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9、逃避行(その8)「虜囚」

 車内には重苦しい沈黙が流れていた。

 無理もない。元来、無口なみづきは当然の事ながら、後ろ手に拘束されて捕まった少年少女たちが饒舌な筈もなかった。

 唯一、彼らが反応を見せたのは、東京市湾岸地区の倉庫から暴力団員の三名の遺体が発見されたというラジオのニュースを耳にした時だけだった。

「三人……?」

 驚いたように捕虜の少年――門倉哲が唸った。

「嘘よ…なによ、三人って……なんで増えてるのよ」

 もう一人の少女、今野朝莉は真っ青な顔で呻き声をあげた。

 ラジオによれば、彼らの遺体は倉庫の従業員たちによって発見され、いずれも激しい損傷を受けており、警察は暴力団同士の抗争事件として捜査に当たっているという話であった。

 哲がみづきを睨んだ。

「…もしかして、みづきさんたちがやったの?」

 みづきは答えず、黙って少年を見返しただけだった。

「もう、嫌だ」

 哲は嗚咽を洩らした。

「なんなんだよ、これ。なんでこんな事になってるんだよ」

 答えはなかった。

 耐えかねたように哲は唸るような声を発した。

「ねぇ……僕たちをどうするのさ?殺すの?」

 哲の発した言葉の生々しさに、傍らの少女が身を竦ませた。

「お願いだよミヅキさん。こっちの子は無関係なんだ。ただの僕の後輩なんだよ、だから彼女だけは助けてやってよ」

 みづきは感情のない目で朝莉を一瞥した後で口を開く。

「関係ない事はない。そちらの女はあの時、貴様の学校の校舎にいた筈だ。それに、呪詛にも感染しているようだが?」

「彼女は何も悪くない!何もしてないんだよ!お願いだ!助けてよ!」

「何もしてない、か。随分な言い草だな?」

 みづきは鼻で笑ってみせた。朝莉の顔が強張る。

「確かに偶然かもな。そこの女が狙ってできる事ではなかったろう……だが、それが事実だろうとして、何も悪い事をしていないとは言えまい?」

 みづきは、あの倉庫で何が起きたかを知っている。哲はそう直観した。

 押し黙った哲の目をみづきが覗き込む。

「恐ろしい話だな」

「ミヅキさん……お願いだ。もうやめてよ」

「それは貴様の態度如何だな」

 みづきの言葉に哲は目を見開いた。

「態度如何って、僕にまた何かをさせるの?」

 再び口を閉ざしたみづきに哲はまくし立てた。

「……いいよ。わかったよ!また君の敵を探せばいいんだろ?また君の人殺しを手伝えばいいんだよね?その代わり、朝莉は解放してやってよ。朝莉はあの和光捷子に利用されていただけなんだ」

