5、魔女たちの大釜は煮えた(その4)「ミリタリーポリス」
ヴィンセント・ベイ・ホテルで旧日本側の諜報員が拘束されたのと時を同じくして、関東の数箇所において同時に幾つかの捕り物が発生した。
いや、捕り物などという表現は適切ではないかもしれない。その治安維持行動の主力を務めたのは在日米軍第1憲兵師団から派遣された数個中隊規模の重武装憲兵たちであり、その急襲を受けたのは密かに旧日本の工作員が設けていた活動拠点ばかりであった。
いずれの場合もその制圧の際に火器が用いられた事と、逮捕者よりも射殺或いは自決による死者の方が多い事を考えれば、これは警察力の範疇を超えた軍事的行動であったと捉えるべきであろう。
無論、凶暴極まりない帝政日本のエージェントたちの撃滅を期するならば、銃の使用に対して他国では考えられない程の忌避的感情を抱く新日本の警察官たちでは些か心許なく、そうであるならば凶悪な都市型テロリストの制圧用に特化して編制された米軍部隊に任せる事は道理のようにも思え、また憲兵たる彼らにその対処を任せたならば荒事になる事は必定ともいえる。
ただし、形式的には警視庁公安部からの要請という形をとったとはいえ、実質的には殆んど米兵たちの独断による出動を後追いで日本警察が承認せざるを得なかったというのが真相である。
仮にも独立した主権国家の領内で、いくら同盟国とはいえ他国の軍隊が治外法権的に振舞っている事実こそ、今日における新日本とアメリカの国としての力関係を示すものであった。
日本共和国において、米憲兵隊の力がここまで肥大化してしまった事への理由は幾つか考えられる。
核武装をきっかけに再び軍国主義国家として対立の道を選んだ旧日本と同じ民族で構成される新日本に対して米政府が究極的には信頼できていないこと、また経済的・科学的には世界有数の影響力をもっているのにそれに見合わぬ軍事力、防諜能力しか持っていない所為で新日本は常に他国の間接的侵略や諜報戦の対象となっている事(最もこれはGHQ時代の米国による統治政策に原因があるといえるのだが)、金のかかる陸軍の大部隊を極東の島国に常時貼りつけていくだけの経済的余裕が米軍には無く、いざとなったら戦場に投入できる重師団としての役割をも担わせた事など、思いあたるだけでも幾つもの理由が挙げられる。
いずれにせよ、この奇妙な発展を遂げた旧敗戦国において、米憲兵隊は陸海空及び海兵隊に次ぐ第五の軍として、或いは影響力ならば前四者以上の存在感をもって日本共和国に介入し続けていた。
白いヘルメットに腕章をつけた一般憲兵の先導を受けながら見た目も猛々しい鋭角なシルエットをもつストライカー装甲車が住宅地に乗りつける。
憲兵や日本の警察官たちによる規制線の外で近隣住民たちが何事かと見守る中で、一件の民家前に停車した装甲車から、黒ずくめの男たちが降り立つ。
全身をボディーアーマーとフルフェイスのヘルメットで覆い、その手にはMP5やウインチェスター製ショットガン、防護シールドなどの物々しい武装を握った特殊制圧チームの隊員たちだ。
彼らは玄関のインターホンを押す代わりにドアを爆破や射撃で吹き飛ばし、或いは二階の窓ガラスからその民家に上がりこむと、動顛している日本人の居住者に向けて容赦なく引き金を引き、銃弾を浴びせかけた。
彼らが民家に侵入してから、『オールクリア』の報告が外で待ち受ける憲兵将校の無線に入るまで、物の5分とかからなかった。
入れ替わるようにして民家に雪崩れ込む憲兵たちと入れ違いに特殊制圧チームは人目を避けるようにしてひっそりと裏口から装甲車に乗り込み、姿を消した。
自らも帝政日本の諜報員のアジトに軍靴で足を踏み入れた憲兵将校は内部を一通り確認し、部下からの報告を受けた後で本部に宛てて通信を入れる。
「モンキーハウス・エコー、制圧完了。ジャップのエージェント3名を排除。我の損害はなし。なお、現場に呪詛感染者は存在せず」
報告を終え、後始末を日本人たちに押しつけて撤収に移りながら、憲兵将校はハンヴィーに乗り込んだ。狭い路地に四苦八苦する運転手に声をかける。
