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6、月に怯えて逃げ出せども(その8)「見ぃつけた」

「君、さっき僕に今はヤバいって言ってたけどさ。それってもしかして米軍のMPに追われてたりするから、とかかな?」

 MP――ミリタリーポリスの略である。日本共和国に常駐する米軍憲兵隊のその略称は、日本人たちにとって畏怖と若干の嫌悪の意味合いが含まれている。

 柚香は呆れ顔を浮かべた。

「……はぁ?意味わかんないし。MPに追われるとか、あたしどんだけ凶悪犯よ?」

「阿波野さんが言ってたんだ」

 哲は、今は亡き男の名前を出した。

「あちこちの拠点がMPたちに襲われてるって。携帯電話であちこちと話しているのを聞いてさ。それで、こないだ新聞見たら、過激派右翼のアジトを複数一斉摘発みたいな記事が載っててさ。もしかしたらって思ってさ」

 柚香は興味なさそうに哲の話を聞き流しながら鼻を鳴らした。

「……ふぅん。それでその物騒な話がどう私に繋がるワケ?」

「なんとなくだけど……あの阿波野って人、明らかにカタギじゃなかったし、会話の端々からなんとなく素性はわかったんだ。それに、今日び過激派のアジトを一斉摘発なんて不自然でしょ?てことは何か、裏があるんだろうなぁって思ってさ」

 柚香のみならず他の二人の少女の視線を感じながらも哲は続ける。

「それで、その阿波野さんと君って知りあいだったんでしょ?これがまず一つ」

「二つ目は?」

「君のその格好だよ」

 哲は少女の垢抜けない年相応の身なりを指差した。

「君の急なイメチェンを見てピンと来たんだ。ちょっと見ないうちに、あんなビッチみたいな格好してた君が、今や普通の小学生と変わらない格好になってたし……あ、これ褒めてるからね?今の方が全然いいよ」

「キモいからそんなフォローは要らないし」

「そして君は友達が来てるのに、電気も点けず音も出さずに部屋に籠もってた。まるで誰かの襲来に怯えるみたいにね。それでまぁ、なんとなく全部繋がってるのかなぁって思ってさ」

