1、ミヅキさん(その8)「事情聴取」
「――――え?」
嫌な汗が滲んでくる。
見られていた。朝莉はあの少女をどこかで見ていたのだ。
思えば哲があの三つ編みの少女と出会ってから、その後の百鬼たちとの交戦が終わるまでかなりの時間が経過していた筈だ。その間、哲を追ってきたであろう朝莉たちに目撃されていてもおかしくはない。
「――――おまえ、あれ見てたの?」
哲は引きつった顔で後輩を見やった。誰にも口外しないとあの少女に誓った矢先、既に目撃されていた。誰かに言ったら命はないと脅されていたが、相手に勝手に見られていたのは不可抗力で許してもらえるのだろうか。
思いつめた表情の朝莉が何か言いかけたその時、それを遮るように制服警官が近づいてきた。
「君が門倉哲くんだね?放送部の最後の一人の」
「は、はい」
「あの火事のことで君たちに少し話を聞かせてほしいんだけど、いいかな」
哲は横目で誠司たちを見やった。
諦観の顔つきで誠司が頷く。どうやら三人が集まった所で事情聴取をされる事になっていたようだ。
「――ん?君、大丈夫か?怪我してるじゃないか」
警官の目が哲の首筋の辺りに向けられる。
「え?」
哲の後ろに回りこんだ警官が指で示す。哲も首を捻って見やる。視界の端、襟首の辺りが赤く染まっている。
「ほらここ。血が出てるぞ」
警官が指差した辺りは確かにさっきからずっとチリチリとした痛みがあった。心当たりはある。ミヅキさんと出逢った時に、何か鋭利な刃物を押し当てられていた。あの時だ。日本刀でモンペ少女に脅された時の傷です、と言ったらこの警官はどんな顔をするだろう。
「なんだ?君、傷だらけだな。本当に大丈夫か」
「えぇと………」
言われてみればあちこち痛い気もする。警官が考える顔をした。
「――念の為、先に病院で見てもらった方がいいか」
かくして哲は誠司たちと引き離されて一人病院に送り込まれた。
服を脱いでわかったのだが、哲の体は全身至るところに擦り傷やら青あざやらを拵えていて、ビジュアル的には派手なことになっていた。
我が身の傷の度合いに今さらながらに震え上がった哲だったが、医師の診断結果は命にまったく別状は無し――専門は肛門科だという若い当直医の診断を信じるならば、だが――との事で哲はひとまず胸を撫で下ろす。
付き添いの警官からも、時間が遅いので今日の事情聴取は中止にすると告げられたものの、哲はまったく喜べなかった。
「お宅の息子さんが学校で起きた不審火に巻き込まれた件でその時の事情を伺いたく、今日はもう遅いので続きはまた明日、学校で――――」
などと付き添いの警官が、連絡を受けて飛んできた母親に対して言ったおかげで、哲の両親はすっかり自分たちの息子が放火魔に育ったと誤解してしまった。
帰宅後に開かれた緊急の家族会議の席上、母親は半狂乱になって泣き出し父親は激怒しながらも最後は懇々と諭しながら哲に自首を勧めてきた。
翌朝、まったく寝つけなかった哲は目の下に隈を拵えながらひどく憂鬱な気分で学校に登校した。
いつになく遠く感じた上り坂を辿り着いた学校では、登校した生徒たちが規制線の張られたままの旧校舎の惨状を見て騒いでいた。
消防隊の迅速な消火活動が身を結んだおかげで火事は三階部分の一部を焼いただけで済み、旧校舎の大半は焼け落ちずに残っていたが、爆発によって吹き飛ばされた三階階段にはぽっかりと大きな孔が穿たれ、黒焦げになった無残な姿を晒していた。
そして哲は学校に着くなり朝一で担任に呼び出された。同級生たちのヒソヒソ声を背後に向かった先は校長室。そこに刑事らしき二人組の男がいた。
哲は固唾を呑んだ。
これからの哲の申し開き如何によっては、最悪の場合、哲は放火の冤罪で逮捕され、全校生徒の面前でパトカーで引き立てられた挙句に臭い飯を食う羽目になるのだろう。
