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6、月に怯えて逃げ出せども(その1)「呼び出し」

 呼びつけた邸宅の一室で、一連の小笠原みづき襲撃の顛末を瑠琉亜と朝莉から報告を受けた時、和光捷子の秀麗な顔は心なしか蒼ざめていた。

「――そう。それで結局、取り逃がしたばかりかおめおめと逃げ帰ってきたのね?」

 いつも温和な捷子の口調が一転して冷たい刃物の鋭さを帯びた。初めて目にする捷子の怒りに思わず身を竦める今野朝莉の隣で、上里瑠琉亜が肩を落としてみせた。

「ごめんなさい捷子さん。けれども、あいつ化け物です。私らが七人がかりで戦ったのに全然歯が立ちませんでした。あのディアナや岸町さんでも勝てなかったんです」

 捷子はすげなかった。

「言い訳は要らないわ。小笠原みづきが危険な強敵である事はわかっていたもの。だからこそ貴女たちには優先して力を強くして差し上げたのよ?それがなんなのです、この失態は」

 瑠琉亜はそれ以上は余計な抗弁はしなかった。

 今回の九品学園高校襲撃に際して、朝莉を除く六人の少女たちは捷子によりその力を強化されていた。その効果は一時的なものだったとはいえ、確かにいつもより瑠琉亜の内部にある呪詛の力が高まっていた。

 他人の呪詛の力を強める事ができるなんて、瑠琉亜は今までの人生で聞いた事もなかったが、思えば捷子はさほど適性のない少女にまで呪いの力を発現させていた事を思い出した。

 これならばあのみづきに本当に勝ってしまうのではないかと瑠琉亜は内心で懸念したほどだった。そうなってしまっては本末転倒な事になる。

 だが、いくら強化されたとはいえ所詮ディアナたちは素人の少女たちに過ぎず、そして対する小笠原みづきは、手負いとはいえ幾多の戦場を勝ち残ってきた正真正銘の怪物であった。

 ましてや、みづきの傍には得体の知れないシーカーがいるという事前情報を瑠琉亜は掴んでいた。何やら特殊な目の持ち主で、その肉眼マーク・ワンによって望む対象を見つけ出してしまうのだという。 情報を提供してくれた森本柚香からはその人物の正体まで教えてもらっていた。

 奇しくもみづきの籠もる九品学園に通う一介の男子高校生で、どうやらみづきに熱をあげてつきまとっているらしい。

 そんな厄介な奴がみづきの側にいる事を、瑠琉亜は襲撃の仲間たちにはあえて伝えなかった。

 可哀想な事をしたという自覚はある。その情報さえあれば、恐らく石橋美怜たちも迂闊に敵の待ち構える校舎に近づくような真似はしなかっただろう。

 けれども今や、彼女の所属する日本帝国は和光捷子とその庇護者である和光惣吉を敵と断定してしまっていた。瑠琉亜にとって帰属意識の天秤の針がどちらに振れるかは明白だ。

 せめて、何も判らないままに純然たる正義感だけで仲間の救助に向かった今野朝莉の援護と救出だけ遂行したのは、瑠琉亜の持つ良心半分、打算が半分といったところだ。

 新人まで見殺しにして逃げ帰ってしまえば、和光捷子の瑠琉亜への心証は最悪なものとなるだろう。今しばらくこの潜入工作を続けるには、それは得策ではない。

 そしてあれだけの大敗を喫しながら何の手土産も持たずに帰還する愚を犯すほど、瑠琉亜は馬鹿ではない。

「申し訳ありません。敗因ははっきりしています」

「聞きましょうか」

 冷たく見据えてくる捷子の目を瑠琉亜は怯まず見つめ返した。

「敵に、妙な仲間がいます。高校生の男の子みたいなんですが、私たちの動きを見抜いてしまいます。石橋さんたちのステルスも見破られてしまいました」

 隣の朝莉が動揺したのがわかった。こちらを見て何か言いかけた彼女の手をテーブルの下で握って制する。

 話を聞いた捷子の眉が動いた。

「――考えにくいですね。普通の人間にそんな真似はできる筈がありません」

「ですから、おそらく普通じゃないんでしょう。見た感じ、普通の少年っぽいんですけど」

 握ったままの朝莉の手が震えている。それを無視して、考え込む捷子に再び語りかけた。

「そういえば、石橋さんたちも言ってました。最初に、小笠原みづきの入院している病院に忍び込んだ時に、何故か見つかっちゃったって。今にして思えば、そいつのせいなんじゃないですか?」

「ありえない、と言いたいところですが、貴女が嘘をついてるとは思えませんね」

 捷子が考える目をしたまま告げてきた。

「実のところ、不思議でした。小笠原みづきがどうやって私たちの仲間を探し出して襲ってこられるのか。勿論、彼女がある程度、私たちの気配を察する事ができるのは確かなのですが、それにしてもこの最近の襲撃頻度は異常でした。ピンポイントで仲間たちの居場所が割れて襲われたのです――いえ、今も現在進行形で狙われ続けています。それだけ力を持った人物がいるのであればそれも納得がいきます。早急にその少年をなんとかしなければなりません」

「実は、その彼について判っている事があります。ね?朝莉ちゃん」

「ルーちゃん!?言わないって……」

 慌てて叫びかけ、捷子の視線に気づいて朝莉は沈黙した。笑顔で捷子が続きを促してくる。

 瑠琉亜に目で合図され、朝莉は顔を曇らせたまま重い口を開いた。

「……その人、私の先輩なんです」

「知り合いなんですか?」

「はい。私の入ってる放送部の先輩なんです」

 頷いた後で、慌てて朝莉は続けた。

「あの!その人、悪い人じゃないんです!前に私、捷子さんに話しましたよね?うちの学校の校舎が火事になった時の事!その時一緒にいた先輩なんです!それっきり、ちょっとおかしくなっちゃって……たぶん、その小笠原って女に騙されてるんですよ!いい先輩なんです!」

 朝莉は必死に哲を庇った。話の流れからして、哲が今後、捷子に狙われる事は明白だった。

 哲が変な力を持ってる云々の話は俄かには信じがたかったけれども、あの旧校舎での戦いの時でさえも哲があの少女と一緒にいた事はそれを目の当たりにした朝莉が一番良く知っていた。

 少し考え込んだ後で、捷子が朝莉に微笑を向けてきた。

「朝莉さん」

「は、はい」

「その先輩は、貴女と仲がいいのですね?」


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