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6、月に怯えて逃げ出せども(その11)「部活クラッシャーに愛の手を」

「ひょっとして、君、僕の事好きだとか?」

「うわ、哲先輩その顔でその自信は何処から湧いてくるんですか」

 あっさり否定された。

「先輩があんまりヘタレすぎて見てらんないからです。それに、知り合いを見殺しにしちゃうとか後味悪すぎるじゃないですか」

「……だよね、わかってた。あはは」

 照れ隠しに頭を掻く哲を見やり、朝莉はそっと微笑んだ。

「――それに、哲先輩には借りもありますから」

「え?僕なんか貸してたっけ?」

「覚えてないならいいです。返しませんから」

 朝莉はクスクスと笑った。


 彼女には一つの記憶が鮮明に残っていた。

 それは朝莉が入学間もない時の事だ。

 新入部員を迎えて新たなスタートを切った九品学園高校放送部は、その肝心要のチーム編成を巡ってひと悶着が起きていた。

 なにを隠そう、朝莉の所為である。

 彼女が、リポーターを志願した事で上級生たちから猛反発を食らったのだ。

 放送部には、新入部員は一年間は下積みとして裏方の仕事をしなくてはならないという不文律が存在していた。

 部活動特有の不条理な謎ルールといってしまえばそれまでだったが、一面では複雑な器材や制作の流れなどを覚えなくては仕事にならないという、もっともらしい理由もあった。

「野球やサッカーでも、一年生でいきなり花形のポジションは普通は無理でしょ?今年一年間は裏方で頑張って来年また立候補すればいいじゃない。ね?」

 大半の先輩方から反対され、宥められて涙目になった朝莉の心が折れかけたその時、無造作に手を上げたのが門倉哲だった。

「あの。別にいいんじゃないスか」

 そう言って哲は頭を掻きながら面白くもなさそうに言葉を続けた。

「今年はいつもより部員少なめですし、一年も即戦力で動いてもらわないと駒が足りないんじゃないですか。それにうちのドキュメント班、田原先輩がジャンケンで負けたせいで三人しかいないですし」

 いきなり話を振られた誠司が芒洋とした顔をしかめて「悪かったな」とボヤく。

「八木先輩はカメラの前に立つのイヤだって言ってるし、このままじゃ今年のドキュメント、野郎二人の汚い絵面になっちゃいますよ?なんならうちで引き取って雑用兼リポーターで使わせてもらえませんか?」

「でも、一年生は使わないって規則だし」

 強硬に反対していた女子部員が眉を顰めた。哲の言い分と掻いた頭からフケが舞っている事の両方に拒否反応を示していた。

「それはほら、基本はちゃんと躾けますよ……八木先輩が」

「なんで私よ!?てゆーか私も反対なんだけど」

「じゃあ先輩、リポーター兼務してくださいよ。それか僕と田原先輩の最強ツートップでやらかすんでキャメラ回してエグい映像撮ってください」

「嫌よ!私はあくまで演出にこだわりたいの!文学性の高い作品を私の手で生み出したいのよ」

「じゃあ決まりですね」

「勝手に決めるな!」

 ドキュメント班の内紛に煙に巻かれた他の放送部員が呆然とする中で、いつの間にか朝莉はそのドキュメント班に組み込まれていた。

 そして人数の少なさを言い訳に少しずつカメラへの露出を増やしていった結果、なし崩し的に朝莉はリポーターとしての既成事実を築き上げて、特例を黙認される事になったのだった。

 それまでの哲に対する、ちょっとオタクっぽい変人の先輩という認識を朝莉が改めたのはこの時だった。

 そして気づいてみれば、朝莉が派手にミスをやらかした時や、大ピンチを招いてしまった時、さりげなくフォローしてくれたり気遣ってくれるのはいつもこの冴えない先輩だった。

 朝莉が全校的に有名人になり、幾人かの男子生徒から告白された後も丁重にお断りして友人たちから勿体ないと嘆かれるその本当の理由でもあった。

 数分後、戻ってきた誠司と実花は、哲と朝莉の間の空気が劇的に改善してるのに気づいて目を剥いた。

「な、なにがあった?いや、知りたくないから言うなバカヤロウ」

「は、破廉恥な事にはなってないでしょうね」

 動揺する先輩たちの誤解を解くのに必死の哲を楽しそうに見つめながら、誰にも聞こえない小声で朝莉は呟いた。

「大丈夫ですよ哲先輩。危ない時はちゃんと手を握ってあげますから」

 今ならば、あの小笠原みづきとも渡り合えそうな気分だった。


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