もちろん、哲はあの火災が自分の所為ではないことを知っている。けれどもそれを正直に言えば、誰にも言わないというあの少女との約束を破ることになる。
放火の犯人にされるのも、あの電波少女の恨みを買うのもどちらも避けたい哲はなんとかしてプロの刑事を相手に真相をうまく誤魔化しながら己の無実を勝ち取らなければならなかった。
しかも警察は誠司や朝莉への事情聴取を既に終えている筈だ。
二人の話と哲の話に整合性がとれなかったり、矛盾が生じれば刑事たちはたちどころにそれを追及してくる筈だ。
一応昨夜の内に、二人にはどんな事を聞かれたのかメールで問い合わせ、それを元に頭の中で話す内容をシミュレートしていたが、二人だって話した内容の全てを把握している筈がなかった。下手な事を言って刑事にその矛盾点を突かれれば事態はより悪化する。
(限りなく無理ゲーだ)
哲は絶望的な思いで校長室のソファーに腰を下ろした。
だが、恐怖に震え上がる哲の不安は結果的には杞憂に終わった。拍子抜けするほどあっさりと哲への事情聴取は終了したのだ。
放送部の活動で学校の夜景を撮っていたという哲の言葉はあっさりと認められ、目の前でいきなり火事が起きてパニックになって逃げたという哲の言葉を疑う者はなかった。
聴取を行った刑事は哲の言葉に頷くばかりで、逆に哲の方が警察の鑑識能力に不安を抱いたほどだ。爆発事故はともかく、廊下で少女と百鬼たちが繰り広げた乱闘に関してはまったく話題にすら上らなかった。
哲もミヅキさんのことは一言も話さなかった。
彼女との約束もそうだが、モンペ姿の女学生が妖怪退治をした結果、校舎の三階踊り場が消し飛びました、などと言えば、即座にPTSDを疑われて病院送りにされかねない。
「まぁ、不幸な事故ですな」
刑事が同席した校長に告げる。
「原因は老朽化した配線の漏電による火災ですね。そして、その火が近くの資材室で保管されていたペンキ用の溶剤から漏れでた気化物質に引火してドカンって事ですね」
刑事の口から説明がなされて、哲の事情聴取はお開きとなった。
とってつけたような事故原因について、賢明なる哲は一言も自身の感想を口にしなかった。
校長室を辞した直後、哲の後を追うように、刑事の一人が廊下に出てきた。
タバコを吸いに外に出る、という刑事の言い分を哲は話半分に聞き流した。
「いやぁ、悪かったね。授業時間に呼び出したりして」
「いえいえ、こっちも一時間目の数学をサボれましたし」
「数学か。俺のところにも中学の娘がいるんだけど、たまに勉強を見てやろうと思っても答えがわからない時があるからなぁ」
何気ない会話の後で、刑事は本題めいた問いかけを哲にぶつけてきた。
「ところで一つ、聞いてもいいかい?いや、これは今回の捜査とはまったく関係のない個人的な質問なんだけどね」
「……なんでしょう」
全身に嫌な汗が噴き出すのを気取られないよう努力しながら哲は刑事を見やった。
「君は本当はあの校舎で何をしていたんだ?」
何食わぬ仮面を被りながら、その奥で刑事の目が鋭く光っていた。
哲はたじろいだ。
やはり、警察もあれは事故なんかじゃないと思っているのだ。
凍りつく哲の横で、刑事も無言のまま歩いていた。
これが刑事の落としのテクという奴だろうか。
適当な尋問でお茶を濁して容疑者を油断させ、終わったと見せかけてその一瞬をついてくる。もうダメだ。ゲロっちゃいそうだ。
プレッシャーに負けて完落ち寸前の哲が愚かしい言い訳を口にしかけたその時、刑事は首を振りながら苦笑いを浮かべた。
「いや、すまない。怖い思いしたばかりなのに嫌なこと思いださせちゃったね。今のはなかったことにしてくれ――じゃあ、勉強頑張れよ」
そう言い残すと刑事は逃げるように哲から離れていった。
原因はすぐにわかった。
哲たちが差しかかった階段の踊り場に二人連れの人物が佇んでいた。
一人は女性、それも妙齢の美人だった。
