5、魔女たちの大釜は煮えた(その3)「ニュー・パトリオット・グリーンティーパーティー」
ヴィンセント・ベイ・ホテルは東京湾一帯の都市再開発事業の一環として建設された外資系高級ホテルである。
世界でも最高レベルのアメニティを誇るホテルの施設の中でも、湾岸を含めた東京の夜景を一望できる屋上レストランはとりわけ新日本のセレブリティーたちに愛されている。
そのレストランを借り切って、今宵は華やかなパーティーが催されていた。
主催する団体の名は、「ニュー・パトリオット・グリーンティーパーティ」という。
保守系の政党を支持する企業連の緩やかな社交の会として知られるこの団体であったが、この日、パーティーの招待を受けたのは会員たちの中でも古参となる一握りの幹部たちばかりであった。
保守派として知られる政治家たちや大物官僚、それに大企業の社長クラスの財界人たちばかりという錚々たる顔ぶれが、お忍びでこのホテルに集められていた。
パーティーの主役となったのは、ティーパーティーでも中心的な人物の一人である平和金属グループ会長の和光惣吉であった。
今宵は珍しく彼の年若き新妻も帯同しており、その初々しくも可憐な姿に参列者から賞賛の溜め息が洩れた。
上流階級者たちの和気藹々とした宴もたけなわになった頃、レストランの照明が落とされた。僅かに点されるキャンドルの灯りの中で、マイクを握ったのはかつて上院議院議長を務めた事もある保守系政党の長老代議士であった。
「さて、同志諸君。ここで喜ぶべきニュースを発表しよう」
些か芝居がかった声と仕草で列席者の耳目を集めた後で、その代議士は傍らにいる和光惣吉を示した。
「ついに我々の悲願が実を結ぶ時が来た。ここにいる和光惣吉君が、我々を導く指導者を探しあててくれたのだ。彼女はあの久那守の血筋を引き、そして奇跡の力をも引き継いだ新たな導き手である」
まるで演劇じみた演出でスポットライトが会場の一点を示したそこには惣吉の妻の捷子のエスコートを受けながら進み出る純白のドレス姿の少女がいた。
列席者から押し殺せぬ声があがる。
「紹介しよう。彼女こそは久那守葉月の再来にしてこのアメリカに隷属させられた日本を真の姿に覚醒させるべき救世主――煤ヶ谷柑那君だ」
怒涛のような歓声があがる。熱狂が会場を包む中、捷子と手を握り合った柑那は華やかな笑顔で浴びせられる祝福の声に応えた。
「同志諸君、我々の決起の時は近い。今や、彼女を迎え入れた我らを阻める敵はいない。この米国に毒され腐りきった日本を真の正道に戻すのだ」
まるで何かにとり憑かれたかのような出席者の熱狂は醒める事が無かった。
パーティーが終わり、極秘裏に参加者たちが去っていくその中に和光惣吉夫妻の姿もあった。私設の秘書たちに導かれ、地下の駐車場に向かう為、エレベーターを目指す彼らの前に立ちはだかる男たちがいる。
パーティーにも参加していた男たちだ。だが、その顔は強張り友好的とは程遠い空気を漂わせている。
「和光さん。少しよろしいですか」
「なにかね?香田君」
話しかける男の一人に和光惣吉は鷹揚に頷いてみせた。
「先日、我々の手の者が経営している病院が襲撃を受けました。恐らくそちらの奥様はご存知だとは思いますが」
男に見据えられながらも捷子の顔に変化はなかった。苛立たしげに男は続ける。
「端的にいいます。襲撃を行なったのは呪詛感染者たちです。我々が奥様に育成と教育を委託した少女たちばかり数名による犯行です。これは我々に対する明白な敵対行為と考える他にありません!どういうおつもりですか」
「話は妻から聞いている。なんでもその病院には妻を襲った輩が入院していたと聞いた。君たちこそどういうつもりかね?襲撃者を匿い看護にあたるなど、そちらの方がよほど背信行為であろう」
「和光さん、あなたは我々を敵に回すおつもりですか」
男は怒りに蒼ざめた顔で尋ねた。
「我々に報告のない員数外の呪詛感染者を集め、あまつさえ先程の煤ヶ谷柑那の存在の突然の発表だ。我らはあなたにそのような真似をさせる為にそこの廣山捷子を貸し与えたのではない」
惣吉は悪びれず、咽喉の奥で笑い声をあげた。
「香田君、君は何か了見違いをしているようだ」
「なんだと」
「私は君達の下に位置するのではない。あくまでこれまでは君の国との信義と友情に基づいて手を貸してあげていたに過ぎないのだ。そして我が妻もまた然り。彼女は君たちの傀儡ではない。それがわからぬ君たちに未来はないよ」
惣吉が手を上げて合図した。
途端、近くの扉が開かれてスーツ姿の屈強な男たちが現われて香田たちに銃を向ける。
呆然とする香田たちに男の一人が告げる。
「警視庁公安部だ。日本帝国情報省工作官香田和樹!電波法及び旅券法違反ならびに公文書偽造その他の容疑で逮捕する。覚悟するんだな」
「和光ぉ!貴様!裏切ったな」
取り押さえられながらも吼える日本帝国の諜報員を無視するように、和光惣吉夫妻はエレベーターの向こうにゆっくりと消えていった。




