8、集束する戦火(その10)「業火」
「くっ、なんて奴なのよ……ホントにこの子、新兵だったの!?」
倒れて動かなくなった敵を見やりながら、史奈乃は呻いた。
敵を仕留めたという高揚感はない。むしろ、一瞬の油断から史奈乃は敗北の一歩手前まで追い詰められ、それを救ってくれた戦友は左腕を砕かれていた。
「紗霧、大丈夫ですか」
「えぇなんとか…とはとても言えませんね。痛くて死にそうです」
顔中脂汗を流しながら紗霧が激痛に顔を歪ませている。
「衛生兵!急いでください!紗霧をお願いします」
後方の兵士たちに怒鳴り、戦友に肩を貸して後送させた後で、史奈乃は先程まで激闘を演じた敵に近づく。
もし生きているならば、彼女もまた捕らえて送らなければならない。
だが、近づいた瞬間に史奈乃は顔を顰めてそっぽを向いた。
全力を出せば数十トンの重量物を投擲しうる紗霧の豪腕をもって壁に投げつけられた少女は無惨な姿に身を変えていた。無論、これで生きている方が不思議だった。
「惨いな」
いつのまにか横に追いついてきた坂木がそっと少女の遺骸に両手を合わせた。
「仕方ありません。紗霧がやらなきゃ、負けてました。手加減できる相手じゃありませんでしたから」
「それは見てればわかる。そうじゃなくて、こいつ自身のことだ」
坂木は少女を見下ろしながら告げた。
「いくらなんでも、呪詛が発症して一周めでこんな力は覚醒しないだろ。こいつは捷子の懐刀だったっていうし、相当に強化を施されてたんだろうよ」
「強化って……」
「廣山捷子は手練れのレゼルボアだ。奴は前周ではただ呪詛感染者を発現させるだけじゃなくて妙な力まで付与していたらしい。今回だって、元々素質のない奴に呪詛を発現させたり、アメリカ兵を召喚するジェネラルを作ったりと色々やってたようだしな」
史奈乃は肉塊と化した少女を哀れむように見つめた。
「じゃあ、この子も?」
「恐らくはな。どんだけ捷子にいじくり回されたかはしらねぇが、たぶん体の方はボロボロだったろうよ。本人がそれを知ってたのかどうかはわからんが、惨いことをしやがる」
「…許せない……許せません」
「あぁ、そうだな。さっさとケリをつけようぜ」
坂木は史奈乃の肩を叩くと、振り返り部下達に前進再開を命じた。
その途端に突然の爆発音が鳴り響く。咄嗟に床に伏せた坂木は顔をあげて周囲を窺う。
今のは、外からの友軍の攻撃による爆発とは異なっていた。
誰かがこの別荘内で何かを爆発させたのだ。
「分隊、俺のケツに続け!周囲の警戒怠るな!」
自ら先頭に立ち階段を駆け上がった彼が目にしたのは、火を噴き上げて炎上する二階部だった。
「チィッ」
舌打ちしながら坂木は通路を進む。
出火元らしき小部屋を覗く。途端、炎が迫り、坂木は慌てて退いた。
「班長殿!危ないですよ!下がりましょう」
史奈乃に腕を引かれながら坂木は苦々しげに舌打ちした。
「今の部屋、服が脱ぎ捨てられてた」
「はぁ??なんです、それ」
「おい、誰か廣山捷子の近影の画像持ってるか!?」
部下たちと退避したその足で坂木は小隊本部に直行した。
「どうした、坂木?」
画像の映し出された端末から近づいてきた指揮官の乃木へと視線を移し、坂木は唸る。
「……これだ。捷子の着ていたこの服が、出火元に落ちていた」
「なんだと!?とすると……」
「敵わぬと見てあの部屋で自決を図ったか…死んで久那守葉月の下に戻ったなら服だけが残される」
坂木の言葉に乃木は考える目をした。
「或いは、そう見せかけといてどっかに逃亡したか、だな……確かめられるか?」
坂木はあっさりと首を横に振った。
「無理だな、火の回りが早すぎてあの別荘の中に入るのは無理だ」
「くそっ!鎮火を待つ余裕など無いぞ」
腹立たしげに乃木は炎上する別荘を睨んだ。
襲撃が終わった以上は彼らは即座にこの場を離脱しなければならなかった。
