旦那様のことじゃないでしょう!」
僕はスネイクに蹴られて地面を転がった。酷い女だ。何をする。
「なんだよ」
僕は古代兵器に飛び乗ると、コダイについているハッチを下した。完全に封鎖する。これでここは安全地帯だ。いじけながら塩辛スナックをかじる。
「僕に蹴りを入れる奴は僕の敵だ」
「それはほとんどがそうでしょう」
スネイクは古代兵器をなでた。頬を寄せて抱きしめる。
「コダイちゃん、よろしくね。一緒にお風呂に入る?」
「ヨロシク」
「兵器を手懐けるな。水などにつけてみろ。ぶっ壊れてしまうだろう」
「きっと防水機能がついているわよ」
「音声を発するところから水が入ったらどうする」
「旦那様のお菓子のカスが入るよりきっとましだわ。昨日だって私が片付けてあげたのよ。旦那様の大事な足首の写真も捨てておいたわ」
まったく。なんて女だ。
「それでヒヨコ。アーサー。解放軍の人間たちは集まったのか?」
ヒヨコとアーサーは顔を見合わせる。二人が身を引いた先には、リーゼント頭で強面のひょろひょろした男が、ただ一人立っていた。よれよれのシャツを着ている。誰だ。お前は。
「あの……ヤッホー。ここここんにちは……たたた助けてください。私が反乱軍リーダーです……本当は解放軍だったんですが、いろいろあって反乱軍になってしまいました」
リーゼントの厳ついサングラスの下はうだつの上がらない優柔不断な男だった。はっきり言って最悪のカードだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
僕らは駆逐艦、草薙に戻れないまま支給された最新鋭の野営テントの中で一夜を明かした。コダイをどうするか、ネココをどうするか、反乱軍リーダーをどうするか?
問題は山積みで頭を抱えた。結果、僕は参謀タイプではないことがよくわかった。
「本当のことを本部に喋ったら僕らは全員始末されるだろうな」
人類を守る僕らが、人間をさらに減らす行動をしてしまったのだから。
「仕方ないことじゃ。わっちの計画ではお前は死ぬことになっておったのじゃから大丈夫じゃ。別に多分問題はないのじゃ」
ネココ、大丈夫じゃねえよ。このテントの中で喚いてやる。
「師匠死ぬことろだったんですか? 怖いぃぃ。ヒヨのところにだけは化けて出ないでくださいねええ」
ヒヨコ、一番にお前の所に化けて出て下ネタ囁いてやるよ。
「さずが、トンボさん。背が低くて細すぎるから、脂肪フラグ立ちまくりで怖いなあ」
アーサー、情報屋のくせに、お前は国語を勉強してこいや。
「まあ、そんなことを言わずともわっちの計画が成功すれば人類の勝ちじゃ」
ネココ、その自信はどこから来る。胡散臭いにも程がある。
「ボクがうっかり、復活したことは今世紀でもかなりすごいことだぜ。誇っていいんじゃないか?」
コダイ、うっかりで甦るな。お前のせいで全人類の生命の危機だ。
「旦那様が無事でよかったわ」
スネイクが珍しくまともなことを言うので僕は面食らった。
「どうしてそう思う?」
「あなたがいなくなったら、誰が私の味見システムになってくれるのよ」
こいつ最悪だ……。やっぱりお前も腐っている。僕が食事を残せないのを知っていて。
その笑顔は可愛いが、毒を含んだ笑顔だった。
「最悪だ」
僕は熱い視線で反乱軍リーダーを見つめた。こいつなら現状を何とかできるのだろうか。
リンクスは僕が出会った魔王の中では一番強い。あのトンボの魔王よりも。
それよりも厄介なのは銀鎧。シルビアと言ったか。シルビア、メイスマスター。
人類の中でも強い人間。魔王と何度も切り結んでいいところまで行って一度も勝てなかった人間。銀鎧はそんな人間だったらしい。アーサーのデータにそうあった。アーサーのコードネームは物書き、情報屋に由来するようだ。
とにかく僕らにとってリンクスとシルビア、その二枚の組み合わせは最悪のカードだった。九位の魔王と、人類の強者。どうしてそうなったのか、なぜなのかはもちろん僕らにわからない。理解もできない。ただシルビアはリンクスを愛している。何があったかわからない。リンクスが強いからか、その魔王格が好きなのかわからないが、愛している。魔王が好きなんて僕にはわからない。リンクスはかなりの美形だった。シルビアは人類の間では冷遇されていたらしい。女だてらにというやつだそうだ。そこに付け込んだのか、彼女が個人的に希望を見出したのかわからない、わからないが。
「だとしたら、意気投合してもおかしくないか」
しかも問題はここからだ。反乱軍のこの男が、すべてのカギを握っている。どれだけ人を呼べるか、どれだけ、人を集められるか。どれだけ人と協力できるか。
こいつの人脈、それにかかっている。スネイクも同じことを考えていたらしい。僕の目を覗き込むと、六人も入れば窮屈な野営テントの中で反乱軍の男に質問した。
「あなたが反乱軍のリーダーね? 強いの? そうは見えないわよね」
男は瞼を震わせた。
「残念ながら、私は弱いです」
まあそれは計算のうちだ。リーダーが弱いことなんてよくあることだ。よくありすぎて困るくらいだ。うちの艦長も人間的に弱い人だ。駆逐艦、草薙はすぐれた船員によって成り立っているに過ぎない。すぐれた部下が人のいい艦長を支えているに過ぎない。えてして組織とはそういうものかもしれない。
「で、反乱軍のメンバーはどこに?」
スネイクの質問を遮るようにリーダーの男は泣き崩れた。
「実は皆、私を残してすべて解散してしまい……」
なんだって?
「解散したって……」
僕はのろのろと口を開いた。
「一人もいないのか?」
「はい。一人もいません。私一人です」
頭が痛い。スネイクは頭を抱えて、コダイにもたれかかった。
「なによ。それ、最悪。旦那様、後よろしくね」
「お前が最悪だ」
考えをまとめよう。ヒヨコも、アーサーも真っ青な顔で僕を覗き込んでいるし、僕は偉そうに咳払いした。




