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6、月に怯えて逃げ出せども(その10)「朝莉の秘策」

「ごめんなさい。少しだけ、哲先輩と二人で話す時間をくれませんか?ちょっとこのままじゃ収まるものも収まらなそうなので」

 今野朝莉はそう切り出してきた。

 誠司と実花の三年生コンビは困惑したように顔を見合わせた。

「え……いいけど、大丈夫?二人だけで?」

「少し込み入った話になるので……その代わり、終わったらちゃんと後で話しますから」

 女二人で勝手に話し合った後で、朝莉は同意を求めるように哲を見つめてきた。

「え?え?無理だよ!ムリムリ!今野と二人きりとか勘弁してください!」

 哲は血相を変えて訴えたが、返ってきたのは実花の白眼視だった。

「はぁ??ほんと情けない男ね!あんたのせいでこんな事になっちゃったんでしょ、男ならはっきりケジメをつけなさいよ!いい?これ以上今野を傷つけたら承知しないからね」

「そ、そんなぁ」

 悲鳴をあげる哲の前で実花はさっさと誠司の襟首を掴んで退出してしまった。バタンと閉められた扉を絶望的な面持ちで見送る哲の背後に朝莉が声をかける。

「哲先輩」

「ひぃぃっ!?来るな!来ないでよ!」

 怯えた顔を向ける哲に朝莉は悲しげな顔を浮かべてみせた。

「…哲先輩がヘタレなのは知ってましたけど、そこまでビビられるとちょっと心外です」

「ヘタレで悪かったな!てゆーか、おまえ何しに来たんだよ!?僕を殺しに来たの!?」

「殺しませんよ!てゆーか、哲先輩誤解しすぎです!」

 必死に訴えた後で朝莉は肩を落とした。

「……まぁ、あんな事があった後じゃ無理もないですよね。先輩が勘違いしちゃうのも当たり前です」

「な、なにが勘違いだって言うんだよ!」

「旧校舎に私がいた事ですよ。私、別に先輩やあのミヅキさんって人をどうこうするつもりはありません!神様に誓って本当です!」

 哲は尚も半信半疑の様子だったが、恐る恐る朝莉の顔を窺ってきた。話を聞くつもりくらいはあるらしい。

「私はただ、哲先輩を助けに来たんです!本当です!」

 ここぞとばかり力説する朝莉に哲も漸く向き直ってきた。

「た、助けに??」

「はい!先輩、あのミヅキさんって人にとり憑かれちゃってるんですよね?このままじゃ良くない事になるっぽいです!それに、なんか他の子たちと殺し合いまでしてるみたいだし…このままじゃ哲先輩、死んじゃいますよ」

 死という言葉が重くのしかかってきて哲は身震いした。

「わ…わかってるよ。でも、どうすれば……」

 哲の縋るような視線に朝莉は内心で安堵を覚えた。哲も今の境遇を肯定している訳ではないのだ。

「私がなんとかします!私が先輩を助けますから!」

「助けるって、どうやって……それに君、和光捷子の仲間なんだろ」

「……はい。でも、私本当に知らなかったんです!ちょっと相談を受けて、捷子さんと仲良くなったらいつの間にか巻き込まれちゃって…」

 哲の目に再び恐怖が宿る。

「嫌だ!そっちの仲間になったら今度はミヅキさんが襲ってくるよ!僕、殺されちゃうよ」

「違います!別に捷子さんの手下になれとかそういう話じゃなくて、私が個人的に先輩を助けるだけですから」

「……本当に??」

「本当です!だいたい私が哲先輩を騙して何の得があるっていうんですか!」

 哲は沈黙した。

 暫く悩んだ後で、尋ねてくる。

「でも、助けるって言ってもどうやって……?」

「隠れる場所は捷子さんが用意します」

 哲の顔に失望が灯った。

「……無理だよ。僕、なんか変な呪いみたいなのかけられて、ミヅキさんに居場所がバレちゃうんだ。すぐに見つかってミヅキさんがやってきちゃう」

 頭を抱える哲の肩に朝莉が手を置いた。

「大丈夫です!私がなんとかします」

「なんとかって、おまえがミヅキさんと戦うって言うの?ダメだよ、彼女は化け物だよ」

「そうですね…まともに戦ったら私じゃ絶対無理です。でも、先輩だってあの人の居場所、その気になれば見つけられるんですよね?」

「うん…なんとなくわかるけど。でも、それじゃ永遠に鬼ごっこしろって言うの?無理だよ、絶対に捕まっちゃうよ」

 泣きそうな顔をする哲に、朝莉は自信満々に笑いかけると、震える哲の手を握り締めた。

「だから大丈夫ですって。追いつかれてもたぶん何とかなりますって」

「ならないよ!」

「もぉ…!先輩、そこの鏡見てください」

「なんでだよ…………え」

 哲はベッドの上に置いてあった鏡を見やり、絶句した。

 そこに映し出されるべき自分の顔はなく、ただ無人の室内だけが映っている。

 哲は慌てて朝莉の手を振り払い、鏡を覗きこんだ。途端、いつもの冴えない自分の顔が映し出される。

「え?え?なに今の?」

 クスクスとイタズラっぽく笑った後で、朝莉が手を差し伸べて再び哲の肩に触れた。

 途端、哲の身体は再び鏡から消え、思わず哲は悲鳴をあげて鏡を放り投げた。

「先輩、これが私の魔法らしいです。捷子さんたちはステルスって呼んでました」

 哲は合点がいき、頷く。

「あぁ、そういえば旧校舎で君の仲間たちも消えてたんだっけ」

「はい。基本的には同じらしいんですけど、私の場合、触れてる相手も姿を消せるっぽいんです。ほら」

 朝莉が手を触れたり離したりする度に哲の体が現れたり消えたりを繰り返す。

「うわ、何これ気持ち悪い」

「……これなら追いかけられても何とか逃げられるんじゃないですか」

 朝莉の言葉に哲はハッとなる。

 今までの経験上、みづきは哲ほど目が良くない事は知っていた。旧校舎でも、哲が見つけた二人をみづきは目視で捉えていなかった。

「…うん、イケるかも」

「良かった!じゃあ、先輩は私が守ってあげます」

「で、でも、それじゃあ今野、おまえずっと僕と一緒にいなきゃいけないぞ」

 哲の素朴な疑問に朝莉はからかうような笑みを浮かべた。

「じゃあお風呂とかも一緒に入ります?」

「バ、バカ!ダメだよそんな」

「あはは、冗談ですよ。朝莉ちゃんのタッチは危ない時限定ですよ」

 哲をからかった後で、朝莉は何処かに電話をかけた。

 どうやら哲を匿う準備を指示しているらしい。

「という事で、哲先輩。これからは私の言う事聞いてくださいね?あと、ほとぼり冷めるまでは家出少年になってもらうかもです」

 冗談めかして声をかけてくる朝莉に哲は不思議そうに尋ねた。

「今野…なんでおまえ、そこまでやってくれるんだよ」

「……なんでだと思います?」

 少しはにかんだように微笑む朝莉に哲は生唾を飲み込んだ。


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