「エド、実に簡単な仕事だったじゃないか。帰ってシャワーを浴びてからロッポンギで一杯やれるぞ」
伍長の階級章をつけた運転手が追従するように笑った。
「いやまったく。噂に聞く忍者どもがどれほどのものかと思いましたが、あっさりと勝てましたね」
三重県伊賀上野に本拠を置く日本帝国中央情報部のエージェントたちはその地名的な来歴から伊賀者の異名をもっていた。諜報戦においては相当にタフでしつこい連中だが、こと正面きっての殴り合いならば彼ら憲兵隊特殊制圧班の敵ではない。
この日、米憲兵隊の一連の襲撃作戦は成功裏に終わった。
このアジトの摘発については、アメリカ側に新日本のとある企業からの情報リークが大きな影響を与えたと噂された。
「くそ、やられた」
携帯電話を切った阿波野が腹立ち紛れに壁に拳を叩きつける。存外に大きな音が響き、哲は悲鳴をあげて首を竦めた。
「アメ公どもにあちこちの塒が叩かれてる。迂闊に近寄れる状態じゃない」
阿波野の言葉に、車の後部座席で苦しげな表情を浮かべていたみづきが目を開けた。
「では、どうします?山に逃げますか」
「馬鹿を言え。その傷では耐えられん。俺のセーフハウスに行く」
「危険です。おそらく今は関東一帯のアジトに公安とMPどもが張りつき目を光らせているでしょう。先の第一撃で動揺した我々が尻尾を出すのを待っている筈です」
「だが、他に潜伏できる場所などない。おまえのその体ではホテルを借りるにも目立つぞ」
みづきの隣に腰かける哲には二人のやりとりの半分も内容はわからなかったが、この後に身を隠すべき場所が失われてしまったという事実だけは理解できた。
「ね、ねぇ。どんな場所ならいいの?」
「小僧、おまえは黙ってろ」
「みづきさんに聞いたんだよ!」
口を挟むなり阿波野と口論になりかける。阿波野は徹底して哲のことを役立たずの足手まといとしか――実際そうなのだが――見做していない。
「まずは人の出入りが少なく目立たない場所が前提だ」
一方のみづきは傷が痛むのか苦しげに顔を歪めながらもそう教えてくれた。
「じゃあ僕の家とかどうかな?うちの親、共働きだし、ミヅキさん一人くらいならコッソリしてれば隠れられるよ?あ、もちろん全然やましい気持ちなんてないよ」
ミヅキさん一人の部分を強調しながら哲は告げた。得体の知れない恋敵など匿いたくない。
「駄目だ」
みづきは即答した。哲は苦笑した。確かに少女が一人、異性の部屋で泊まるとなったら身の危険を覚えてしまうのも無理からぬことだ。
「信用ないなぁ……別に何もしないよ」
哲が無害な紳士アピールをしようと思った矢先、哲の心を読んだらしいみづきが先に口を開いた。
「そうじゃない。おそらくこの襲撃の黒幕は和光捷子で間違いない。となれば、どこに隠れても数日のうちに潜伏場所は特定されるだろう」
「え?そうなの?どうやって?」
「機密だ。だが、そうなったらまず間違いなくそこで再び戦闘になる。貴様の家を巻き込む訳にはいくまい?」
「あ~うん、無理だねそれは」
哲は頷くしかなかった。馬鹿にしたように鼻を鳴らす阿波野がムカつく。
「つまり、数日程度の居住性があり、交戦しても周囲に被害が及びづらい場所、できれば迎撃の為にもある程度の広さがある方がいいのだが……そんな都合のいい場所など……」
みづきは顔を曇らせる。確かにそんな物件などすぐに用意できる筈がなかった。
けれども――。
「あるよ?」
哲は答えた。脳裏に一箇所、思い当たる場所があった。驚きの表情を浮かべるみづきと阿波野に得意げな笑みを浮かべて哲は告げた。
「ミヅキさん、またうちの学校においでよ。僕たちの出逢った旧校舎、今は取り壊し待ちで立ち入り禁止になってるから人の出入りもないし、それに多少無茶なことになってもどうせ取り壊すんだしOKじゃない?」
少しの間考える目をした後で、阿波野がルームミラー越しに初めて侮蔑以外の感情を籠めて哲を見やり、声をかけてきた。
「おい、その学校は何処だ。誘導しろ」
強引な車線変更と右折で周囲の車輌から顰蹙のクラクションを浴びながら、哲たちを乗せた車は進路を変え、一路九品の街を目指し始めた。