スーツとブラウスを纏い、長い髪を後ろで結い上げたその姿はあまりに彼女にハマりすぎていて、まるでドラマやアニメなどでよく見かけるいかにもな教師かキャリアウーマン――或いは女刑事のようだった。
もう一人も女性――なのだが、こちらは日本史の教科書に出てきそうな前時代的な格好をしている。床まで届く黒髪に十二単衣を纏った様はまるで平安時代だ。何かのコスプレだろうか。
踊り場の窓から旧校舎の様子を眺めている女の横を足早に通り過ぎながら、先程の刑事が不機嫌そうにおざなりの会釈をした。平安美人の方には目を合わせようともしなかった。
「こっちは終わりましたよ、蘆屋さん」
哲の耳にはそう声をかけたようにも聞こえた。
スーツの女は刑事に微笑んでみせた後で、哲を見上げてきた。
吸い寄せられそうな磁力のある目だった。
「やぁ、門倉哲くんだね?」
「は、はい。あの、あなたは」
スーツの女はゆっくりと階段を昇ってくる。平安美人はその場に留まりこちらを見上げてきただけだったから哲はちょっとホッとした。
彼女は女性にしては背が高かった。170センチを切っている哲とさほど変わらない。香水をつけているのだろうか、何かお香のような甘い匂いが仄かに漂った。
「お巡りさんの親戚みたいなものだ。今回は色々と災難だったね」
渡された名刺には名前と電話番号しか書かれていなかった。
女――名刺に書かれている情報を信じるならば、蘆屋千沙都なる名前らしい――は微笑みながらそっと顔を近づけてきた。
色香漂う美人にまじまじと顔を覗きこまれ、思わず頬が赤くなり哲は後ずさる。
「なるほど。君の目は、もう少し他の災難を見つけてしまうかもしれないな」
至近距離で女が囁くようにそう告げてきた。
「え?」
黒曜石のような目に吸い寄せられ、哲は目を逸らしたくても逸らせなかった。まるで工芸品を慈しむかのようにためつ眇めつ見やった後で、女はやっと離れてくれた。
ようやく緊張から解放されてホッとしたのも束の間、とんでもない事を言われた。
「なんなら君のその目、私が貰ってやろうか?」
「え?……はぁ?」
哲は意味がわからずマヌケな声を出してしまった。
何かの冗談なのだろうか。だが、微笑こそ湛えているものの女の目はまったく笑っていなかった。
「勿論、それなりの対価は払うし本物と変わらない義眼も用意する。君は労せず厄介事から解放されて大金も手に入れられるんだ。悪い話ではないだろう?」
どうやら本気で言っているようだ。
電波を発している女性に出遭ったのはこれで二日連続だったが、昨日の電波少女は実際に有言実行で怪異を併発させていた実例があるから哲としても油断はできない。
頭の中で吟味した後で迂闊な返答を避けて答えた。
「せっかくですが、遠慮します。うまい話には裏があるから即答するなって親父が言ってました」
下手な事を言って頭の沸いた女にいきなり目を抉られたりするのはまっぴらだ。
女はさほど気分を害した様子もなく頷いた。
「素晴らしいご尊父だ」
それから女は肩に提げていたバッグから何かを取り出してきた。
「そうそう、君に返さなければならない物があってね。ほら、忘れ物だ」
そう言って女が手渡してきた物は、あろう事か哲が落とした筈の哲のビデオカメラだった。
「え?あ、あの、これ!?」
「火災現場に落ちていたよ」
「……ありがとうございます」
釈然としないながらも哲は頭を下げた。なぜ警察ではなくこの女性がこれを持っているのか疑問に思う反面、それを問い質すのが何となく怖くて憚られた。
女は微笑を浮かべたまま、告げてきた。
「機会があれば、いずれまた会おう。たとえば、君が再びあの小笠原みづきに邂逅してしまった時は、先に渡した名刺の電話に一報を貰えるとありがたい」
「……ミヅキさんを知ってるんですか?」
「そうだな。君よりは見知った間柄だよ。親しいかどうかはまた別の問題だが」
「教えてください。彼女はなんなんですか?」
哲の問いかけに女は紅い唇を歪めたまま、首を振る。
