6、月に怯えて逃げ出せども(その6)「拒まれて、キレられて」
「助けてほしいんだ!ミヅキさんが怖いんだよ!ヤバいんだ!」
必死の形相で訴えた割には、返ってきた反応は淡白だった。
「はぁ??今さら?」
柚香のあまりに冷めきった反応に面食らいながら哲はまくしたてた。
「ホントなんだよ!ミヅキさん、今、次々に人を殺して回ってるんだ!それで、殺した女の子を宝石みたいなのにして食べちゃうんだよ!」
「てかうるさい!声大きいし。ボリューム落として」
興奮気味の哲とは対照的に、柚香はテレビ画面に目を向けたまま冷ややかな態度を崩さなかった。代わりに残りの少女たちが相槌を打ってきた。
「あ~。あれ見ちゃったんだ。かなりグロ注意だよね~アレ」
「えぇ、衝撃映像ですしねぇ」
どうやら彼女たちは哲が何を見たのか既に察しているようだ。
「でも珍しいですね。みづきさん、いつもなら魂なんか滅多に取り込まないのに……ましてや、それを地方人の前で見せるなんて」
見知らぬ少女の言葉に、サイコロを振りながら柚香が鼻を鳴らした。
「つまりはそんだけ余裕が無かったんだろ。無理やりリスタートかけて体が出来上がってない上に、負傷とあの連戦じゃあなりふり構ってらんないだろ……たとえ、それで人に化け物扱いされてもさ」
チラリと一瞥されて哲は咎められたような気分になった。
「化け物扱いって、実際化け物じゃないか!……てゆーか、もしかして君たちも食べたりするの?」
迂闊な発言に気づいて声のトーンを落としながら、哲は恐る恐る少女たちを見やった。寧の口角が不敵に攣り上がる。
「ふっふっふ~、知られたからには仕方がないから、不味そうだけど哲くんも丸齧りしちゃおうかな~♪」
寧がガォーッと両手を挙げて迫ってきた。残念ながらあまりにも迫力不足なその威嚇は、かえって哲の問いかけを否定していた。
「……よかった、しないんだね」
「え~つまんない。もっと怖がってよ~」
頬を膨らませた寧の横で、こちらは本当に不機嫌さをそのまま露わにした柚香が吐き捨てるように告げてきた。
「てゆーかできないんだよ、ウチらは」
柚香は、新日本ではあまり使われない一人称を口にした。
「そもそもあれは呪術だし。魂魄縛りの呪法っていって、正式の訓練を受けた本物の魔法使いじゃなきゃ使えない技なの」
思い通りにいかないコントローラーを放り投げ、少女は黒く染め直した髪を苛立ったように掻きあげた。そのまま、ひどく軽蔑した目で年上の筈の少年を見やる。
「わかる?あんたが迂闊にノコノコと近づいた女は、ものすごく深い業と因果を背負ってる奴なんだよ。それを化け物なんてつまらない呼称で呼ぶな」
「わかったよ!それはもう充分わかったよ!だからお願い、柚香ちゃん!助けてよ!僕、こんな事になるなんて思ってなかったんだよ!もう僕、ミヅキさんと一緒にいるのはイヤなんだ!人殺しの手伝いなんかしたくないよ!」
哲は必死に訴える。だが、柚香は冷ややかに哲を突き飛ばすと、舌打ちをした。
「あ~ウザい!なんなのよアンタ?惚れたの好きだのって散々、おミヅの後をノコノコつけ回しといて、今さらちょっとビビったらもうトンズラかよ?ダセぇ奴だなオイ?」
「だって、しょうがないじゃない!ミヅキさんがあんなのだなんて知らなかったんだ!」
そう言った瞬間、柚香がキレた。
「っざけんな!テメェごときにおミヅをあんなの呼ばわりされる筋合いはねぇっつってんだ!あんたにおミヅの何がわかる!?これ以上、あたしの戦友を侮辱すんならタダじゃおかねぇぞ? てゆーか、あんたも男なら自分のケツくらい自分で拭きやがれ!」
とても小学生とは思えぬ柚香の剣幕に、哲は竦み上がるしかできなかった。
蒼ざめる哲の襟首を掴んだ柚香を寧が困った顔でとりなした。
「ユズちゃん、声大きいよ?それに哲くんみたいな普通の子には、いきなりこの状況は辛いでしょ?可哀想だよ」
「何が可哀想だよ。自業自得じゃん!だいたいコイツらはいつもそうなんだ!都合のいい時だけあたしらに擦り寄ってきて、ちょっと都合が悪くなったら途端にウチらを化け物扱いだ。お寧、あんたはムカつかないのかよ?ウチらの方がよっぽど可哀想じゃん」
寧は「あはは~」と苦笑を浮かべてみせた。
「そりゃちょっとはひどいなって思うけどさ、でも、寧の言いたい事は大抵いつもユズちゃんが代わりに言ってくれちゃうから寧はそれほど怒らないでいられるしね~」
「ほら、もういいでしょう?柚香さんの番ですよ」
もう一人の少女も微笑みながら間に入ってきて、柚香は漸く不満そうに哲から手を離した。
「――ケッ、やってらんねぇや」
そのままブスリとした顔でゲームに戻ってしまった。
呆然とする哲に寧が声をかけてきた。
「哲くんも、今、大変なのはわかるけどさ~。あまりみづきちゃんの事悪く言わないでよ?今でもみづきちゃんは寧たちの友達だからさ」
哲は、柚香が示した怒りの意味はわからなかった。つい先日は武器を手に文字どおり殺しあい、今もみづきを敵対視して監視をし続けている筈の柚香が、何故それほどまでに激怒したのか、見当もつかなかった。
けれども、彼の言葉で柚香を怒らせてしまった事だけは哲にも理解できた。
「ご、ごめん柚香ちゃん。ちょっと自分の事でいっぱいいっぱいになってて、怒らせるつもりじゃなかったんだ」
今度の詫び言は形ばかりの取り繕う言葉ではなく、彼の心底からの謝罪だった。




