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1、ミヅキさん(その4)「夜の学校探検」

 すっかり陽の落ちた校舎に足音が響く。さすがにこの時間になると、残っている生徒も疎らだ。

 主に恐怖と緊張が原因となって慎重な歩調をとりながら哲と誠司は二人並んで人気の無い校舎を歩く。彼らの靴音だけが静寂な廊下に反響している。

「さすがに不気味っスね」

「ああ」

  四階の突き当たり、1年F組の教室に辿り着いた所で二人は息を吐いた。

「1年F組。今のところ、異状は見られない」

「これで新校舎は一通り回ったな。後は旧校舎か」 

 一応ビデオカメラは哲が構えているが、これまで探索した一時間ほどの記録はデータ容量の無駄遣いに終わっていた。

「こりゃあ今日も空振りかな」

「それだと三球三振でバッターアウトですね」

 学校側からの撮影許可は三日間。本日が最終日だった。

「なんとか延長申請できませんか」

 哲に誠司は渋面で答えた。

「なんて申請するんだよ。三日で撮り足りない夜景ってどんなのだよ」

「気象条件とか機材の不調とか。」

「簡単に言うな。今年の副会長、けっこう面倒なんだぞ。なんならおまえやるか」

 九品学園高校では生徒からの申請や陳情を受け付けるのは生徒会副会長の役割だ。

 昨年度末の組閣でそのポストに就任した副会長は生真面目で堅物、しかも気が強い上に弁も立つという、頼みごとの交渉相手としては難敵以外の何者でもない女傑だった。

「あー、遠慮します」

 哲は調査の打ち切りを即断した。

 人気のない校舎を並んで歩きながら、二人は退屈しのぎにボソボソと話す。

 カメラが回っている以上、彼らの馬鹿話が入ってしまうのは本来はよろしくないのだが、人気のない夜の学校を無言で回ることができるほど彼らは剛胆ではなかったし、撮影中に紛れ込む彼らの無駄口を面白がる生徒たちも多かった。

 成果の得られない徒労と倦怠を紛らわすべく続けられる無駄話は、けれどもいい加減ネタも尽きてきた。

 無言で歩くのも怖いので、こうなったらしりとりでもしようかと哲が苦肉の策を提案しかけたその時、誠司の方から話題を振ってきた。

「なぁ、そもそもハヅキさんっていったい何なんだと思う?」

 あまり学生受けはしなそうな硬派な質問だった。哲は少し考え込む。

「随分漠然とした質問ですね。怪談話としての怖さの評価を答えればいいですか?それとも話の解釈の部分を語ればいいですか?」

「どちらでもいい」

 哲は少し考えた後で口を開いた。

「そうですね、じゃあ、ハヅキさんがなんで現れるのかって事についてなんですけど。そもそも、学校っていうのは怪談を受け入れやすい下地がある場所なんですよね」

「ほう」

「考えてみてください。学校っていうのは他所とは断絶した部分のある、一種の閉鎖社会です。そこに思春期の多感で不安定な年頃の少年少女が集められて、毎日何時間も集団行動を余儀なくされます」

「おう、今日は随分と硬い切り口だな。続けろ」

 ドキュメント班のリーダーが許可したのだから少々理屈っぽい話を記録に吹き込んでもOKなのだろう。誠司に促され、哲は続けた。

「そこで発生するストレスというのは僕たち生徒にとってはかなり大きいものだと思うんですよ。まず、やりたくもない勉強を強制され、そしてその成績で順位づけされて、下手したらそれが人生にも影響しかねない。もう一つ、人間関係もあります。中学や高校の時の人間関係って独特らしいですよね。完全に大人でもない人間たちが集まって形成される分、時に残酷だったりちょっとの事で破綻したり暴走したりします。そこには明らかに勝ち組と負け組が生じたり、グループ間でもいざこざは常にあったり。怪談を含めたデマってのはそうしたストレスの一種の捌け口になるそうです」

 誠司はわかったようなわからないような顔をした。

「つまりは、俺たちのストレスがハヅキさんを創り出したって訳か。なるほど、実に哲学的でよくわからない結論だ。――んで、なんでハヅキさんなんだ?別にその対象がトイレの花子さんでもグリーンモンスターでもいいワケだろ?肝心な事が抜けてるぞ?」

「可能性は二つあります」

 哲は指を二本、立ててみせた。

「一つ目は外部からの伝来で創られた虚構の話、つまり、元々がガセ。何も存在してないのに、話だけが外からやってきたという考え方です。調べてみたら、ハヅキさんと似たような内容の都市伝説が幾つか見つかりました。それらがヴァリエーションを変えてうちの学校に伝播して、やがてハヅキさんというキャラクターになって一人歩きしたという可能性ですね。幽霊の存在が科学的に証明されていない現状において一番客観的かつ面白くない説です」

「オカルト好きの民俗学者や心理学者が口にしそうな説だな。もう一つは?」

「元々、下地になるような出来事が本当にあった場合――たとえば事故なり事件なりに生徒が巻き込まれたのは事実だったのかもしれません。その生徒の名前は本当にハヅキさんという人気者の女生徒だった。その理不尽な悲劇を前にして。当時の生徒たちはその事件に彼らなりに意味をもたせた。つまり、元々何かはあったんです。幽霊や祟り云々を別にしても何らかの事象が実際にあった。それが、外部から伝わった衣を着ることで何らかの変容を遂げ、ハヅキさんになった。僕が考えてるのはこれです」

