表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/134

5、魔女たちの大釜は煮えた(その6)「斥候」

 タクシーで乗りつけた夜の学校は闇の中に不気味に静まり返っていた。

 この時間、当然ながら校舎に人気は無く、照明も落とされている所為でひどく暗い。

「うわ、マジで怖くない?石橋ちゃん」

「仕事じゃなきゃ絶対来ないよね」

 小声で囁いてくる瑠菜に相槌を打ちながら、まるで廃墟のように無残な姿を曝す校舎を美鈴は見上げた。

 同行する朝莉の説明によれば、この校舎は先日、火事に遭い取り壊しが決まっているという。鎖で施錠され、人々の来訪を拒んでいる校舎の姿は不気味ですらあった。

 だが、捷子の情報によればこの中に小笠原みづきが潜伏している可能性が高いのだという。

「じゃあ予定どおり、最初は私とソネっちで行くから。なんかあったらケータイに連絡するから」

 近くにある新校舎脇のベンチで待機する仲間たちに告げる。最初は美怜と瑠菜が姿を消して偵察する事になっていた。

 ディアナが鼻を鳴らして言ってくる。

「そんな面倒なことしないでさっさとあの建物ぶっ壊してやりゃあいいじゃん。その方が早くね?」

「あのさぁ、そんな事したら例の小笠原とかいう子がここに隠れてるかどうかもわかんなくなるでしょ。てゆーか次、勝手な事したら怒るからね」

「はっ、あんまりチンタラされたらメンドくなってやっちゃうかもよ?」

「そしたらまずあんたからぶっ飛ばしてやるからな」

 ディアナの態度に瑠菜と二人して腹を立てながら、旧校舎に向かう。

 既に、姿は消してあった。

 捷子にこの力を与えられた時は、自分でも驚いたものだ。

 自分には見えているし、触れば感じられる。けれども、周りの人間の目には一切美怜の身体は見えなくなってしまうのだ。

 現に、一緒に歩いている筈の瑠菜の姿はもう何処にも見えない。

「……ねぇ、ソネっち?いるよね」

「ここにいるよ」

 伸ばされた指先らしきものが美怜の背中に触れる。

 それだけで美怜は気持ちが楽になる。真っ暗な廃校舎をたった一人で歩くなんて考えただけで泣きたくなる。

 正面玄関は封鎖されている為にまともに入れない。ガラスでも割って入ろうかと思った矢先、美怜はある事に気づいて思い留まった。

 既に小笠原みづきがこの旧校舎に潜伏しているならば、何処かに簡単に入り込める出入り口を設けているに違いなかった。

 旧校舎をぐるりと回ってみたその裏手で、美怜は足を止めた。

 咽喉まで出かかる悲鳴を堪える。

 学校の周囲を取り囲むフェンス沿いに植えられた木々の群れ、その一本の根元に兵隊が座って周囲を窺っているのが見えた。

(いた!いたよソネっち)

 小声で囁く。耳元に、瑠菜の緊張した囁き声が返ってくる。

(うん、いたね。どうする?他の子たちを呼ぶ?)

(でも、ここであいつやっつけるのに皆で戦ったら、私たちが来たことバレちゃうじゃん)

(あ、そっか。じゃあ私に任せて。やってみる)

 言うなり、美怜のすぐ近くに人の気配が現われた。

 美怜は悲鳴をあげそうになる。

 蒼ざめた顔に痩せこけた頬の日本兵。それが爛々と光る目だけをギラつかせながら、ゆっくりと這いずり回り茂みの中に姿を消したのだ。

 何度見ても慣れない光景だった。

 美怜の相方の曽根崎瑠菜は幽霊を操る事ができる。呼び出せるのはいつも兵隊の格好をした男ばかりだ。捷子の説明では、第二次世界大戦で死んだ兵士の幽霊らしく、彼らはある程度ならば瑠菜の言う事を聞くのだ。羨ましい、とは正直あまり思わなかった。

 やがて、永劫とも思える時間が経った後で、くぐもった悲鳴があがった。

 匍匐前進で静かに迫った瑠菜の亡霊が、敵の兵士に襲いかかり、剣で刺して仕留めたのだ。

 崩れ落ちる兵士を見やった後で、瑠菜の亡霊が合図を送ってくる。

「やった」

 瑠菜の嬉しそうな声が聞こえる。あんな不気味な幽霊でも自分の家来となったら愛着が湧くものなのだろうか。

 案の定、兵士の潜んでいたすぐ近くの窓には鍵がかかっていなかった。窓を乗り越えて校舎に忍び込む。途端、何か重たく粘つくような空気が美怜に圧し掛かってくる。

(うわぁ、嫌な空気)

 美怜は悲鳴をあげたくなるのを堪える。

 素早くメールで仲間たちに現状を報せた後で、更に二人は暗い校舎内を偵察して回る。

 電気をつける訳にはいかなかった。空に満月が出ていたのが救いだった。月明かりがこんなに明るいものだとは都会育ちの美怜は初めて思い知らされる。

 青白い月明かりを頼りに進む彼女たちの行く手を阻んだのは、やはり例の兵隊の群れであった。階段や空き教室に佇み周囲を警戒し、或いは廊下をゆっくりと歩き回っている。

 とてもこれ以上は進めなかった。瑠菜の操る兵士を使おうにも、相手の数が多すぎる。

(しょうがない。岸町さんたち呼ぼうよ)

(そうだね、これ以上は進めないし、それにここまで来たら絶対小笠原みづきもいるよね)

 空き教室に隠れてメールで仲間を呼び寄せる。

 暫くして綾香たちが駆けつけてくる。美怜は姿を見せて彼女たちを迎え入れた。

「お待たせ」

「ごめん、これ以上はウチらだけじゃ無理っぽくて。……えぇと、二人だけ?」

 不思議そうな顔の美怜に言われて綾香は振り返る。校舎の外には後詰を兼ねて見張り役に瑠琉亜と朝莉を残してきただけの筈だ。だが、彼女に同行してきたのは三田えみりだけだった。砂川ディアナの姿がない。彼女とコンビを組むえみりもディアナの落伍に気づいていなかったようだ。

「あいつ、何処行ったのよ」

 憤懣やるかたない顔で綾香が唸ったその瞬間、建物の外で銃声が聞こえ始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