8、集束する戦火(その2)「捜査関係者たち」
一方で、新日本側においても和光惣吉邸襲撃の真相を見抜いた者たちも存在した。
国内屈指の大企業の会長が強盗殺人の被害者になるショッキングな事件に新日本は騒然となった。和光惣吉本人のみならず住み込みの使用人たちまでもが惨殺され屋敷に火を点けられるという残虐な事件は世間の耳目を集め、マスコミは連日事件の続報を報じ続けた。
被害現場となった和光邸前には多くのマスコミの中継車が並び、警察関係者が出入りする度に激しいフラッシュが焚かれた。
勿論、規制線と制服警官によって外の世界と犯行現場は明確に隔てられており、その現場内に入られる者は捜査当局者のみである。
いや、その表現は語弊があるかもしれない。
現にたった今、マスコミから逃げるようにして和光邸に飛び込んできた秋森幸隆は元刑事であっても現在彼が所属する職場は純然たる捜査機関とはいえず、少なくとも今の立場でいえばかつての職場を訪れた退職者程度の存在でしかない。
「いやぁ、参った参った。マスコミどもが群がってやがるな」
ヘラヘラと笑みを浮かべて近づいてくる昔の同僚に、捜査担当の刑事が渋い顔を見せた。
「おい秋森。何の用だ?まさかまた俺の仕事を取り上げるつもりじゃないだろうな」
「そんな事しませんよ。今、うちのボスはお偉いさんの顰蹙を買って干されてるっスから」
「じゃあ何しにきたんだよ」
あまり友好的ではない態度の刑事を気にした様子もなく秋森は告げる。
「一応、ここのガイシャはうちの監視対象になってたんで念の為に確認にきたんですよ」
「フン…、余計な事して現場荒らすなよ」
刑事は鼻を鳴らしながらも秋森が現場を歩き回るのを止めはしなかった。
秋森が所属する訳のわからん公安関連の機関は彼ら刑事たちの事件に介入してくる一方で、逆に手柄を譲ってくれたり情報を提供してくれたりする事もあったし、個人的には秋森は所轄署時代に彼が目をかけていた後輩だった。
「へぇ……随分と悲惨な現場っスね。こいつはプロの犯行だ」
秋森の感想に刑事は鼻を鳴らした。
「プロってのは、何のプロの事だ?」
「そりゃあ勿論、強盗のプロって事でしょうね。手慣れた侵入方法と躊躇無く住人を殺傷して金目の物を奪うって所を見れば、アジア系の強盗集団ってところですか」
「生き残った家政婦も、連中が中国語だか何だか分からん言葉を喋っていたって言ってるしな。……で、どうなんだ?」
尋ね返され、秋森は肩を竦めた。
「どうなんだって仰いますと?」
「ただの強盗事件におまえが出張ってくるのかよ」
秋森は苦笑を浮かべた。
「最近は暇すぎて」
「ここのセキュリティー」
「はい」
「犯行当日の夜、一斉にシャットダウンしていたらしい。邸内の防犯カメラも全部パーだ。何も映ってない」
刑事の言葉に秋森は肩を竦めた。
「アンラッキーですね」
「最新鋭の防犯システムだぞ?」
「機械に絶対なんて事はありませんし」
言いながら秋森は天井を見上げた。目立たない位置に設置されたカメラは復旧して稼動を再開しているようだ。
「なぁ秋森。本当にこのヤマぁ奪いとる気はないんだな?」
「ありませんって。これはあくまでアンタたちの領分で終わらせるべき事件なんだ」
刑事はため息をついた。秋森は床に書かれた人型の線を気をつけてよけながら尋ねた。
「ところで、ガイシャの奥さん、見つかったんですか?」
「いや、まだだ。事件当日は友人たちと旅行に出かけていてまだ連絡がついていないらしい」
「へぇ…家が強盗に遭って自分の旦那が死んだってのに、暢気なもんだ」
「あぁ。とっくに事件の事は知っているだろうにな」
「たしかメチャクチャ若いんですよね。女子高生でしたっけ?とんでもないスケベ爺ぃだぜ」
「ホトケの悪口はよせ」
顔を顰める刑事に向き直り、秋森は尋ねた。
「ひょっとして、探してます?奥さん」
「当然だ。今のところ、安否不明の状態だし、もしかしたら事件と関わってる可能性もあるからな」
「若い嫁さんが旦那の財産目当てに狂言強盗を働いたって事っスか」
「ふん、捜査中の内容を部外者に話せるか!というか、おまえ、何か情報持っているなら寄越せ!」
その後、暫くして秋森は事件現場を出た。
携帯を取り出して電話をかける。
「……あ、蘆屋さんっスか?秋森です。今、和光惣吉の自宅を見てきました。政治性のない強盗事件の線で進める事で決まりですね。それと和光捷子の足取りですが、警視庁の方でもまだ捉えきれていないみたいです。はい、はい、引き続き追いかけます」
電話を切った後で、秋森は人遣いの荒い上司への不平を口の中で呟いた。
それからタクシーを止める。
向かう先は警視庁の公安部。元々、刑事上がりの彼とは馬の合わない連中だが、これまでに作った貸しを最大限に利用して和光捷子たちの行方を追うつもりだった。
彼らの職務は事件の解決ではなく、敵性対象の永続的な監視と排除に他ならないからだ。




