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4、少女は夜に目覚める(その8)「朝靄に彷徨う少女」

 今野朝莉(あさり)は何度目かの寝返りを打った。

 寝つけない。

 ふかふかのベッドも暖かい空調も寝る前のホットミルクも、朝莉を眠りに導いてはくれなかった。何も知らなければ風流に聞こえた筈の秋虫たちの音色が、今は不快な雑音にしか聞こえない。

 時間は朝の5時。ため息混じりに朝莉は身を起こし、近くにあった水差しからコップに水を注いで飲み干した。眠れないのは慣れない環境の所為だけではない。

 昨夜の茶話会の後で、朝莉は魔法の力を手に入れた。

 実感はない。力を得たと言われても、別に足が速くなったり力が強くなったりした訳ではないし、捷子のように回線の繋がってない電話機で見知らぬ誰かに電話ができる訳でもない。

 昨日と変わらない自分がそこにいるだけだ。

「最初は誰でもそうよ。今はまだ、貴女の中に眠っている力を目覚めさせただけだもの。これからその力がなんなのかを見極め、ゆっくりと育て上げていくの」

 捷子はそう語っていた。

「おめでとう。これは素敵な力よ。私たちは捷子さんのおかげで生まれ変わったの。特別な存在になったのよ」

 先輩の少女たちはそう言って朝莉たちを祝福してくれ、自らも超常の魔法の力を見せてくれた。だからきっと彼女たちの言っている事に嘘はないのだろう。

 けれども、だからといって自分が生まれ変わったとは朝莉にはとても思えなかった。

 ただ、奇妙な興奮と喪失感がない交ぜになった感情に包まれていた。

 寝つけないままに朝莉は身を起こしてベッドに腰かけた。

 夜中とも朝とも言いがたい中途半端な時間だ。頑張ってもう一眠りしようかと思い、ふと何気なく見やった窓の外に少女が見えた。

 まだ薄暗い黎明の屋敷の庭を、少女が歩いている。薄手のドレスにコートを羽織り、落ち葉を踏みしめながら彼女は楽しそうに歩いている。

 幽霊という言葉がまず頭に浮かび、ついであんなしっかりした足取りで音を立てて歩く幽霊はいないだろうと思い直したところで、視線に気づいたのか少女が二階の朝莉を見上げて微笑み手を振ってきた。

 盗み見ていたのを見つかったようでバツが悪かった。

 朝莉は窓を開けた。早朝の冷たい空気が流れ込んでくる。

「おはよう。お泊まり会の子かしら」

 微笑を湛えて少女は声をかけてくる。頷く朝莉に手招きをしてきた。

「もし良かったらこっちに来ない。朝の空気は澄んでいて気持ちいいわよ」

「う、うん」

 頷き、朝莉は立ち上がる。あまり待たせても悪いので、パジャマのまま、上にコートを着込んで外に向かう。

 少女は玄関先で待っていた。とびきり美人で色白の少女が白んだ空の下で微笑んでいる。

(あれ?こんな子いたかな?)

 朝莉はふと疑問に思う。こんなに綺麗な子が食事や茶話会の時にいたならば目についた筈だが、あの場に彼女がいた記憶はない。

「私、柑那(かんな)。はじめましてだよね?」

「あ、うん。私、今野朝莉」

 お互いに名乗りあった後で少女は尋ねてくる。

「あまり見ない顔だけど、お泊まり会は初めて?」

「あ、うん。あの、柑那ちゃんは昨日からいたの?」

 朝莉の質問に、少女は苦笑した。

「私はお泊まり会には参加してないわ。捷子が許してくれないのよ」

 少女は親しげな口調で和光捷子の名前を出した。

「捷子さんとお友達なの?」

「えぇ、昔からの大親友よ」

 思えばその可憐な容姿といい上品で清楚な身なりといい、柑那こそはあの華々しい捷子の友人に相応しい存在のような気がした。

「じゃあどうしてお泊まり会には出られないの?捷子さんと一緒なら楽しいと思うけど」

 朝莉の疑問に、少女は困ったように笑う。

「うふふ、これは隠れんぼなの。私はなるべく人の目に出ちゃいけないんですって。だから、今日ここで私に会った事も内緒にしてね?勿論、捷子にもよ?」

 そう言いながら少女は近づいてきて、何かを朝莉の手に手渡してきた。

「わっ、温かい」

 それは何の変哲もない使い捨てのカイロだった。

 こんな儚げで神秘的な美少女がそんな庶民的な物を持ち歩いていたと思うとなんだかおかしくなった。

 彼女もそれがわかっているのだろう。悪戯っぽく笑う。

「口止め料だよ。頑張って早起きしたけど、やっぱり朝は寒くて」

「あはは。そうだよね。じゃあ、私の部屋に来る?お茶くらいはご馳走できるけど」

 だが、朝莉の提案に少女は残念そうに首を振る。

「ごめん。行きたいんだけど、もうすぐ他の人たちも起きてきちゃうとマズいから」

 それから彼女は振り返って指を差した。

「その代わり、後で私の部屋に遊びに来てよ。今は捷子が寝てるから入れないけど、たまには捷子以外の子ともお話したいし。あそこが私の住んでる部屋。二階の窓に石でもぶつけてくれたら中に入れるわ」

 そこに建っているのは別棟になった小さな家屋だった。昼間に見た時は、まったく人の気配は感じなかった。

 二人で眺めていると、その部屋の窓が開き、捷子が顔を出した。

「あっ、いっけない。バレちゃった」

 舌を出して少女が自分の住処へと戻っていく。一方の朝莉はジロリと捷子に睨まれたような気がして気が気ではない。

「じゃあね、また会いましょう朝莉ちゃん」

「う、うん」

 戻っていく少女が、途中一度だけ足を止めた。振り返り、まだそこで見送っていた朝莉に微笑みかけて口を開いた。

「ねぇ朝莉ちゃん。捷子のこと、よろしく頼むね」

「え?あ、うん」

 どういう意味なのだろう。朝莉が言葉の意味を噛み締めている間に、少女は立ち込めた白い朝靄の中に姿を消してしまった。


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