「幸福な人生を歩みたいなら知らない方がいい。世の中にはそういうモノもたくさんある事を君は学んでおくべきだ」
女はそれだけ告げると、踵を返して階段を去っていった。踊り場の平安女がニヤニヤといやらしい笑みをこちらに向けた後で、彼女の後をしずしずと追う。
哲は呼び止めなかった。
本能的な何かが彼女に関わるべきではないと訴えかけていた。
思えば地元でもそこそこには名の知れた伝統校の校舎が燃えたというのに、何処のテレビも新聞もこのニュースに触れる事はなかった。
そして警察も消防も明らかに火災以外の痕跡が残る現場を目撃している筈なのに、まるでその追及を避けるようにしてただの事故としてあっさりと処理してしまっていた。
哲の疑念は、その日の放課後に放送部の面々と再会した事で確信に変わった。
事故現場にいた当事者として哲たちはその日の話題の中心人物となっていたが、誠司も朝莉も、あの一件をネタとして笑い話にする以上の発言はしなかった。
「ホント、ビックリしましたよ。私がトイレ入ってたら急に爆発騒ぎになって」
「哲なんか行方不明になったって焦って俺が探してたら、一人でグラウンドまで逃げてやがったんだぜ?なぁ」
「……はぁ」
曖昧に相槌を打ちながら誠司を見やる。誠司が意味ありげな目配せをしてきた気がするのは気のせいだろうか。
「もぉ、ビックリしたわよ?学校に来て旧校舎が火事になったって知った時は。三階が爆発で穴が開いてるものだから、てっきり三人とも頭がアフロになってるんじゃないかって心配したわよ」
八木実花が呆れ顔で告げ、「しまった、被り物仕込んどけば一笑いとれたのに」と朝莉が悔しがって他の部員たちを笑わせた。
「……あ~、ダメだなこりゃ。データが破損してるな。下手したらカメラも壊れてるかもな。昨日はまるきり無駄骨になっちまったな」
誠司が手元のノートパソコンを覗きながら唸った。
先程、女から戻ってきた哲のカメラの録画記録をチェックしたのだが、昨日のデータがそっくりオシャカになっていた。
「弁償ね、弁償」
「ちょ、勘弁してくださいよ」
無慈悲な実花の宣告に両手を合わせて哀願しながら、はたしてこれは本当に不作為の故障なのかと哲は内心でいぶかしんだ。
時と場合によってはさっき貰った名刺を早速活用してあの蘆屋とかいう美人に請求を回さなければいけないかもしれない。
「ま、これもハヅキさんの祟りって事で。うまくオチもついたし、後で予備のカメラ使ってあの事故現場撮っておくか」
「じゃあ、今の内に行きましょうか。規制線とか取っ払われないうちに撮っておいた方が絵になりますよね」
哲はガサゴソと機材置き場を探って幾分か型落ちした予備のカメラを引っ張り出した。
今度は実花も加えてその足で旧校舎に直行し、四人は朝莉をレポーターにして事故の検証を行なったりそこらの野次馬にインタビューをしたりした。
その合間を見て哲は朝莉を手招きして呼び寄せた。
「なぁ、今野」
「はい?なんです?なんかくれるんですか」
「おまえも警察に色々聞かれたんだよな」
探りを入れる哲に、朝莉は無邪気な笑顔で応える。
「そうっスよ。先輩が仮病使って逃げた後で、お巡りさんにあれやこれや色々聞かれちゃいましたよ~人生初ジジョーチョーシュです。カツ丼は出ないんですね」
「どんな事聞かれた?」
「え~と、火事の時に何処にいたとか。どんな状況だったって」
「なんて答えた?」
「え?普通に答えましたよ。トイレ入ってたら急にドカーンって爆発音がして、火事になってビックリしたって」
「それだけか」
質問を重ねる哲に朝莉は頬を膨らました。
「今度は先輩が事情聴取ですか?だったらカツ丼奢ってくださいよ」
「いや、ほら、昨日おまえ言ってたでしょ。僕がハヅキさんに連れてかれたって」
すると朝莉は何度も瞬きした後で照れたような笑顔を浮かべて哲をドーンと小突いてきた。
