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7、和光惣吉の追想(その3)「廣山捷子との出逢い」

 惣吉は手の戒めを解かれて漸く納屋から解放された。

 攫われた時にゲリラから殴られたものの、その後は拷問や暴行を受ける事もなかったが、長時間の拘束と監禁で体中が強張って痛くなっていたし、数日分の汗と汚れと排泄物で彼の姿は酷いものになっていた。

 表では、日本兵たちが彼を守るようにして円陣を組んで警戒に当たっていた。

 ゲリラたちの排除を終えた後で、指揮官らしき男が近づいてきた。

「日本軍の者です。あなたの救援に参りました」

「ありがとうございます。助かりました」

 惣吉は素直に礼を述べた。

 何処までこの男と会話を交わしてよいか悩む。惣吉の立ち位置としては彼らは同胞であり紛れもない仲間であったが、兵士たちが惣吉の裏の顔を知っているかどうかはわからなかったからだ。

「麓の村まで護衛します。そこからは現地政府が責任をもって貴方を東京まで送り届けてくれるでしょう」

「感謝します」

「ただし、貴方はここで我々に助けられた事を話してはいけません。貴方はこの国の軍隊に救出された事になっている。よろしいですか」

 惣吉には否も応もなかった。

 新日本の人間を旧日本の軍が救出したとなれば、お互いに色々と詮索される事になるのは間違いなかった。惣吉のような立場であれば尚更、まずい事になる。

 つまり、そこまで彼の事を斟酌しているからには彼ら日本兵は完全に和光惣吉の存在を知った上で救援を遣したのだと惣吉は理解した。

 気の利いた一人の小柄な日本兵が着替えと水筒を持って彼の下に小走りで駆け寄ってきた。差し出された物を遠慮なく受け取り、惣吉は声をかけた。

「ありがとう」

「他に必要なものがあれば仰ってください。僅かですが食糧と薬くらいならばご用意いたします」

 その声に惣吉は虚を衝かれた。思わず、まじまじと鉄帽の下に隠れた顔を覗いてしまう。

「君は、女性か?」

「廣山捷子一等兵であります。帰還まで、身辺のお世話を命じられましたのでなんなりとお申し付けください」

 シャチホコばって敬礼する女性兵士を見やりながら惣吉は瞬きをした。

 女性の兵士というのは珍しかった。

 ソ連や欧米では婦人兵が存在している事は知っていたし、朝鮮動乱をきっかけに警察予備隊を創設し再軍備を果たした共和制日本も看護婦を採用している事くらいは知っていたが、それでもゲリラの跳梁するような危険な最前線に女性の兵士が投入されるなどという話は惣吉の知る限り聞いたことがなかった。

「……なにか?」

 あまり無遠慮に見すぎてしまったのだろう、少し怪訝そうに廣山一等兵は尋ねてきた。

「あぁ失礼、日本軍が女性の、しかも君みたいな若い子を使ってるとは知らなくて」

 廣山一等兵は生真面目な顔で答えた。

「はい、確かに珍しいかもしれません。まぁ、自分は編制上、員数外のようなものなので…」

 員数外、つまり正規の頭数には入っていない存在の事である。

 惣吉がその言葉の意味を図りかね、問い返すより先に近くにいた将校が口を挟んできた。

「和光さん、済まないが彼女は軍機扱いだ。あまり詮索せずにいただきたい。勿論、ここで彼女を見かけたことも他言は無用だ」

「はぁ」

 少女兵士の存在が軍事機密に相当する理由を計りかねながら惣吉は曖昧な返事をした。

 将校もそれがわかったのだろう、少し得意げにこう続けた。

「ただ一つ言える事は、和光さん、今回は彼女が貴方の居場所を突き止めてみせたんだ。いわば貴方の恩人という訳だ」

「……そうなのかい?」

 不思議そうに見つめると、廣山一等兵は少し面映そうに答えた。

「自分は傍受と遠見を行ったまでであります」

 彼女の言葉の意味はわからなかったが、この少女がこの密林で彼の為に苦労をしてくれた事だけは惣吉にも理解できた。

「ありがとう」

 素直に惣吉は礼を述べた。

 それからふと、惣吉は昔、日本海で彼を救ってくれた少女の姿を唐突に思い出した。

「まるで君は、久那守悠芽みたいだな」

 今度は少女が驚く番だった。

「――何処でその名を?久那守悠芽をご存知なのですか?」

「うん。昔、命を助けてもらった事があってね。女の子に命を助けてもらったのはこれで二度目だ」

 少女は困惑げにその長い睫毛を瞬かせた後で、躊躇いがちに応えた。

「――では、貴方も何か久那守葉月に導かれているのかもしれませんね」

「久那守葉月?」

「そこまでだ、廣山」

 何か言いたげだった少女の口を、将校が慌てたように封じた。少し困ったように睨まれて惣吉も口を噤んだ。

 その後、惣吉は密林の中を兵士たちと共に一晩中歩かされた後で、翌日の朝に迎えに来たらしい現地政府の兵士のトラックに乗せられて再び日本に生還した。

「和光さん、くれぐれも今回の事はご内密に」

 くどい程に日本軍の将校から口止めされたのには辟易したが、勿論、彼の立場で他に話せる訳がなかった。

 これが、惣吉と廣山捷子との出逢いであった。


 東京に帰ってきてから半年ほどした後、ひょんな事から惣吉は捷子と再会する。

 父の主催したパーティーに訪れた来客に随行して、ドレス姿の彼女を見つけたのだ。

「ご無沙汰してます」

 向こうも顔を覚えていたらしく、捷子の方から声をかけてきた。

「やぁ、こないだは助かったよ。おかげで命拾いをした。でも何故君がここに?」

「あの後、転属になってこちらで働く事になりました。これからは和光さんとも色々とお仕事をさせてもらう事になると思います」

 捷子はこの時ばかりは年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべてそう告げてきた。

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