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5、魔女たちの大釜は煮えた(その2)「逃走」

 看護師の叱責に慌てて矛を収めた哲は、阿波野を警戒しつつ、恋敵より先にみづきの病室に入る。

 できるかぎり爽やかな笑顔を浮かべて声をかけた。

「やぁ、ミヅキさん!体の具合はどぉ?」

 みづきはベッドの上で身を起こしていた。哲に気づき、いつもの無愛想な顔を向ける。

「あぁ、貴様か」

「ミヅキさん、はいこれ、お花買ってきたよ」

 花を差し出した途端、仏頂面が綻んだ。

「ほう、トルコ桔梗か。華やかだな」

 花を見つめて嬉しそうに微笑むみづきの顔が見られただけでも花を贈った甲斐があるというものだ。

「それと昨日の続きの巻」

「待っていたぞ」

 物凄い勢いで手渡した漫画を奪われた。

「懐かしいよなこれ。まだ続いてるんだ。スゲェな」

 昨日貸していた分の漫画を阿波野が椅子に腰かけて読んでいたから「返してください」とひったくる。

 そのまま恋敵との同席という微妙な空気を味わいかけたところで、哲は視界の端に引っかかりを覚える。

 振り返った視線の先に、先程の少女二人組が扉を開けてこちらをコソコソ覗いていた。

「……てゆーか、また覗いているし」

 呆れ顔で哲は立ち上がる。

「どうした?」

 不思議そうな顔のみづきに尋ねられ、哲は扉を示す。

「ほら、あれ見てよ」

「ん?あれ、扉開いてたな。悪い、俺だ」

 阿波野が開いた扉に気づき、閉めようと近づく。慌てて顔を引っ込めた少女たちを無視して扉を閉める。

「いやいや、そこじゃないでしょ!」

 ツッコミを入れながら哲は阿波野を押し退けるようにして扉に近づき、開いた。

「ほら、この子たちですよ。さっきも他の病室覗いてたんですよ」

 扉の向こうで硬直した顔の二人組と目が合う。少女たちは動揺した様子で廊下に尻餅をついた。

「ちょ!?なんで視えてるのよこいつ!?」

「だからさっき言ったじゃん!ソネっち信じないんだん」

 ヒソヒソ声の二人に困惑していると、横合いから阿波野が顔を出した。

「何言ってんだおまえ?人なんて何処にいるんだよ?」

 目の前の少女たちを無視してキョロキョロと廊下を見回す。

「はぁ?何処って目の前ですよ。その目は節穴ですか?メガネかけた方がいいですよホントに。ね、ミヅキさん?」

 阿波野を馬鹿にしながらみづきに振り返り同意を求めたところで、こちらに銃口を向けている彼女に気がついた。

「班長殿!門倉!け!」

 言うなり銃口からは既に火が噴いていた。

「わひゃあ!?」

 避ける暇なんてなかった。ただ無様に悲鳴をあげる哲の横ギリギリのところを銃弾が飛び去っていく。ベッドの上、しかも利き腕をギプスに固定されたままというひどい射撃姿勢で放たれた弾丸は廊下に虚しく突き刺さるだけだった。