 自分の推論を伝えた哲に、少女たちは対照的な反応を示した。

「おぉ~」と感心したように拍手する寧の傍らで、ムッツリと柚香は仏頂面を浮かべて二個目のチョコを口に放り込んだ。

「ふぅん、なかなかファンキーな話じゃん」

「そうだね。僕も当事者じゃなかったら絶対信じられない話だよ」

「で、つまりあんた、このあたしがその過激派のメンバーだって言ってるワケ?」

「違うよ」

 哲は否定して訂正した。

「もっとヤバくて危ない人たちなんでしょ?」

 柚香は床に置いてあったコーラのペットボトルを一口呷った。

 鼻を鳴らす。

「んで?それ全部あんたの妄想じゃん」

「そうだね、妄想だね。でも、お巡りさんたちの中には一人くらい物好きな人が面白がってくれるかもしれない」

「へぇ……ただのバカかと思ってたけど色々考えたじゃん」

 小さくゲップをした後で柚香がため息をついた。

 鼻先にあまりに無造作に突きつけられた銃口を認識するまで、哲は数秒を要した。

「ったく、女の子を脅すとかあんまりいい性格じゃないよあんた?」

「ちょっとユズちゃん!?」

「お寧は黙ってろ。てゆーかあんたさぁ、そんな脅迫してもしそれが当たりだったら、ウチらが無事にあんたを帰すと思ったワケ?」

 慌てふためく寧を制した後で、柚香が尋ねてくる。

「思ってないよ。でも、これ以上ミヅキさんに連れ回されて人殺しの手伝いなんかするくらいなら、ここで君に射たれて死んだ方がマシだと思ってさ」

「それ、すっげぇ迷惑な話なんですけど?」

 嫌そうな顔をした柚香の後ろで寧が頷いた。

「バレないように死体隠すのってすごい手間と時間かかるしね~……って、あいたっ!?」

 言わずもの事を口にした寧の後頭部を引っぱたいた後で、少女は舌打ちした。

つまり、柚香にとっても本音で言えば哲を射ちたくないのだろう。

 哲は、引きつり脂汗の滲んだ顔に精一杯の笑顔を浮かべてみせた。

「じゃあ、やっぱり平和的にいこうよ?ね?ね?」

「ってもさぁ。あんた匿ったら自動的におミヅを敵に回す事になるんだよね~。それならあんたバラしてお巡りどもと追いかけっこする方がまだマシなんですけど」

 拳銃を突きつけられたまま、本気で悩まれる事ほど怖いものはなかった。

「それにあんたを匿うったって、あたしも今身動き取れないし。あんたひょっとして、この部屋でずっとあたしと一緒にいる気かよ?」

「大丈夫、僕って人畜無害だから。それに子供には手を出さないよ」

「さっきあんた、あたしの事ストライクとか言ってただろヘンタイ」

「あれは褒め言葉だよ、やだなぁ」

「うわ、マジキモい。殺してぇこいつ」

 悲鳴をあげる柚香の隣で、寧が何かを聞き咎めたように顔を上げた。

「あ。哲くんごめん、時間切れみたい」

「え?なにが?」

 少女は玄関を指差した。

「みづきちゃん、来ちゃったかも」

 蒼ざめる哲の横で、柚香が天を仰いだ。

「ウソ、マジで?」

 今や、彼らの耳にも安アパートの階段を上がってくる足音の反響が微かに聞こえていた。

「……このリアル貧乏神!」

「あいたぁ!?」

 柚香は哲を小突くと、慌てたように立ち上がった。

「待て待て待て!いきなりあいつに突入されたんじゃたまんないし!」

 玄関まで駆けていった少女は扉から顔を出して、外に向かって何かを話し始めた。

 暫くのやりとりの後、戻ってきた柚香のすぐ後に、みづきの無表情な顔が続いた。哲は悲鳴をあげ、後ずさった。

「まさか、この女と通じていたとはな」

 淡々と裏切りを責めるみづきに哲は蒼白になって告げる。

「ち、違うんだ!これには色々と訳があってしょうがなかったんだ!」

「なんかこいつさぁ、あたしに気があるらしくて~、マジ勘弁してほしいんだけど」

「ちょ、柚香ちゃん、今余計な事言わないで!」

「まあいい――」

 みづきは柚香の茶化しも哲の弁明も興味がないようだ。感情の籠もらぬ目で哲を見下ろし、告げてくる。

「征くぞ、哲」

 哲は金切り声をあげた。

「いやだ!いやだよ!?僕は行かないよ」

 だが、彼の意志とは反して、哲の身体は勝手に動き、部屋を去るみづきの後を追い始めていた。

「柚香ちゃん!お願いだよ、助けてよ!」

 哲の懇願は、気まずそうに目を背ける柚香には届かない。

「ミヅキさん、もう僕は嫌なんだ!許してよ」

 泣きじゃくる哲の懇願にみづきは答えない。

 その彼女の背中に柚香が声をかけた。

「ねぇおミヅ」

 足を止め、みづきがゆっくりと振り返る。

「なんだ。邪魔立てするなら貴様も排除する」

「いや別にそんな面倒な事はしないけどさ……おショコとやり合うなら別にそいつなんか連れ回さなくったって、ウチらと組めばよくね?ウチらも今回あいつには随分と借りがあるし、あんたと共闘は可能だと思うけどさ」

「…………」

 みづきは答えなかった。

 扉が閉まり、哲の泣き喚く声も遠ざかっていった。

 一つため息をついた後で、鍵を閉めて戻ってきた柚香に寧が声をかける。

「いいのかな?哲くん、ちょっとかわいそう」

 どかりと腰を下ろした柚香は再びゲームのコントローラーに手を伸ばした。

「そんな事言うならあんたがおミヅから力ずくであいつを助けてやればいいだろ」

「えぇ~、無理だよぉ。寧がみづきちゃんに勝てる訳ないよぉ……あ、でも狭霧ちゃんなら殴り合いなら勝てるかも」

「私ですか?困りました、全然自信がありませんけど」

 話をふられたもう一人の少女が、おっとりと苦笑を浮かべてみせた。

 舌打ちして、柚香は告げる。

「ったく、めんどくさいなぁ……おい、お寧!帰ったら誠一郎に連絡して。おミヅにあたしのヤサ見つかってスパイも失ったって。やる事もなくなったからしばらくブラブラ遊んでてもいいかって」

 寧は瞬きした後で、口許に笑みを浮かべた。

「やっぱりユズちゃんは優しいね」

「ふざけんな。どいつもこいつも面倒ごと持ち込みやがって」

 腹立ち紛れに柚香はボタンを乱打した。

 増加したサイコロによって猛然と加速した電車は、寧の電車を追い越して遥か彼方のマスに逃げ去っていった。

 寧は悲鳴をあげて有効策をあれこれと試みたが、結局柚香になすりつけられた巨大な貧乏神によって莫大な被害を蒙り、一挙に没落の道を辿っていった。



 哲は自室で膝を抱えて震えていた。

 今日も夜がやってくる。

 それはすなわち、あの少女の来訪を意味していた。

 もはや彼に逃れる術は無かった。

 何処まで逃げても、誰に助けを求めても、あの少女はいとも容易く哲を追い詰め、そして連れ戻してしまう。

 すっかり闇の深くなった窓の向こうには既に強烈な存在感が息づいている。

 窓が叩かれ、ボソボソと声が聞こえる。

「哲、征くぞ」

 哲は逆らえない。

 今日もまた彼は、小笠原みづきと共に街を彷徨い続ける。

 みづきとの契約に縛られた彼には逃げ場所など何処にもなかった。



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