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4、少女は夜に目覚める(その9)「アンダーカバー」

 部活でもバイトでも新入生をチヤホヤと歓迎してくれるのはオリエンテーションを済ませ、歓迎会が終わるまでだ。

 今頃は朝莉たちは別室に集められて基礎から修行を始められている事だろう。訳もわからない最初の頃が一番キツいのはこれまた部活もバイトも同じ事だ。

 それを乗り切れば――そして自分の力に自信を持ち、存在意義を見出せればある程度は楽になる筈だ。少なくとも、今ここにいる子たちがそうであるように。

 ジムに集められた少女たちをそっと見回しながら瑠留亜はそう思った。

 彼女が今いるのはちょっとしたフィットネスの器材やサンドバッグ、組み手用の柔道畳や打ち込み用の立ち人形が揃えられた平和金属所有のジムである。

 ここにいる少女たちは既に捷子の聖別を受け、覚醒した者たちばかりである。このお泊まり会の常連たちであり、言い換えれば、捷子の言葉に疑問を感じなくなった少女、自分の力に酔い始めた少女、或いは逃げ道を失った少女の群れという事だ。

 少女たちは人目の付きにくい別荘に集まり、そこで定期的に捷子の命令の下でレッスンを受ける。それこそがこのお泊まり会の主たる目的であった。

 教会の牧師を呼んでの精神修養から始まり、格闘技の教官や霊媒師、電子工学の専門家など、その時々のレッスンに最適な一流の講師を招いて彼女たちは教育を受ける。全ては捷子によって目覚めさせられた力を高め、その精度を増す為だ。

 上里()()()はこのお泊まり会におけるエリートだった。毎回、レッスンでは好成績を連発していた。

「瑠琉亜さん、素晴らしいわ。貴女は一番力の発現が早いです」

 喜んだ捷子から直々にそう声をかけられた事も一度や二度ではない。

 当たり前だ。

 実のところ、これらの捷子による教育は既に彼女の学んだ事柄ばかりなのだ。

 既に体得し終えた事柄を、後はカマトトぶって適当にミスをしながらこなしてみせるだけなのだから、二周目の彼女が未習熟の少女たちより出来がいいのは当たり前だ。

 勿論、その真実は絶対に捷子や他の少女たちに悟られる訳にはいかない。捷子はあくまで未完成の少女たちを自ら見出し、完成させる為に集めているのだ。

 バレたら追い出されるだけでは済まないだろう。当然、身分を偽って捷子に接近し、潜り込んだその理由を追求される事になる。その尋問が優しいものである保証は何処にもない。

 今日のレッスンはマーシャルアーツのレッスンだ。元キックボクシングのチャンピオンだとかいう触れ込みのマッチョな男の下で、皆でパンチやキックの練習をする。

 このレッスンにおける瑠琉亜はいつもほど優等生ではない。元来、彼女の力は人を殴る蹴るする類のものではない。持って生まれた身体能力だけの勝負となる。

 彼女にとってはあまり意味のあるレッスンではない。普段ならば捷子も決して瑠琉亜にレッスンを強要する事はないだろう。瑠琉亜が習うべきは無線の傍受の方法や電波の探信の筈だった。

 それでも、彼女が今日このマーシャルアーツのレッスンに参加させられたのは理由がある。

 小一時間ほど汗を流した後で、和光捷子がジムに顔を出したのだ。恐らく、あの幻覚作用のある薬香と話術による新人たちへの洗脳が完了したのだろう。

 マッチョの教官をジムから追い出した後で、捷子は告げる。

「実は、皆さんにお伝えしなければならない事があります」

 いつになく緊迫した表情の捷子の精神が感染したのか、少女たちも笑みを消し口を閉ざして彼女の次なる言葉を待った。

「私たちを狙っている敵が現われました。彼女は私たちの大事な友人であった須藤奈月さんや八王子夢月さんたちを襲い、先だっては園田香月さんまでやられました。そしてつい先日、通学中の私の前にも現われたのです」

 捷子の言葉にどよめきが起きる。捷子のサロンの仲間たちを付け狙う襲撃者の存在は既に瑠琉亜たちの間でも知れ渡っていた。レッスンでも成績のよい者たちばかりを狙う謎の敵の存在に少女たちは怯え、警戒を強めるよう捷子にも命じられていた。