「なるほどな。んで、その大元になった部分の話を突き止めたい、と?面白そうじゃないか」

 相槌を打つ誠司に哲は苦笑してみせた。

「ただ、この説には難点がありまして」

「なんだ」

「学校の記録を幾ら調べてもハヅキなんて生徒は出てこないし、該当しそうな事件も出てこないんですよね。勿論、戦中戦後の混乱期あたりだとろくな記録もなかったりするんですが」

 肩を落とす哲の姿に誠司も失笑を洩らした。

「ダメじゃないかそれ。てゆーか、それならなんでハヅキなんて名前ついたのかな?うちと関係ないんだろ?」

「さぁ?たとえば9月の葉月とかですかね?それがわかれば真相にも近づけるんでしょうけど。目下のところ、絶賛頓挫中です」

「そりゃあ、なんとしてもハヅキさん本人を捕まえて聞き出すしかなさそうだな――ところで門倉、ハヅキさんについてたった今俺が考えた第3の説があるんだが聞かないか?もう一つの可能性だ」

「是非、拝聴しましょう」

 誠司は面白い冗談を思いついた時の顔で告げてきた。

「今まではガセだった。だが今になって、何かがやってきた――ってのはどうだ?」

「――なるほど、盲点でした」

 二人は嬉しそうに笑った。

「ま、結論としてはそんな感じで濁したまとめをテロップかナレーションで流して終わらせれば、それらしい作品が一本作れるんじゃないですかね?後は僕の撮った学校の夜景をうまく編集して繋げばイケますよ」

「だったら古文の遠藤先生に頼んでインタビュー形式で語ってもらおうぜ。その道の権威っぽく聞こえるし、なによりあの爺さん自体、妖怪っぽいだろ」

 二人はこれから作成するドキュメントの内容で盛り上がった。

 階段を降りて一階に辿り着く。もうすぐ出口だ。

「――でもまぁ、全体的な構成についてはあまり結論有りきで理屈っぽい作りにはしない方がいいと思うんですよ。やらせとか画像処理とかは論外ですけど、幽霊とかお化けってのは科学とか理屈を超えたところにある、恐怖という根源的な感情に訴えるから魅力があるのであって、その内容に整合性や科学的根拠を求めるのは無粋以外の何物でもありませんよ」

「うむ。怪談話というものはあれこれ理屈を考えず、純粋に恐怖を楽しむべきだ。後ろで震えてる我らがリポーターのようにな――――お~い、大丈夫か?もうすぐ出口だぞ」

 振り返った二人の視線の先では、とうとう今回のレポート中一言も喋らなかった朝莉がガクガクブルブルと震えながら蒼ざめた顔でついてきている。物凄い握力で哲と誠司、二人の背中を掴んでいる所為でえらく歩きづらい。

「……あそこまで本気で怖がられるのは正直どうかと思いますけど」

 哲は呆れた声を出した。

「まったく、その根性は買うけどな。怖いなら無理してこなくてよかったんだぞ?」

「だ、だ、だって我々チーム田原のロケはリポーターの私がいないと始まらないじゃないですか」

 涙目の朝莉が主張してくる。

「いや別に状況説明はテロップ入れればいいし。てゆーかおまえ、悲鳴あげる以外何もしてないじゃんよ?」

「臨場感が伝わっていいじゃないですか!」

「だったら先頭を歩け。リポーターがカメラの後ろをついてきてどうするんだよ?」

「無理です。ハヅキさんが出たら襲われてる先輩たちを盾にして逃げるんですから」

「おい後ろ!おまえの後ろに誰か立ってるぞ今野!」

「ぎゃあ~~~!?いやあぁぁっ!」

 絶叫と共に朝莉が猛ダッシュで逃げ去る様子をビデオに収めながら哲はため息をついた。

「まー、あれだけビビッてギャーギャー言えば、怖さも伝わりますかね」

「いや、全部カットだろ。このままじゃドキュメンタリーじゃなくお笑い肝試しになっちまう」

 まぁそれでもいいけどな、と誠司は苦笑する。

 実際の所、彼らの作った作品がウケているのは朝莉の能天気さと体当たりっぷりが評価されている部分もある。

 当の朝莉は、校舎の玄関を出た先にある自由だか自律だかをモチーフにした銅作りのオブジェにしがみついて悲鳴をあげていた。

「おまえうるさいよ。騒いでたら怒られるぞ」

「だ、だって、哲先輩が怖がらせるんですもん!もぉやだ!帰る!」

「あーうるせーうるせー!てゆーか上履きで外に出るなバカちん。あとおまえの靴臭いからたまには洗った方がいいぞ」

「ぐぉっ!?ちょっと今の言葉、乙女心が傷つきました……私の靴箱の位置を把握している変態っぷりと併せて、私の中の哲先輩好感度が大暴落ですよ」

「へ、変態って、気を利かせて後輩の外靴を取ってきてやった先輩に対する言葉がそれかよ!」

 後輩二人の低次元の言い争いを傍で聞きながら、誠司はどっちもどっちだと思った。

「じゃあ、少し休憩したら最後に旧校舎を回って終わりにするか」

 誠司の声に朝莉があからさまな不満の声を上げる。

「えぇ~??まだ行くんですか?」

「おまえはもう来なくていいよ。あれだけ騒がしかったら幽霊も逃げちゃうよ」

 呆れた顔で哲は告げたが、朝莉は頑として首を縦には振らなかった。

「イヤです、この今野朝莉が出ずして何の意味があるというのですか!でも怖いから三人で般若心経合掌唱しながら行きましょう」

「いや、そっちの方が怖いだろ」

 結局、旧校舎には三人で向かった。


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