「やだぁ哲先輩、そんな事忘れてくださいよぉ!あの時はさすがの私もビビッて取り乱してたから変な事言っちゃっただけですよ」
「え?」
「いきなり火事になって先輩がいないからてっきりそう思っただけで、落ち着いて考えてみたらいくらなんでもアレはないですよね~お巡りさんにもアホな子見る目で見られちゃいました。キャー恥ずかしー」
「ちょっと朝莉!おしゃべりしてないでこっち来て」
実花が口を挟んできた。次のレポート内容の打ち合わせをするつもりらしく、事故原因の書かれた資料を手に手招きしている。
「あ、はーい!それじゃ」
「あ、おい!?」
手をブンブンと振り回し、朝莉は実花の下に走っていってしまった。
哲は溜め息をついた。
ふと、こちらを見つめている誠司の視線に気づき、そっと近づいた。
「……田原先輩」
「うん?」
「先輩、これなんかおかしくないですか?」
「なにがだ?」
いつもと変わらぬ芒洋とした様子の誠司の顔から何かを読み取ろうとしながら哲は繋げた。
「この事故ですよ。なんか簡単にケリついちゃいましたけど、おかしくないですか」
「どこがだ?」
「だってあれは……」
言いかけて哲は口ごもった。事故を否定すれば、哲はあの少女の事を話さざるをえなくなる。鼻を鳴らして誠司が言う。
「アレは、ハヅキさんの呪いのせいだ――なんて言うつもりか」
「いえ。でも」
「あのなぁ。火災に関してはプロの消防士と、事件事故に関してはプロの警察が現場検証してそう判断したんだ。だったらそれが事実なんだろうさ。それともおまえ、警察にハヅキさん云々とか一説ぶったのか?」
「しませんよそんな事」
「だったら別にいいじゃないか。俺たちも五体満足でおまけにお咎めなしで済んだんだから」
哲は言い返せない。
誠司はそんな哲の様子を暫く見つめていたが、実花や朝莉たちが二人で打ち合わせを始めている事を確認してからそっと告げてきた。
「おまえの言いたいことはわかるよ。違和感はある。少なくとも昨日の段階では、警察は俺たちが煙草でも吸って火事を起こしたんじゃないかって疑ってた。でも、今日になって刑事と話した時には既に事故の線で話はついていた。いくつか簡単な事を確認されただけであっさり釈放だ」
旧校舎を見上げていた三人組の女子生徒が事故の感想を口にしながら哲たちの傍を通り過ぎていった。彼女たちが充分遠ざかったのを見やった後で誠司は再び口を開く。
「実は俺、昨日おまえが別棟に行った後で争うような音を聞いたんだ。銃声みたいな音とか気持ち悪い悲鳴とかをな。それでその直後にあの爆発だろ?その事は俺、警察に話したんだ。けど、その事には今日は一言も触れられなかった」
やはり誠司も疑念を抱いていたのだ。
「正直、俺は詳しい話はわからないんだ。なにしろあの火事の時、俺は別棟にさえ入れなかったんだ。ダセぇ話だけど、足を踏み入れた途端、急に体に力が入んなくなってへたり込んじまったからな。俺はほとんど何も見てないんだ。爆発の後でやっと立てるようになって、三階にいた今野を連れ帰るのがやっとだった」
誠司は穴の開いた旧校舎を見やりながら首を振る。
「それこそ最初に階段を上がっていっちまった今野やお前の方が、あそこで何が起きたのか知ってる筈だぞ?聞きたいのはこっちの方だ。おまえはあそこで何をやっていた。姿を消してグラウンドで腰を抜かしていたその間に何があった?今野の奴はいったい何を見たんだ?なんであんなに怯えていた?」
哲は答えられなかった。
誠司はため息をつき、哲の肩を叩いてきた。
「悪い、怖い思いしたばかりなのに思い出さなくていい。忘れようや。あれはハヅキさんの呪いで起きた火事だ。それでいいじゃないか」
「田原、門倉、何サボってるのよ。次の撮影始めるわよ!」
実花が柳眉を逆立てて呼んでいる。
「へいへい。――さ、行こうぜ」
「……はい」
誠司に背中を叩かれ、哲は頷く他になかった。