「話が早くて助かる。で、廣山捷子は何処にいる?」

 怪訝そうに哲はみづきを見返した。

「廣山捷子……?捷子さんのこと?彼女がどうなったかなんて、君たちの方が知ってるだろ!君たち、捷子さんの別荘を襲ったんだろ」

「班長殿、何処か停められる場所で車を停めてください」

 言いながらみづきは拳銃を突きつけた。

 バックミラーで一瞥して運転席の坂木が溜め息をつきながらぼやく。

「おい小笠原。おまえ、悪党みたいだな」

 路肩に車を停め、坂木は窓を開けて煙草に火を点けた。周囲に民家はなく、後続車も対向車も疎らだった。

「時間がない。哲、私の質問にだけ答えろ。廣山捷子は何処だ?」

 哲を狙っていた銃口が振られて朝莉の方に向けられる。朝莉が小さく悲鳴を洩らした。

「わ、わかったよ。探すよ!探せばいいんだろう」

 哲は言いながら首を巡らし周囲を見回した。

 まるで近くに和光捷子がいるかのように探し回った後で、「え?」と不思議そうに声を出す。

「随分遠くにいるみたいだけど」

「遠く?何処だ?」

「わからないよ。雲…?空…?なんだこれ」

 ハッとした表情でみづきが叫ぶ。

「……航空機か?」

「あ、うん。飛行機なのかな?ちょっと遠すぎてよくわからない」

「貴様、確かなのだろうな!?虚言を弄せば許さんぞ」

 拳銃を握るみづきの人差し指に力が籠められる。哲は慌てて叫んだ。

「本当だよ!信じてよ!」

 坂木が短くなった煙草を窓から投げ捨て、携帯電話を取り出した。

「おう乃木、俺だ。廣山捷子は生存している。海外に逃亡中だ」

 みづきは漸く拳銃を朝莉から逸らした。

 安堵の溜め息を吐きながら哲は疲れたように尋ねた。

「ねぇ、手伝ったからもういいだろ?約束どおり、朝莉を解放してやってよ」

「約束などしたつもりはないが?」

「ミヅキさん!」

 怒りに震えて睨みつける哲の襟首をみづきは掴み上げた。小さく呻いた哲を見据えて告げる。

「勘違いするな。私の戦いに勝手に介入してきたのは貴様だ。そして貴様は私に魂を捧げた。そこの少女の不幸の責任は私ではない。貴様だ」

 襟首を掴んでいた手が離され、哲は小さく咳き込んだ。俯き、歯噛みをした。

「そうだよ、悪いのは僕だ――でもねミヅキさん。今の君はそんな僕がいないと困るんでしょ?」

 哲はみづきを睨み据えた。

「現に君、僕に尋ねるまで捷子さんの居場所どころか生死もわからなかったよね?君たちは彼女を追いかけたい。けれども探す手段がない。違うかい?」

 みづきは答えなかった。

「図星だろ?君は僕が必要だ。ふふ、あんなにすげなかった君が僕をこんなに求めてくれるなんて皮肉だね」

 挑発するような口ぶりで告げた後で、哲は精一杯の虚勢をハッタリを見せつける。

「でも一足遅かったね、残念だけど僕にはもう可愛いカノジョができたんだ!だから僕は男として彼女を守ってみせる!ミヅキさん、朝莉を解放しろ!その代わり、君の人探しには付き合ってやるよ!どうだい、悪くない話だろ?」

 ヒューッ、と口笛が鳴った。

 おかしそうに坂木が手を叩いている。

「おー、カッコいいな坊主。つい惚れちまいそうだ」

 それから坂木は懐のキーケースから鍵を一本取り出してきた。先程、二人を拘束した手錠の鍵だった。

「小笠原、そっちのお嬢ちゃんを解放してやれ」

「班長殿」

「仕方あるめぇよ。そこでそこの坊主にツムジ曲げられでもしたら、廣山捷子の足取りはつかめなくなるぜ?」

 言いながら坂木は車のダッシュボードに手を入れ、そこから無造作に紙幣を取り出すと、解放された朝莉に手渡した。

「駅までは送ってやる。一万ありゃ帰れるだろ?ただし、わかってると思うがお巡りに報せたりしたらこちらのカレシは永遠に帰ってこないし、おまえもヤクザ殺しで臭い飯を数年食う事になるからな」

 ヘラヘラしながら告げてくる坂木に逆に恐怖を覚えながら、朝莉は慌てて口を開いた。

「そ、そんな!ダメですよ!哲先輩、こいつらと一緒に行くとかバカな事言わないでくださいよ!」

「朝莉、こうするしかないんだ」

 縋りつく朝莉に哲は首を振って答えた。

「そうそう、そもそもお嬢ちゃんを解放してやるのは、こっちの坊主の男気に免じて好意でやってやるだけだ。うちにはおまえを解放したって何のメリットもないんだからな」

「班長殿!?」

「いいんだよ。乃木には俺から適当にうまく言っといてやるからよ」

 坂木はそういうと咥え煙草で車を走らせて、本当に朝莉を近くの駅にまで送り届けてしまった。

「んじゃあ、気をつけて帰れよ。それとさっきの約束はくれぐれも忘れるな」

 坂木がにこやかな顔で後部座席を開けてそう告げた。

 朝莉が泣きそうな顔で振り返ってくる。

「哲先輩」

 哲は自信たっぷりに微笑んでみせ、さっきから考えていたとっておきの別れの言葉を口にした。

「大丈夫だよ。僕はきっと戻るから!だから――帰ってきたらさっきのホテルの続きをしよう!」

 声に出してみると、あまりカッコよくはなかった。むしろ女性陣はドン引きだった。

「ちょ!?哲先輩のバカぁ!」

 朝莉は一瞬で真っ赤になり、みづきでさえ珍しく動揺したように口をパクパクとさせた。

「さぁ、早く行くんだ。こいつらの気が変わらないうちに」

 哲は手錠で拘束されたまま、親指を立ててみせた。

 車から降ろされた朝莉がどう言葉を返していいか思いつかないうちに、ワゴンは急発進して走り始める。

「哲先輩!」

 別れの挨拶のつもりなのか、ハザードランプを何故か5回点滅させて車が走り去っていく。

 解放された安堵感と、連れ去られた哲への不安感が急に押し寄せてきて、朝莉はロータリーにへたり込んでしまう。

 他の車にクラクションを鳴らされたが、それどころではなかった。

「哲先輩……哲先輩……」

 涙が溢れ、朝莉は人目も憚らずに号泣した。

 驚いた通行人たちが彼女を不思議そうに見つめながら通り過ぎていった。


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