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6、月に怯えて逃げ出せども(その9)「放送部、襲来」

 玄関の呼び鈴が鳴り響いた。

 学校から帰宅したばかりの哲は恐怖に身を強張らせて神経を耳に集中させる。やがて、階下で応対に出ていた母が階段を上がってやってきた。

「哲、ちょっといい?学校の先輩が来ているみたいなんだけど」

 顔を覗かせた母の言葉に哲は安堵のため息をつく。

 来訪者はみづきではなかった。

 考えてみれば、まだ日が明るく人目も多いうちからみづきが正面きって姿を見せる筈はなかった。連夜のみづきの訪問にすっかり哲は怯えきっていた。

 当然、息子の異変に両親も気づいてはいたが、哲はただその理由を女子との交際トラブルとだけ説明していた。

「少し変わった女の子に付きまとわれていて困ってるんだ」

 嘘はついていないが、重要な部分は何も言わずにそう説明した哲の言葉を善良な彼の両親は信じてくれた。

 母親にはみづきの風体を念の為教えていたから間違ってもみづきが九品学園高校の生徒を騙っていても通されることは無いだろう。

 そうなれば、学校の先輩と名乗ったからには思い浮かぶのは二人くらいしかいない。放送部の田原誠司と八木実花くらいしか哲と親しい先輩はいない。

 案の定、会うのを渋る哲と母親がやりあっている間に勝手に部屋まで上がってきたのは誠司と実花の久しぶりに見る顔だった。

 困惑する母親とは対照的に、哲はあっさりと諦めた顔で母に客人たち二人分のお茶を淹れるようにお願いした。

 誠司が苦笑いを浮かべて告げた。

「あ~悪い、三人で来たんだ。もう一人いるんだ」

 怪訝そうに見やる哲に向けて、実花が残る一人の背中を無理やり押し出した。

 哲は絶句しながら彼女を見つめた。

「今野……」

「…………」

 今野朝莉が目を伏せて俯いていた。



「んで、あんたらいったい何があったワケ?」

 ズズズ、と出された紅茶を不機嫌そうに啜りながら実花が後輩たちを睨みつける。

「何って別に……」

 哲は言葉を濁しながらそっと朝莉の様子を盗み見る。何故この場に朝莉がいるのか、状況が今いち掴めない。

 と、カップを置いた実花が語気を荒げた。

「別にだぁ?あんたたち、たいした理由もないのに放送部サボってんのか!?」

 哲は身を竦めた。ふと隣を見ると朝莉も同様に首を引っ込めているところを見ると、彼女もここ最近放送部には顔を出していないようだ。

「あんたらわかってる?? 今、私たちは卒業制作に取りかかってるところなの!そしてうちのクルーは4人体制なのよ!それで、その内の後輩二人がバックれてサボりやがってるから私と田原二人でやんなきゃならないワケ!どうなのよこれ!?」

「ご、ごめんなさい。色々あって……」

 哲は謝った。実花の言いたい事はよくわかるし、実際この先輩二人には大迷惑をかけている実感はもっている。

 だが、哲の不用意な詫び言が火に油を注いだ。

「はいダウト!門倉あんたさっき別にたいした理由はないって言ったわよね?それで今度は色々あって来られないってどういうこと?」

「いや、その……」

「だからその色々ある理由を聞かせろって言ってるのよ!私なにか間違ってる?」

「どうどう、八木落ち着け」

 実花をとりなしながら誠司が困ったように見つめてきた。

「あのな、俺たちは別におまえに説教しに来た訳じゃないんだ」

「何言ってんのよ田原!私は説教しに来たのよ」

「……ややこしくなるから黙ってろ」

「いえ、八木先輩のお怒りもごもっともだと思います。先輩たちにご迷惑をおかけしてるのは事実ですし」

 哲は頭を下げた。実花が怒りの冷めやらぬ顔で睨みつけてくる。

「自覚はあるのね?だったら話は早いわ」

 バンッとテーブルを叩いて実花は後輩二人を指差した。

「あんたたち二人に何かあったのはお見通しよ!痴情のもつれか?そうなのね!何があったのか正直に吐けば許してあげるわ。言え!言いなさい」

「え……えぇと」

 哲は困惑と混乱の入り混じった顔で実花を見つめた。

 勿論、実花に言われるまでもなく、哲の身辺に異変が起きている事は間違いない。

 そして旧校舎での少女たちとの戦闘時に、朝莉と出遭ってしまった以上、彼女も最早無関係ではないだろう事は間違いない。それどころか、みづきの下にいる哲とそれを襲った朝莉とは立場上敵同士という状況なのだ。

