8、集束する戦火(その5)「モグラ狩り」
「きゃっ!?」
瑠琉亜は悲鳴をあげた。バランスを崩して踏鞴を踏む。その彼女の背後から手が回されて羽交い締めにされた。
横目に見えたのは真名津雪の顔だった。
いつも捷子の傍に影のように控えている少女だ。
「あ、あの?捷子さん?これってなんの冗談ですか?ドッキリとか?」
軽口を叩いたつもりが声が震えた。
部屋の中央で捷子が振り返り、冷たい視線を向けてきた。
「貴女にはすっかりやられたわ。まさかあいつらの犬だったとはね」
「あいつら?誰ですそれ?私、どちらかというと猫派なんですけど」
「おだまり。迂闊だったわ、まさかルーキーたちの中に二周目の子を潜りこませてくるなんてね。貴女の演技もなかなかのものだったわよ。カマトトぶるのが上手いのね?」
露見したのだ、と気づかされた。
どのタイミングでバレたのだろう。ごく最近まで捷子は瑠琉亜を手許に置いて重宝していたのだから、彼女の正体が露見したのはこの別荘に来てからなのは間違いない。
いや、そんな事はもはやどうでもいい。
重要なのは、彼女が最悪の窮地にたたされたという事実だけだ。
瑠琉亜は絶望に押し潰されそうになりながらも必死に活路を求めた。
彼女を捕らえる雪の膂力はどうあがいても瑠琉亜が太刀打ちできそうもなかった。まるで万力で挟まれたみたいに体が動かせない。
だったら動かせられる舌を動かすべきだ。もうじき、本隊がここに到達するだろう。せめてそれまで生き延びられるように努力しなくてはならない。
「あははは、私、演技派ってよく言われるんです~将来は女優とか目指しちゃおうかな~なんて♪……だから顔は殴らないでほしいかな」
歩み寄ってきた捷子が冷酷な顔のまま、瑠琉亜の頬を打った。どうやら彼女の懇願は何一つ受け入れられそうもなかった。
瑠琉亜はあっさりと白旗を掲げた。
「おっけぇ、わかりました!私、一〇八特攻の連中にスパイしろって言われました。でもしょうがなかったんですよぉ、私ってまだ二周目だから上の人にやれって言われたら逆らえないし!そこら辺、捷子さんならわかりますよね?逆らったら殺されちゃうし、仕方なかったんですよ!だから命だけは助けてください!なんなら今すぐ寝返ってあいつらの情報全部話しちゃいますから!」
返ってきたのは侮蔑の視線だけだった。
「結構よ。それに、時間があったら色々と貴女の口を割らせて根掘り葉掘り聞いてあげるのもよかったんだけど、私にもあまり時間が無いの」
「ですよね~?もうすぐ隊主力の人たち来ちゃうもんね~!私が言う事じゃないけど、もう絶対降参した方がいいですよ?まともにやりあったらあの人たちに勝てる訳ないんだし。なんなら私が口利いてあげますよ?捷子さんって、元一〇八なんでしょ?だったら昔の戦友を悪いようにはしないですよ絶対」
「ふん、二周目のヒヨッコが生意気な口はきかないことね」
せせら笑う捷子が取り出したものを見て瑠琉亜は小さく悲鳴をあげた。
握った拳銃の銃口を瑠琉亜のこめかみに突きつけ、捷子は囁く。
「そんな事、貴女ごときに言われるまでもないわ。それと、色々と頑張ってるみたいだけど無駄よ。私も貴女と同じエニグマよ?経験も能力も私の方がずっと上。だから外とも通信はできないしこの位置を報せることもできない。だから安心して死になさい」
終わった、と瑠琉亜は肩を落とした。
「畜生、前線勤務なんてもう二度とやるもんか!次からは絶対後方勤務を志願してやる」
呪詛めいた瑠琉亜のぼやきに捷子は思わず失笑を洩らす。
「賢明ね。次の周回はもっと賢く生きるのよ」
捷子の指が引き金にかかったその瞬間、それより早く雪が動いていた。
鈍い音と共に、瑠琉亜の体が崩れ落ちた。首があらぬ方向を向いている。へし折られていた。
「あら?」
「捷子が手を汚す事なんてない。こういうのは私の仕事」
ボソリと告げて雪は捷子を見やる。
「だから捷子は急いで行って。あいつらをやっつけるのも私の仕事。任せて」
「雪……ごめんね。全てが終わったらすぐに呼び寄せるから」
愛おしそうに彼女の頬を撫でた後で、捷子は纏っていたワンピースに手をかけた。
「雪、そこのスパイの服を脱がして頂戴。それと柑那を呼んできてくれるかしら?ここで服を着替えるように」
意外にも彼女の忠実な少女はその言葉に逆らった。
「いや」
「え?」
「まず捷子の着替えを手伝うわ。最後なんだし、それくらいお願い」
「……しょうがない子ね」
捷子が苦笑を浮かべたその時、窓の外を車が走り去って行った。朝莉と哲を乗せた車だった。
「さて、私たちも急がないとね」
捷子は決意に満ちた顔でそう呟いた。




