6、月に怯えて逃げ出せども(その7)「聞く耳もたず」
漸く彼女の怒りに気づき、平身低頭に謝ってみせたが、柚香はそっぽを向いてしまった。
哲は泣きたくなった。女性がヘソを曲げてしまった時の厄介さは哲にだって分かる。
大抵の場合、理屈ではなく感情が先走ってしまう為に説得は殆んど困難になり、関係の修復は絶望的になる。
前に一度、部活の先輩の八木実花を怒らせてしまった事があって、その時は口をきいてくれるまで一カ月以上もかかった。同じ先輩の田原誠司がうまく間に入ってくれていなかったらたぶん今だに関係は修復できていなかっただろう。
だが、だからといって、「はいそうですか」と諦められるほど今の哲には余裕はない。
たとえ警察に駆け込んだって、お巡りさんが真面目に哲の話を取り合ってくれるとは思えないし、よしんば聞き届けてもらったところで、現行法と警察の強制力であの超常的な少女を止められるとは思えない。
あのみづきに対抗できる可能性があって、かつ彼の知り合いともなると、哲の目の前で機嫌を損ねたままゲームをしているこの少女くらいしか心当たりがなかった。
「お願いだよ!頼れるのは柚香ちゃんだけなんだよ!」
「無理」
「そう言わないでさ、お願いします!なんでもするから!」
「無理だって。帰んなよ」
「お願い!」
「あ~もう、しつこい!」
柚香が苛立ったようにコントローラーを投げつけてきた。
「てゆーか、ホントに無理なの!あんたがムカつくとかウザいとか以前に、あんたの要求自体がハードル高すぎなの!わかる??」
「わかんないよ」
「わかれよ!あんたを匿えば、ウチらがおミヅと一戦やらかさなきゃなんなくなるワケ!おミヅは絶対追ってくるんだから!あたしがそこまでしてあんたを助けてやんなきゃならない理由なんてないじゃん?」
これにはさすがに哲も血相を変えた。
「ひどいよ!今まであれだけミヅキさんの情報とか流したじゃない!それなのに僕がピンチの時は助けてくれないの?」
「助ける訳ないじゃん、立場考えてよ。あんたはあたしの奴隷っしょ?奴隷をわざわざ命がけで助けてあげるご主人様が何処にいるのよ?メリットないじゃん」
あんまりと言えばあんまりな言い草だった。
だが、一方で哲は内心で安堵も覚えていた。腹を立てているように見えて、それでも柚香は少なくとも感情論ではなく理屈や損得勘定を押し立てて(言い分こそ非道極まりなかったが)、哲に話しかけていた。
つまりは、いまだ哲にも説得の可能性があるという事だ。
「確かにメリットはないかもしれないけど」
「でしょ?だったらとっとと帰って……」
言いかけた柚香の言葉に被せて哲は告げた。
「でも、助けないとデメリットはあるよ?」
「……へぇ。どんな?」
哲の正念場だった。




