5、魔女たちの大釜は煮えた(その7)「射ちかた、用意」
門倉哲は大いに不満だった。
何が不満といえば、このところずっと、真っ暗な暗闇の中で憎き恋敵の阿波野と身を寄せ合うように連夜を過ごす羽目になっている事だった。
みづきたちが哲の意見を受け入れて九品学園高校の旧校舎に潜伏を開始したのは三日前の事だった。 首尾よく忍び込んだ二人に、外から食料品や包帯その他の物資を運び入れて補充し、生活ゴミを回収して処分するのは哲の役目だった。
それはいい。愛しのみづきの好感度を上げる為ならばパシリだろうがゴミ捨てだろうが、なんでも喜んでやるつもりだった。
気に入らないのは阿波野までみづきと共に旧校舎に籠もると言い出した事だ。
「当たり前だろう。みづきは万全じゃない。身の回りの事を見てやらなければならんし、いざという時には俺が守る他ないだろう」
「異議あり!」
哲は断固反対した。みづきをこんな男と一つ屋根の下で二人きりにするなんて賛成できる筈も無かった。
「じゃあ僕もここに泊まります!この場所を提案したのは僕なんだからその権利もありますよね」
「おまえなぁ」
阿波野は呆れ、怒り狂い、ついには拳銃を哲の額に押し当てて「帰れ」と怒鳴りつけてきた。結局、みづきの鶴の一声が哲を救った。
「阿波野班長殿」
拳銃を突きつけたままの阿波野の手をみづきは押し留める。
「この門倉哲、ノルブの目の持ち主であります」
「ノルブの目とはなんだ」
銃口が額にグリグリめり込んで喋れない哲の代わりに阿波野が尋ねた。
「ノルブとは願望成就の霊玉であります。人間の目に具現化するケースは極めて稀でありますが、どうやら彼はその持ち主のようです」
「あぁ、呪術系の話なら説明は要らん。俺には関係ないからな。それで、そのノルブの目とやらを持っているとどうなるんだ?」
「軍事的には万能のセンサーの役割を果たします。探したい相手の居場所を探索し探り当てる他に、破邪の力も備えている為にたとえ第六症例の呪詛感染者でも見つけ出す可能性があります」
「……つまり、探索装置としては使えるって訳か?」
「少なくとも、彼は初見で私の偽装を見破り、そして先日は潜入を試みた敵を見つけ出しました」
銃口が外された。
「よし。おまえ、寝袋は持っているか?無ければ毛布でもいいから人数分用意しろ。それとラジオだ。見張りは二時間おきに俺と交代だ。俺の命令は絶対だ。いいな?」
なんだか一方的に命令されるばかりで気に入らなかったが、どうやら二人きりのお泊まり会だけは避けられたのだと哲にも理解できた。
ただしそれが哲にとって幸運だったかは別の問題だった。
体調の優れぬみづきが眠ってしまった後は嫌いな相手と二人で顔をつき合わせて退屈な夜を過ごす羽目に陥った上に、阿波野からは二時間おきに夜通しの見張りを押しつけられたのだ。
体調不良と寝不足で目の下に隈を拵えてフラフラになりながらも、哲がその生活に耐えたのは、ひとえにみづきと阿波野を二人きりにしたくないという執念の故だった。
その日も着替えと買い込んだ食料品その他を持ち込み、夜の学校に忍び込んだ哲は途中でみづきの配した兵士たちに銃を突きつけられながらみづきたちの下を目指した。
「誰か」
要所要所で日本兵たちは剣の着いた銃を突きつけて尋ねてくる。
誰何というのだとみづきに教えてもらった。軍隊が野営中などを行なう時に歩哨(見張り)を立てて、敵か味方か分からない奴が来た時にそうやって尋ねるのだという。
そういえば、みづきと初めて出逢った時も彼女にやられた記憶がある。
ちなみに、「誰か」と三度尋ねられて答えられない時は相手を殺していいという物騒な決まりがあるらしく、あの時三度目で答えておいてよかったと冷えきった心胆で哲は思ったものだった。
居室代わりに使われている四階の空き教室に辿り着いた時、あいにくみづきは既に隣の部屋で床についていた。
哲の持ってきたビニール袋を開けて嬉しそうに中身をまさぐる阿波野を見やり、哲は内心で「おまえに買ってきたんじゃないんだよ」と毒づく。
持ち込んだガスバーナーでお湯を沸かせている間、阿波野はどうでもいい世間話を振ってくる。
別にこんな奴とお喋りなんか楽しみたくないのだが、哲にとっても暗闇の中で何の娯楽もない夜を過ごすのは堪えがたいほどに退屈であり、ついつい相手をしてしまう。
「しかし、おまえも物好きだな。今日で三日目だぞ?よく俺たちに付き合うな」
「別にあなたに付き合ってる気はないです。僕はミヅキさんが心配で来てるだけですから」
暗闇の向こうで、クックッと阿波野が笑うのがわかった。
「おまえ、本当にあいつの事好きなんだな」
恋敵に誤魔化してもしょうがないので、哲は「悪いですか」と睨みつけながら、できたばかりのカップラーメンを啜る。
「あいつの何処がいいんだ?」
「ミヅキさんの事を馴れ馴れしくあいつとか呼ばないでください」
ムキになって答える哲に、阿波野の意地悪そうな声が返ってくる。
「悪いな、少なくともおまえよりは俺の方があいつとは長いんだぜ」
「そんな話聞きたくないです」
「今さらおまえが邪魔しなくたって、とっくの昔に二人で一晩中過ごしたりしてんだしよ」
「わああああああっ!聞こえない!全然聞こえない!」
発狂寸前の哲をからかって阿波野は無聊を慰めた。
実際のところは、とある異国の戦場で、降り注ぐ敵の砲撃の下で逃げ込んだ砲弾孔の中で一晩共にしていたのだという事実は教えてやらなかった。
「で、どうなんだ?こんだけストーカーしてて、ちょっとは振り向いてもらえたのか?」
哲は暗闇越しに阿波野を睨みつけた。
「ほっといてください!あなたには関係ないでしょう?」
「おまえ、女にはモテなそうだもんな。あいつの他に話せる女はいないんだろ」
哲は必死に答える。
「失礼な!部活の先輩と後輩の女子とは仲良くやってますよ」
「何部なんだおまえ?そいつら可愛いのか?」
「顔はまぁまぁ普通じゃないですか。上は性格キツいし下はバカですけど」
哲に携帯電話の画像を無理やり出させてそれを拝見しながら、阿波野は意味のわからぬ笑みを浮かべた。
「割といいじゃないか。おまえ、こいつらのどっちかと付き合えよ」
「はぁ?ありえませんね。余計なお世話です」
「いや、みづきを追いかけるよりよっぽどいいと思うぞ?」
「そんな事言っても、僕は帰りませんからね」
携帯電話を返しながら阿波野は苦笑する。
「おい……そんなに心配なら教えてやるが、そもそも俺とみづきは……」
何か言いかけた阿波野が身を強張らせた。
同時に部屋にみづきが姿を現していた。
「班長殿、何者かが校舎に接近しています。手筈どおり迎撃に移行します」
敬礼するみづきに応えた後で、阿波野は近くにいた少年の胸倉を掴んで引き寄せた。
「おい坊主、これから一戦だ。生きてみづきに愛の告白をしたかったらしっかり俺のケツについて離れるなよ?いいな」