 だが今の捷子の話は違う。今まで憶測や類推でばかり語られていたに過ぎなかった襲撃者の存在がついに現実の姿をとって現われたのだ。

 捷子は告げる。

「私たちの敵の名前は小笠原みづき。私たちの力の源である久那守の傍系に位置する女です」

 彼女の言葉に少女たちはざわめく。誰かが疑問を口にした。

「捷子さん、どうして久那守の人が私たちを狙うんです?」

「彼女は傲岸にして誤ったエリート意識に凝り固まっておりました。すなわち、久那守の力を独占しようと目論み、私たちを排除しようと考えているのです。私もなんとか説得しようと試みましたが無駄でした。耳を貸しては貰えませんでした」

「何てこと」 

「どうしたら」

 少女たちの不安と動揺を見計らい、捷子は毅然とした態度で告げた。

「案ずる事はありません。既に先日の接触の際に、私は彼女に勝利しています」

 傍聴する者たちの顔に希望が浮かぶのを確認した後で、このサロンの主は勝利を目の前にした女王のごとく泰然として告げた。

「残念ながらとどめを刺すまでには至らず逃げられてしまいましたが、彼女は既に手負いの状態です。今の皆さんの力ならば恐れる必要はありません」

 自分の言葉が並み居る少女たちの隅々にまで効力を発揮した事を見計らい、捷子は再び口を開いた。

「さぁ、今や立場は入れ替わりました。今や小笠原みづきは狩る側から狩られる側へと身を堕としたのです。私たちはこの素晴らしき友情の輪を守る為、総力を挙げて彼女を叩かなければなりません。私たちの平和は、私たち自らの手で勝ち取らなくてはいけないのです」

 そしてその後に捷子が告げた言葉にはさしもの瑠琉亜も瞠目せざるを得なかった。

 首尾よくみづきを討ち果たした者には、恐らく一生遊んで暮らせるであろうだけの賞金を提示してみせたのだ。

 みづきの潜伏していると思われる場所や彼女の特徴を聞く少女たちの目の色は明らかに変わっていた。単独行動は禁止され、複数人でペアになって動く事が決まった。瑠琉亜も顔見知りの少女と組んでみづきの捜索にあたる事になった。

 合宿が終わり、捷子の別荘を後にしてからすぐ行動が開始される事になった。

 帰りのバスの中で、ただならぬ空気を感じ取ったのだろう、朝莉が「何かあったの?」と尋ねてきた。

 まだ不慣れな新人たちに余計な事を言って不安がらせる訳にはいかず、瑠琉亜は適当な嘘をついて誤魔化した。

 他の少女たちより先にバスを降り、家路に着く。やる気満々の連れからは今後の行動についてのメールが既に届いていた。

 返信をする前に瑠琉亜にはやる事があった。

 家に帰り、引っ張っていたキャリーバックを放り投げると瑠琉亜は携帯電話を耳元にあてて通話ボタンも押さずに話し始めた。

「あ、寧ちゃん?聞こえてる?うん、瑠琉亜です。今、お泊まり会が終わって家に帰ったところ。あはは、今回も凄かったよ。ご馳走食べまくり!絶対デブったよ~。うん、うん。……うん、動き出したよ。和光捷子は本気みたい。小笠原兵長を叩くつもりで動員をかけたよ。新しい子も四人一挙に増やしたし、そっちに連絡も無しで色々と独断で動いてるみたいね~。うん。とりあえず私は適当にやるからご心配なく。じゃあ乃木班長殿によろしく~じゃあね~、終ワリ」

 携帯電話を放り投げ、ベッドに倒れこむ。

 捷子の別荘のそれとは比べ物にならないくらい固くて狭い安物のアパートだが、今の瑠琉亜には何にも増して落ち着ける安息の地であった。とりあえずは、一眠りしよう、と瑠琉亜は思った。

 下北半島の雪山で一日中計器に囲まれてロシアだのアメリカだのの無線を傍受し続ける任務よりは遥かにエキサイティングで興奮するけれども、同時にスパイというのは信じられないくらいの精神的な疲労も覚える仕事である事を瑠琉亜は思い知らされていた。


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