5、魔女たちの大釜は煮えた(その10)「攻勢限界点」
震動が止まった。
空き教室の隅で頭を抱えて蹲っていた石橋美怜はそっと顔を上げた。幸い仲間たちは全員、砂川ディアナの攻撃の流れ弾に傷つく事もなく残っていた。
「……あの馬鹿!」
舌打ち混じりに岸町綾香が再び携帯電話でディアナに電話をかける。仲間がいる建物に外から攻撃を加える暴挙には、美怜も一言どころではなく文句をつけてやりたかった。
だが――。
「……ダメ。あいつ出ないわ」
綾香が腹立たしげに電話を耳から外す。窓の外の様子を窺っていた瑠菜が大声をあげた。
「大変!外で戦ってる!」
窓に駆け寄り美怜も外を見やり、ディアナが校舎への攻撃をやめた理由を知った。闇夜に無数の火線が飛び交い、激しい銃撃戦が繰り広げられている。どちらがどうなっているのか、彼女たちの位置からは全く判別がつかない。
「ど、どうしよう?加勢に行く?」
「でも下手に動いたら巻き込まれちゃうよ」
「だってこのままここに居ても身動きとれないじゃん!てか、あんなに攻撃食らったらこの校舎崩れるんじゃないの?ヤバくない?」
二人が言い争っている背後で、突如悲鳴が上がった。驚き振り返り、美怜は絶句した。
戸口に近い所にいた三田えみりが胸元を剣で貫かれ、血を吐き出していた。
彼女を刺したのは日本兵だった。ディアナの攻撃に気をとられて、校舎内に潜む本来の敵の存在を彼女たちは失念していた。
悲鳴をあげる美怜の横で、瑠菜が自分の兵士を呼び出して反撃に移る。衝撃から立ち直ったらしい綾香も懐から拳銃を取り出し発砲する。
扉から次々と部屋に雪崩れ込んで来る敵兵との乱戦が起こった。
「まずい!一端逃げるよ!」
綾香が拳銃を乱射しながら叫ぶ。
美怜は突きかかってくる敵兵の一撃をなんとかかわし、姿を消して逃走にかかる。
無駄だった。不可視になった筈の彼女を日本兵が追いかけてくる。横合いから瑠菜の兵士が食らいつき、その隙になんとか逃げる事ができた。
「石橋ちゃん、こっち!急いで!」
恐怖で蒼ざめ、目が吊り上がった瑠菜が彼女の手を引っ張ってくる。遅れて綾香が拳銃を放ちながら続く。
「待って!置いてかないで!」
声が聞こえた。えみりがまだ生きていた。血を吐き出しながらも必死に手を伸ばして助けを求めている。だが、彼女を救いに戻る余裕なんて無かった。
追い縋る兵士たちから逃げ回りながら校舎内を駆ける。いつの間にか綾香とも逸れていた。
時折、校内に響く銃声は彼女がまだ戦っている証だ。
「ど、どうしよう」
「落ち着け石橋ちゃん。とりあえず、岸町さんと合流して……」
空き教室に隠れながら瑠菜と囁きあっている途中で、美怜の電話が鳴った。美怜は慌てて電話を取り出す。着信音を響かせてしまってはせっかく隠れた意味がなくなってしまう。
電話の主は外で待機している上里瑠琉亜からだった。
「もしもし?ごめん、今ヤバいから電話は」
『逃げて!』
美怜の言葉を待たずに瑠琉亜が叫んだ。
『ディアナがやられた。そっちに英霊が戻ってく。命が惜しいなら早く離脱して!』
「ま、待ってよ!?ディアナがやられたって、マジ?でも、こっちも敵兵に追いかけ回されて身動きとれないのよ!岸町さんとも逸れちゃったし」
『――わかった。私が援護に向かう。けど、期待しないでよ?私、それほど戦闘は強くないから!今何階のどの辺り?』
「今、二階の端っこあたり。うちらも下の階に向かうわ!」
電話を切る。近くで耳を欹てていた瑠菜も電話の内容は既に理解していた。
二人で姿を消す。さっきから、あの日本兵の亡霊たちにはあまり役に立ってなかったが、やらないよりはマシだった。
逸れないよう手を繋ぎながら、教室を出る。すぐ近くに階段があるからそこを下って一階に向かうつもりだった。
足音が聞こえ、美怜は慌てて瑠菜の手を引っ張った。足を止めて物陰に隠れた二人のすぐ近くに、男が二人現われた。
兵隊たちではなかった。私服姿の男たちには見覚えがある。病院を襲撃した際に、ミヅキと共にいた二人だ。
美怜は懐から拳銃を取り出した。この戦いの前に、捷子から借り受けた護身用の拳銃だった。相手が人間ならば、彼女たちの姿は見つからない。
男たちが通り過ぎて背中を向けた所で射ちこんでやろうと狙いを定め、そして不意に思い出した。
男たちの内の若い方――あの小柄な少年は、どういう訳か、病院で姿を消している筈の美怜たちの姿を見抜いていた。その事実に気づいた瞬間、少年がこちらを指差して叫んだ。
「阿波野さん!いたよ、あそこに隠れてる!」
連れの男の反応は素早かった。振り向きざまに拳銃を放つ。肩口に焼けるような衝撃が走り、美怜は悲鳴をあげた。すぐに衝撃は激痛に変わり、美怜は痛みにのたうち回った。
「石橋ちゃん!?くそぉっ!」
瑠菜が兵士たちを呼び出した。その数、五体。現われた兵士たちが男たちに襲いかかる。
男の一人が少年を突き飛ばした。階段を転げ落ちる少年にかまわず、男は拳銃を乱射する。亡霊たちの二人までが男の射撃で脱落したが、残る兵士たちがライフルを構えて男に反撃する。
銃声と共に男は血を噴き出して壁に叩きつけられ動かなくなる。
兵士たちは残った少年に向け動き出していた。階段の下で頭をさすって唸っていた少年が気づき、悲鳴をあげる。容赦せず躍りかかった兵士たちの体が弾かれる。敵の増援だった。
先頭には、髪を下ろしたセーラー服の少女が立っていた。小笠原みづきだ。
「くっ!」
再び瑠菜は兵士たちを呼び出す。体の中から生気が奪われていくような虚脱感に襲われる。
一日にこれだけ大量に兵士たちを召喚したのは初めてだ。お泊り会のレッスンでもやってない。おそらくこれ以上はもう呼び出せない。おそらく瑠菜の体の方がもたずに倒れてしまうだろう。
兵士たちを盾にしながら瑠菜は踵を返した。途中で美怜を無理やり立たせてその手を引っ張ると走り出す。脱兎の如く、とはいかなかった。肩を射たれた美怜はろくに走れず、引っ張るようにして逃げる。背後では交戦が始まっていた。
「あっ!?」
美怜が倒れた。ドジな相方を振り返り、瑠菜は絶句した。流れ弾が美怜の腿を射ち抜いていた。
美怜はもう走れない。追いていく事は論外だった。後方の兵士たちの防衛線はもう幾ばくももたない。瑠菜は倒れた友人を引きずりながら近くの空き教室に身を隠した。




