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8、集束する戦火(その7)「死守」

 別荘に立て篭もっていた少女たちの抵抗は呆気なく瓦解した。

 和光捷子により創られた呪詛感染者たちの群れとの戦いを警戒していた日本兵たちにとっては拍子抜けするほどに彼女たちは早々に戦意を喪失してしまった。

 いくら異能の力を手に入れたとはいえ、戦闘の訓練を受けた訳でもない少女たちが苛烈な戦闘で百戦錬磨の日本帝国軍兵士と渡り合える筈も無かった。

 予想された和光捷子と煤ヶ谷柑那の反撃が無かった事もこの戦いがワンサイドゲームになってしまった理由である。

 次々と別荘の部屋は制圧され、少女たちの大半は排除され、或いは捕縛されていった。

 その中で、唯一の例外があった。

 先に裏口から突入していた第三分隊が強烈な抵抗を受けて苦戦を強いられたのだ。

 そこに待ち受けていたのは一人の呪詛感染者だった。

 和光捷子と常に行動を共にしていた彼女の存在は日本軍も知っていたが、まさか彼女がこれほど強力な力を持っているとは予想していなかったのだ。

 彼女は放たれた銃弾をかわし、兵士の突き出した銃剣を掻い潜るとその兵士を手に持っていた手槍で貫いた。

 同時に背後から迫ってきた別の兵士を蹴りつけた。壁まで吹き飛ばされて叩きつけられた兵士が血を吐いて動かなくなる。

 急を聞きつけた飯尾史奈乃が駆けつけた時、彼女は仲間の一人である清川紗霧と交戦中であった。

 信じられない事に、紗霧が圧されていた。

 紗霧はその俊敏さに追随できず、そして百円硬貨を握り潰せる膂力で掴んだ筈の腕は敵に振り払われ、狭霧の渾身の右ストレートは敵に受け止められてしまった。

「紗霧!?大丈夫ですか」

「あら、史奈乃ちゃん。助けてくれないかしら、この子強くて負けちゃいそう」

 この期に及んでも緊迫感の不足しがちな狭霧に脱力感を覚えながらも史奈乃は腰の銃剣を抜き放ち斬りかかった。

 紗霧と組み合っていた少女が飛び退いて間合いを切る。

「へぇ……やるじゃない。あなた、名前は?」

「真名津、雪」

「聞いた事がないわね。新兵かしら?」

 反応はなかった。

 言葉の意味がわかっていないのかもしれない。

「新兵で紗霧より強いなんてたいしたものだけど、さすがに私と紗霧二人がかりだったらあなたに勝ち目はありませんよ?降伏しなさい。そしたら悪いようにはしないから」

「あら?うふふ、史奈乃ちゃんは優しいわね」

 紗霧が嬉しそうに微笑んできた。近くに置いていたらしい自分の小銃を掴んで棍棒代わりにしているあたり、まだまだ戦う気は満々のようだ。

 けれども、史奈乃の申し出を雪はあっさり断った。

「嫌よ」

「……ちょっと?言っとくけど、戦うならこっちも手加減はできないですよ?わかってます?」

「そうですよ?こっちの史奈乃ちゃんはすごく強いわよ。痛い思いして一周分人生を無駄にする事はないわよ。もうどうせ捷子さんたちの負けなんだし、降参した方がいいわ」

 紗霧の説得も効果はなかった。

「嫌よ。私は捷子を守るの。だからここから先は絶対に通さない」

 真名津雪はそれ以上の対話を断るように拳を固め直すと二人に向けて突っ込んできた。



 真名津雪は物心ついた時から一人ぼっちだった。

 父親の顔も知らず、母親の顔も知らず、気づいた時には彼女は児童養護施設にいたのだ。

 もちろん施設の職員たちの中には身寄りのない雪のような子供たちに惜しみない愛情を注いでくれる者たちも少なからず存在したし、元より家族の温かみを知らない雪にとってはその施設の環境こそがこの世の全てに他ならず、己の宿命なのだと幼心に悟りながら生きてきた。

 そして雪自身、さほど社交的な性格ではなかった。

 誰かと一緒にいるよりも一人で本を読む方を好み、あまり施設の子供たちや職員たちと積極的に関わろうとはしなかった。

 或いはそれは本来傷つきやすく臆病な雪の本当の姿を守る為の彼女なりの防護策だったのかもしれない。

 施設に廣山捷子が現れたのは、雪が中学生になったばかりの頃のことだ。

 捷子は雪よりも一つ年上で、美人で頭もよく、そして優しかった。

 その時の捷子は、田中由季恵と名乗っていた。

「貴女とは一文字違いで同じ名前ね。これからよろしくね」 

 初めて出逢った時、捷子はそう言って微笑みながら手を差し伸べてきた。

 そしてそれ以来、捷子と雪は施設の図書室でよく出会うようになっていった。施設には篤志家たちから様々な物が寄贈されていたが、特に書籍はその中でもメジャーな贈り物だったらしく、図書室の蔵書量はなかなかのものだった。

 もっともその大半は少し真面目でお堅い内容のものが多く、当の子供たちの人気はいま一つで、子供たちの多くは自由時間をテレビのある遊戯室などで過ごしていた。

 それが為に余計に雪は図書室を愛用していた所もあった。図書室は静かだし、誰の邪魔も入らないから人付き合いに気を使わなくてもいいし、何より膨大な活字を読めば無為な時間を潰す事ができた。

 その図書室に、捷子はやってきた。


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