「えぇ~マジ?ダメじゃん」
近くに控えていた森本柚香が呆れ顔を浮かべたその横では、茂庭寧が必死に呼びかけを行っていた。
「瑠琉亜ちゃん!応答して瑠琉亜ちゃん!……あぁ~もう、ダメ!音信不通」
彼らの忍ばせていた諜者との連絡は攻撃の僅か前からずっと途絶えていた。
乃木の決断は早かった。
「みづき!常磐!おまえたちはここに残って可能な限り情報を集めろ。だが無理はするな!警察やMPとの交戦は避けろ!二人を残置して隊主力は離脱する」
いくら人里離れた山中とはいえ、これだけ派手にドンパチをやらかし火災まで起こしたとなれば、警察や消防が殺到してくるのは間違いなかった。
殆んど来襲した時と同じかそれ以上の逃げ足の速さで乃木たちが去った後で、曾ヶ端常磐がみづきに声をかけてきた。
「まったく、復隊早々こき使われてお気の毒ね」
彼女の均整のとれた肢体は草木状の装飾を施されたネットのようなもので覆われていた。
ギリースーツと呼ぶには随分と露出の多いその服装から覗く白い肌には墨で化粧が施されて宵闇に紛れるとそこに人間が存在しているとは気づかない。
「元より苦になどならぬ。いずれケリをつけねばならぬ相手だ」
みづきは無愛想に応えた。
「そこまで恨むべき敵なのかしら?廣山捷子は」
「愚問だ。徒に久那守葉月の呪詛を弄び撒き散らし、そしてその配下は英霊たちを辱めている。それだけで廣山の所業は万死に値する」
「そう……じゃあ、難しいわね。あの火事で燃え尽きちゃってたら捷子さんへの復讐は随分と先のことになってしまうし、生きていたらまた鬼ごっこが始まるものね」
言いながら常磐は燃え盛る別荘を見やった。
あの火勢が収まるまではさしもの彼女たちも近づきようが無かった。
不意に一両の車輌が到着したのはその時だ。
既に遠くでは消防車のものらしきサイレンの音が山中に響いていたが、それより早く現場に辿り着いたのは黒塗りのワゴン車であった。
木立に紛れてその闖入者たちを窺っていた常磐が「あら」と苦笑いを浮かべた。
対照的にみづきは音を立てて歯を食いしばって現れた者を睨む。
「蘆屋千沙都!」
まるでその呪詛混じりの呟きが聞こえたように、蘆屋千沙都がこちらを見やった気がした。
勿論、この闇夜でこれだけの距離を隔てて潜伏している二人を見つけられる筈は無かった。
ましてや彼女たちは自らの呪詛の力を用いて姿を消し去っている。
「厄介な人が来ちゃったわね。どうするの?仕掛けるなら初撃で仕留めないとキツいわよ」
「いや、交戦は禁じられている。それに彼奴は狐を連れている」
みづきの示す先、蘆屋の後方には時代錯誤の十二単衣姿の女が付き従っていた。蘆屋千沙都の使役する凶悪な式神であった。
呪詛の力をもってしても容易に勝てる相手ではなかった。
「じゃあどうするの?もうじきお巡りさんたちも来ちゃうわよ」
「機を待つしかあるまい。それとも貴様、偵察屋の分際で堪え性も無くしたか?」
「仕方ないじゃない。だってこの格好寒いのよ」
常磐の言葉にみづきは呆れたような顔をした。
「当たり前だ馬鹿者。冬の山で臍を出す馬鹿がどこにいる。痴女か貴様」
「あらご挨拶ね。新兵教育隊時代にステルスは余計なものを身に着けない方が効果が増すと教えてくれた小笠原上等兵殿の薫陶を今も忠実に守っているだけよ?」
「ふん。思えば貴様はあの頃から浮ついてフシダラだったな」
「みづきさんこそ、平成の御世にモンペはいかがなものかと思うわよ?」
常磐に鼻で笑われ、みづきは少しムッとしたように彼女を睨んだ。
「黙れ、腹を冷やすよりはマシだ。古い物を無碍に馬鹿にするのはやめろ」
「うふふ、次の休みにでも一緒にタイツでも買いに行きましょうね」
少女たちが軽口を叩き合い無聊を慰めるその間にも、次々と消防車やパトカーが集まり、燃え盛る別荘を取り巻き始めた。




