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9、逃避行(その7)「そして少年は階段を昇り、下っていった」

 飲みかけの酒を呷り、気持ちを落ち着かせる。

 意を決して口を開く。

「結婚しよう」

「……いや、それはちょっといきなり重たいです。そうじゃなくて、もうちょっとライトで胸キュンな台詞がいいんですけど」

 まさかのNGをくらい、哲は頭を抱えた。

「えぇ~無理だよ」

「ちょっ先輩!無理ってなんですか!好きとか可愛いよとか大切にするよとか幾らでもあるでしょ!?」

「そんな事恥ずかしくて言えないよ!勘弁してよ!」

「あ~もうヤダこの人」

 匙を投げられてしまった。

「うん。僕も自分がいやだ。ヘタレでホントごめん」

「はぁ……私、なんでこんな人好きになっちゃったんだろう」

 朝莉が涙目でひとりごちた。

「ヘタレだしオタクだしたまに気持ち悪いし」

「うん、仰るとおりです」

「わかってるんだったら日陰でジメジメと暮らしててください!どうして時々、私に優しくして勘違いさせるような事するんですか!最低!」

 朝莉が額を胸元に押しつけてきた。

「今野」

「こういう時まで苗字で呼ぶんですね」

「え、あっそうか。ごめん、あ、朝莉」

 ぎこちない呼びかけにプッと朝莉が噴き出した。

「しょうがないだろ!呼び慣れないんだから!……頑張って噛まずに言えるようになるから。それと、ミヅキさんや他の奴らからも絶対に逃げきってみせる。君を守ってみせるから」

「……やればできるんじゃないですか」

 朝莉が泣き笑いの顔をあげた。

「朝莉……」

 哲は震える手で彼女の顎を上向かせた。

「……ヘタレの罰として、キスまでですよ?」

「お、おっけぇ~」

 朝莉はそっと目を瞑った。目を閉じていても哲が顔を近づけてくるのがわかった。熱っぽい哲の吐息が顔にかかり彼女はそっと身を強張らせた。

 だが、その瞬間は永遠に訪れなかった。

「……朝莉」

 名前を呼ばれて朝莉は薄目を開けた。例によって怖気づいたのかと疑って見やった哲は、既に彼女を向いておらず、扉の向こうを睨んでいた。

「……どうしたんですか?」

 尋ねる朝莉を解放して、哲は突然、荷物を纏め始めた。

「来る……ミヅキさんだ。近づいてきてる」

「え!?」

「くそっ油断して見過ごしてた!急いで!こっち!」

 哲はロッカーを開けて彼女に上着を抛ってくると、朝莉がまだそれに腕を通す前に手を引っ張ってきた。

「せ、先輩!」

「急いで!早く!」

 慌てた様子で哲は廊下に飛び出す。そのままエレベーターではなく非常階段に向かう。

 彼らが非常階段の扉に手をかけたその時、上昇してきたエレベーターの扉が開いた。

 哲に手を引かれ、非常階段に朝莉が足を踏み入れたその時、三つ編みにセーラー服姿の少女の姿が一瞬見えた。

「急ごう!」

 駆け足で階段を下りかけ、不意に哲が足を止めた。

 非常階段を、大柄な男が駆け上がってきている。

 状況を考えれば、彼が無関係な存在とはまったく思えなかった。

 朝莉は咄嗟に自らの力を発動した。

 第六症例と捷子が呼んでいた不可思議の能力だ。症例などとはまるで病気みたいな言い草だったが、今はそんな事はどうでもよい。

 目の前の男をやり過ごせればそれでよかった。

 巨漢は六階建ての階段を物ともせずに猛然と駆け上がり、朝莉と哲の横を過ぎ去って行った。哲が安堵の息を洩らす。

 そのまま階段を下ろうとした朝莉は哲に強く腕を引き戻された。

「待って!」

 見れば、階下に時代錯誤の軍装をした兵隊が立って銃を構えていた。

「ミヅキさんの操る兵隊だ。あいつらには君の力はたぶん効かない…こっちだ!」

 哲は近くの踊り場から通じる扉を開け、通路に出た。

 通路の半ばまで出たところでエレベーターを呼んだ。

 上階に停まっていたエレベーターがすぐに到着した。飛び込もうとして、哲は慌てて踏鞴を踏んだ。

 エレベーターの筐体内に、小笠原みづきがいた。

 引き返そうとしたその手を朝莉が留める。朝莉は頷き、目で合図をしてきた。

 エレベーターに乗っているのはみづきのみだ。彼女は姿を消した第六症例者を視る事はできない。むしろ、引き返した方が怪しまれる可能性が高かった。

 頷き、哲は足を忍ばせてエレベーターに入り込む。

 みづきが扉を閉め直し、エレベーターは静かに降下していく。

 気配を悟られることを恐れ、哲は必死に息を止めた。降っていく時間が永劫にも思えた。

 みづきは動かない。

 無言のまま、みじろぎもせずに佇んでいた。

 ベルが鳴り、エレベーターが一階に到達した。みづきが先に出るのを待とうとして哲たちは息を潜める。

みづきは動かなかった。

 振り返り、抑揚のない声で尋ねてくる。

「降りないのか?」

 哲はたじろいだ。

 嘘だ。見える筈がない。

 だが、みづきの紫色の目はあやまたず哲を直視していた。

 思わず後ずさった哲の体が、何かにぶつかる。エレベーターの壁とは違う感触に振り返った哲は絶望に悲鳴をあげた。

 彼らの後ろには、いつのまにか日本兵たちが佇んでいた。



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