 だからあの襲撃後、何度かあった朝莉からの連絡は悉く無視し、学校でも彼女に遭わないように避けていた。その意味で哲と朝莉の間に何かあったと言われれば間違いではない。

 だが、実花はその状況を斜め上に邪推してしまったようだ。

 それともこれは、何かの陰謀なのだろうか。

 敵である筈の朝莉が誠司たちと同行してきたという事は、誠司たちは朝莉の一方的な言い分を聞いて哲の家にやってきたという事だろう。

 もしかしたら朝莉は二人にある事ない事吹き込んでいるのかもしれない。

 迂闊に喋れば厄介なことになりそうな状況に哲は怯えたように朝莉を見やった。

 朝莉は殊勝な顔で見つめ返してきた。

「哲先輩ごめんなさい。私が先輩たちにお願いして、連れてきてもらったんです」

「ど、どうして」

「それは……だって、哲先輩、何度電話しても出てくれないし、メールを送っても返事がないから……」

「そ、そんなの当たり前だろ!怖くて出られないよ!」

「どうして!?私、先輩の味方です!だから話し合いたくて電話したのに」

 責める朝莉と怯える哲の言い争いに、慌てた様子で誠司が間に入った。

「待て待て、ストップ!落ち着け!おまえら何があったんだ」

「それは……その……」

 旧校舎で朝莉たちと殺し合いをした、などとは口が裂けても言えなかった。

 うまい言い訳が思いつかずに口ごもりながら、あぁこれは傍から見たら完璧に痴情のもつれにしか見えないだろうな、などと至極どうでもいい感想を哲は抱いた。

「私が悪いんです」

 朝莉が口を開いた。いつもの快活さは鳴りを潜め、憔悴しきった顔にはうっすらと涙を滲ませていた。

「私、実は最近学校外でちょっとした遊びのサークルに入ってて、それでその子たちが先輩とお友達とトラブっちゃって……それで、その人たちと私が一緒にいる所を先輩にも見られちゃって、誤解させちゃったんです……」

 前からずっと頭の中でその筋書きを考えてきていたのだろう。朝莉は見事なまでに状況を抽象化させ、曖昧に暈しながら哲との問題を日常の人間関係のトラブルに喩えて告げた。

 もちろん、密かに彼女たちとみづきが殺し合いを続けているなんて事実は話しようもないのだから無理もないのだが、そうして朝莉の話をまともに聞けば、どう考えてもやはり痴話喧嘩の類にしか聞こえないのが不思議だった。

「……え?それってつまり、今野が他の男の子と一緒にいる所を門倉が目撃しちゃったってこと??」

 案の定、先輩二人の頭の中では嫉妬で怒り狂って身を持ち崩した哲の姿が思い描かれてしまったようだ。

「え?あの……女の子なんですけど」

「はぁ??女の子と今野が遊んでるのを見てヤキモチ焼いたのあんた??どんだけ嫉妬深いのよ?てゆーか、おまえら本当に付き合ってたの?ウソ、いつの間に?」

 実花が口をあんぐりと開けた。

「いやいやいや!付き合ってないですって!なんですかそれ!?なぁ??」

「…………」

「ちょ、今野おまえ!意味深に涙目で黙り込むなよ!?」

 朝莉の謎の反応に狼狽した哲は、夜叉の表情で睨みつけてくる実花の眼光に竦み上がり、悲鳴をあげた。

「門倉ぁ~~??」

「いや、違うんですって!俺たち別に付き合ってなんかいませんよ!おい、今野!」

「……そうですよ。哲先輩にはかわいいカノジョさんがいつも一緒ですし」

 もう、どっからどう聞いても恋愛トラブルそのものにしか見えなかった。

「え?あれ?なにこれ。なんで僕がやらかした感じになってるの??」

「悪い感じじゃなくて実際悪いじゃない!部活サボりまくって、後輩の女の子泣かせて!部活クラッシャーじゃない!?」

「いやいやいや!?誤解です!ホント僕、今野とは何でもないですって!」

「じゃあなんで今野までこんなにグズグズになっちゃって部活サボるのよ!」

「それは…助けてくださいよ、田原先輩」

「マジか……哲のくせに女がらみで揉めたのかよクソ」

 必死に助けを求めた誠司はまったく頼りになりそうもなかった。

「あの、八木先輩、田原先輩」

 朝莉が口を挟んだのはその時だった。


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