8、集束する戦火(その4)「離脱」
「捷子さん、ミヅキさんたちが来るよ!」
血相を変えた哲が和光捷子の自室を訪れた時、あいにく捷子は近しい友人たちとホットミルクを片手に大いに盛り上がっている最中であった。
だが他の少女たちとは違い、楽しいパジャマパーティーに水を差した無粋な闖入者を捷子は顰蹙の目で迎え入れたりはしなかった。
「間違いはありませんね?」
その問いかけは哲ではなく、後続する上里瑠琉亜に向けられたものだった。
「はい。間違いありません。こと小笠原みづきに関する限り門倉君の感覚は確かですし、朝莉たちも敵が近づいてくる兆候を捉えてます。ね?」
瑠琉亜に促され、緊張した顔で朝莉も頷いた。
「幾つかの車が山道を登ってこっちに向かっているのを幻視しました」
捷子は小さく息を吐くと、振り返り少女たちに解散を命じた。
「皆さん、残念ですけど今夜はここでお開きにしましょう。続きはあの忌まわしい連中たちを追い払ってから、とっておきの紅茶で祝杯をあげましょう」
ある者は不服げな声をあげ、またある者は恐怖と緊張に顔を引き攣らせながらも少女たちは部屋を飛び出して走って行った。捷子達を狙う敵が現れた時、彼女たちはこの別荘でそれを迎撃する事になっていた。
「では私たちも戻ります」
「待ちなさい朝莉さん」
自分の持ち場に戻ろうとした朝莉は、捷子に呼び止められて不思議そうに振り返る。
捷子は微笑んだまま、思いもかけない言葉を告げてきた。
「貴女とそちらの門倉君は戦う必要はないわ」
「え、でも……」
口を開きかけた朝莉を遮り、捷子は呼び鈴を鳴らした。
すぐに近くの部屋からスーツ姿の男が姿を現す。大柄で見事な体格をした男だが、その顔には人の良さそうな笑みが浮かんでいた。
「貴女たちはすぐにここを離れなさい。こちらの田中さんが送ってくれるわ」
「え、でも、私も戦わなくていいんですか?」
「貴女には門倉君っていう大切なボーイフレンドを守る役目があるじゃないの」
そう言って捷子は朝莉の手を握った。
「朝莉さん。貴女はすごく役に立ってくれた。素晴らしいわ。だからこそ私は貴女を大切にしたいの。幸せになってほしいのよ」
「捷子さん」
「それに貴女は戦いは得意じゃないでしょ?それなら少し離れた所に避難してもらっていた方が私もやりやすいわ。大丈夫、田中さんが貴女たちを安全な場所に連れて行ってくれるわ。さぁ急いで!他の子に見つかっちゃったらエコ贔屓がバレちゃうわ」
冗談めかして告げた捷子の後を引き継いで、田中が朝莉を差し招いてきた。
「さぁ、こちらに車を停めてあります。今なら裏道を通れば連中と鉢合わせることもないでしょう」
「捷子さん、ありがとうございます!このお礼は必ずしますので」
「捷子さん、ありがとう。短い間だったけどすごく助かったよ」
お礼を口にして田中の後に続く二人を見やった後で、瑠琉亜が口を挟んだ。
「という事は、私もあの子たちと同行して面倒看てあげた方がいいわよね?」
成り行き上、瑠琉亜はこの和光捷子の別荘に逃げ込んできた珍客の管理を任されていた。当然の如く朝莉たちに同行しようとした。
好都合だ、そう瑠琉亜は内心でそう思っていた。
この捷子たちの立て篭もる別荘の存在を襲撃者たちに報せたのは他ならぬ彼女だった。
当然、彼女はこの別荘が戦場になる事も前もって知っていた。捷子が討たれてしまえば、後は戦闘のドサクサに紛れて離脱すれば任務は完了だ。
朝莉たちの離脱は渡りに船だった。便乗してここを離れてしまえば巻き添えを食う心配も無い。
だが、捷子は微笑を湛えたまま首を振ってみせた。
「瑠琉亜さん、貴女はここに残って頂戴。貴女にはお願いしたい事があるの。大丈夫よ、あっちは田中さんがちゃんとやってくれるから心配要らないわ」
内心の失望を表に出さないよう努めながら、瑠琉亜はいつもの態度で尋ね返した。
「私にお願いしたいこと?喜んでなんでもやりますよ」
「じゃあ、こちらの部屋に来て頂戴。他の人には聞かせられないから」
導かれるままに近くの小部屋に捷子は足を踏み入れた。
(あんまり面倒な事は勘弁してよ)
内心でぼやきながら瑠琉亜は後を追う。後ろ手に扉を閉めようとした途端、強い力で突き飛ばされた。




