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9、逃避行(その3)「かくれんぼ」

 背後を振り返った哲は悲鳴をあげた。

 憤怒の形相を浮かべた田中が扉を開けて姿を見せていた。

「わぁっ!?まずい!もう来ちゃった!」

「先輩、こっち!」

 朝莉に導かれるままに哲は倉庫を折れ、そして天を仰いだ。

「……って、行き止まりじゃんここ!?」

「ぎゃああ!ごめんなさい!」

「どうしよどうしよ!」

「じゃあ、こっち!」

 朝莉が手近の倉庫の扉にとりついた。

 とりあえず何も考えてない行き当たりばったりの行動なのは間違いなかったが、哲にも他に代案がある訳でなかった。苦戦している朝莉に力を貸し、一緒に扉を引くと重たい音と共に倉庫の入り口が開いた。

 近くのコンテナの陰に飛び込んだところで、閉めたばかりの扉が音を立てて開かれた。

 束の間、中の気配を探る様子を見せた後で、田中の声が倉庫内に響いた。

「門倉く~ん?今野さ~ん?何してるんですか~?隠れんぼですか~?」

 隣にいた朝莉が身を強張らせるのがわかった。

「ラーメンのびちゃいますよ~?出てきてくださ~い」

 倉庫の照明が点けられた。

 足音が反響しながら近づいてくる。

「ちょっとぉ~?なんのつもりですか~?寒いんだから早く出てきてください。お~い、門倉く~ん……早く出て来いっつってんだろ!?」

 苛立った田中が声を荒げた。

 置いてあった一斗缶を蹴りつけた甲高い音が倉庫に響き渡った。

「ひっ!?」

 思わず悲鳴をあげてしまった朝莉が慌てて口を抑えた。もう遅い。

「そこかぁ!」

 田中が走って近づいてくる。

「わ、わぁ!?」

「先輩!」

 悲鳴をあげた哲の手を朝莉が握った。

 同時にコンテナの向こうから恐ろしい形相の田中が姿を見せる。

 だが、まともに目が合った筈の田中はキョロキョロとしながらあらぬ方向を探し回っている。

 朝莉を見やると、得意げなサムズアップが返ってきた。

(そうか)

 哲は安堵の溜め息を洩らした。

 以前に哲の部屋で見せてくれたあの姿が見えなくなる不思議な力を彼女が使ってくれたのだ。これならば田中には見つからずに済むかもしれない。

 二人の姿が見つからず、苛立った様子の田中が携帯電話を取り出すのが見えた。

「――あぁ、俺だ。ガキどもが気づいたみたいだ。今、第三倉庫に潜り込まれたんだが、姿が見えなくなった。……あぁ、姿を消せるって話は本当だったみたいだな。あぁ、なるべく早く来てくれ。俺は入り口塞いどくからよ」

 まずい――哲はそう思った。

 彼らを見失ったことで、田中が外に出てくれるんではないかという甘い目論みは消し飛んでしまった。どこで聞きつけたのか、田中は朝莉が姿を消せる事を知っていた。

 田中が走って扉に向かう。

 哲も慌てて出口に向かうが、姿を消すことに精神を集中させている朝莉は敏捷に動く事はできない。

 先に入り口を固めた田中が懐から拳銃を取り出すのが見えた。

(くそっ!)

 哲は天を仰ぐ。これで扉から逃げることは難しくなった。しかも田中は仲間を呼んでいるようだ。このまま倉庫に閉じ込められたら状況は悪化する一方だ。

 恐怖と焦燥感に駆られながらも必死で考える。幸い、倉庫には幾つもの窓があった。

 少し高い位置にあるが、なんとか出られないこともなさそうだ。

 田中から離れた物陰に朝莉を引っ張り、哲は囁いた。

「今野。窓から逃げよう」

「で、でも……」

「逃げないとこのままじゃあいつらに殺されちゃうよ」

 哲の言葉に朝莉も蒼ざめた顔で頷いた。

 入り口に陣取る田中から見えない位置に移動して、音を立てないように窓にとりつく。

 窓の鍵を外した瞬間、思ったよりも大きな音がして哲は心臓が止まるかと思った。

 幸い、田中はまだこちらに近づいてはいないようだ。

「今野、先に昇って」

「えぇ!?ここですか?届かないですよぉ」

 朝莉が嫌そうな顔をした。小柄な彼女の胸元近い位置に窓はある為、昇るのは確かに一苦労かもしれない。

「届くだろ。僕が下から押してやるから」

「ちょ!?マジっスか。パンツ覗かないでくださいよ?」

「バ、バカ!何言ってんだこんな時に!?そんな事しないよ!おまえのパンツなんか見て誰が得するんだ」

「うわ、先輩ひどい。地味に今の言葉、乙女心にぐっさり来ましたよ?」

「あ~あ~わかったわかった。今、そんな事言ってる場合じゃないだろ!早く登れ」

 ヒソヒソ声で言い争った後で、哲は窓の下で跪いて台になった。

「……絶対に上見ないでくださいよ」

 頬を赤らめた朝莉が靴を脱いで桟の上に置き、それから哲を踏み台に窓に手をかけた。

「うぐぇ!?思ったより重い…ちょ、今野!急いで…つらい!」

「し、失礼な!先輩が言い出したんじゃないですか!」

 朝莉が慌てた様子で窓の桟から身を乗り出す。

 それが良くなかったのかもしれない。一瞬バランスを崩した朝莉が大きくグラついてしまった。なんとか持ち堪えたものの、壁を大きく蹴りつけてしまった。

「バカ、気をつけろよ!」

「ご、ごめんなさい!」

 その時、倉庫の角から田中の怒号が響き渡った。

「そこか!?この野郎!」

 その手に握られた拳銃が、彼らに向けられていた。田中から離れたことで、朝莉は不可視の力を解除していた。

 田中が銃を発砲した。


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