 いや、それでも効果はあったのかもしれない。少女たち二人も悲鳴をあげて床に転がっている。唯一、みづきの言葉に反応して身を翻していた阿波野だけが即応できた。

 自らのジャケットの内ポケットから拳銃を取り出し、少女の一人に突きつけた。さっきまですっとぼけていたのが嘘のようだ。

「石橋ちゃん!?」

 連れの少女が悲鳴をあげるのと、躊躇なく阿波野が引き金を絞るのと、そして引っくり返った少女の前に日本兵が現われたのは全て同時だった。

 阿波野の放った銃弾は少女の盾となった日本兵を吹き飛ばし、胸板を貫かれた日本兵は口から血をゴボリと吐き出し苦しげに身を降り消滅した。

「ひ、ひぃぃっ!」

 命拾いした少女が床を這いつくばったまま遁走を図る。残った少女も腰を抜かしつつ、それでもこちらは反撃してきた。

「わああっ!!」

 絶叫と共に拳銃を取り出し銃口を向けてきた。照準も何もあったものじゃない乱射に哲は悲鳴をあげ蹲る。

 ついで、少女の前に日本兵が再び現われた。銃剣付きの歩兵銃を構えて部屋に突入してくる兵士を、横合いから阿波野が蜂の巣にする。

「おい!逃げるぞ!」

 阿波野の声に哲は我に返る。既に阿波野はみづきを抱き抱えて窓際に駆け寄り、そのまま背中から体当たりで窓ガラスを破って部屋の外に飛び出していた。

 追いかけようとして哲は蒼ざめる。今度は二人組の兵士が部屋に雪崩れ込んできた。

 その内の一人が哲を見やり、迫ってくる。声にならない悲鳴をあげながら、哲は阿波野が穿った窓の穴に飛び込んだ。間一髪遅れて突き出された銃剣が陽光を反射させた。

 みづきたちは既に20メートルほど離れた所にいた。みづきを抱えているにも関わらず阿波野の足は速い。急いで追いつかなければ見失ってしまう。

 がむしゃらに走って追いかけ、近くの路地に飛び込んだところで阿波野に頭を叩かれた。

「バカヤロウ」

「あいたっ!?」

「ノコノコ追いかけてきやがって!貴様のせいで見つかったらどうする!?ノロマならノロマらしく囮になれ」

 あんまりな言い草だった。

「なっ、なにをぅ!?」

「騒ぐな」

 反論しようとした途端、また頭を叩かれた。蹲る哲の胸倉を掴み、阿波野が尋ねてくる。

「おまえ、銃は使えるか?」

「つ、使えるわけないだろ!僕は普通の高校生だぞ」

 当たり前の事を言い返しただけの筈なのに、何故か蔑むような目で舌打ちをされた。

「仕方ねぇ、俺が近くまで車を回すからその間、そこら辺に隠れてみづきを見ていろ」

 阿波野はそう告げるなり、拳銃を片手に路地を飛び出していった。すぐに銃声が聞こえてくる。

 置いてきぼりを食らった哲は動揺しながらもみづきを見やる。まだ動ける状態ではないのか、路地に寝かされたみづきが苦しげに顔を歪めていた。

「ミヅキさん、大丈夫」

「あぁ…。だが、追っ手がまだ近くにいるみたいだ。もう少し奥に行くぞ」

 どうやら歩く事もままならないらしいみづきに哲は慌てて肩を貸した。こんな時、さっきの阿波野みたいにお姫様だっこで颯爽と運んでやれたら格好いいのになどと場違いな感想が頭に浮かんだ。

 殆んど引きずるようにしてみづきを引っ張る。近くにあるビルの裏口に飲食店のものらしいゴミ箱を見つけてそこの陰に隠れようとしたその時、みづきが警告の声をあげる。

「待て!誰か来る!」

 間に合わなかった。

 すぐ近くの脇道から、見たことのない別の少女が姿を見せた。その手には拳銃が握られている。見覚えはないが、間違いなく先ほどの少女たちの仲間だった。彼女もここで哲たちと出くわすとは考えてもいなかったようで、驚いたようにこちらを見やり、銃を構えた。

「くっ!」

 みづきが銃を構えようとした。上手くいかない。彼女の片腕はギプスに覆われて使えず、残った手も哲の肩に回していたままだった為、咄嗟には少女に向け照準できる状態ではなかった。

 哲に至っては突然の状況に反応できず、強張った体のまま棒立ちに佇むだけだった。

(やられる)

 哲でさえ、その事態の深刻さを理解した。武器を持つ追っ手は、既に二人を銃の射程に捉えていた。

 だが――哲の眼前でその少女は奇妙な行動をとった。

 束の間の混乱から立ち直ると、構えていた拳銃の銃口をそのまま空高くに向けて発砲し、

「逃げたわ!あっちあっち」

 と叫びながら見当違いの方向に走り去ってしまう。それにつられるように、幾つかの声と足音が遠ざかっていく。

 一瞬、哲はみづきが何か細工をしたのかとも思ったが、そうではないようだ。当のみづきが呆然と狐に摘ままれたような表情を浮かべている。

「――どういう事だ」 

「さ、さぁ?見逃してくれた、とか?」

 二人が結論を出すより早く、阿波野の乗った乗用車が到着し、二人を乗せて逃走を開始した。


 結局、二組合同で行なった病院の襲撃作戦は失敗に終わった。

 人の目にはつかない筈のステルスチームが偵察段階で敵に見つかってしまったのは大誤算だった。

 小一時間ほど病院の周辺を探し回った後で、目標である小笠原みづきは残念ながら逃亡してしまったという結論に達する他になかった。

 悔しがる仲間の少女たちに同調するふりをしながら上里瑠留亜はそっと安堵のため息をついた。

 逃げ出したみづきの探索をするふりをしてサボっていた筈が、当のみづきと鉢合わせしてしまった時は心臓が止まるかと思った。

 幸い、瑠琉亜はツイていた。

 彼女とやり合う羽目にならずに済んだ事も、その後、みづきを取り逃がしたふりをして他の少女たちを吊り上げ、欺騙に成功した事も幸運だった。

 今の瑠琉亜のの任務は小笠原みづきを倒すことではないのだから。勿論、状況によっては彼女を倒さざるを得ない状況も出てくるだろうが、それはそうなった時に考えればいい。

 少なくとも、昨日今日で捷子にでっち上げられた連れの少女たちよりも、大きい括りでいえば同じ組織に所属しているみづきの方に親近感を抱く方が瑠琉亜にとっては自然なことだった。

 けれども、せっかくの瑠琉亜の成功も長くは効果を持続し得なかった。

 他の少女からの連絡で、小笠原みづきの潜伏先がすぐに見つかってしまったのだ。捲土重来を誓う仲間たちに調子を合わせながら、内心で瑠琉亜はため息をついた。

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