4、少女は夜に目覚める(その5)「素敵なお泊まり会(上)」
神奈川県の三浦半島西部の山道を走るマイクロバスは山間に点在する別荘群の中でも一際大きな邸宅の前でタイヤを停めた。
ゆっくりと開かれた扉からは黄色い嬌声と共に、次々に少女たちが降りてくるその中に、今野朝莉の姿もあった。
「うぉぉ、でかい」
勝手の分からぬままキョロキョロと辺りを見回しながら、朝莉は一人呟く。
自宅前に乗りつけた送迎バスに揺られるままに、先日知り合った和光捷子の別荘に、彼女はとうとうやってきてしまった。もう後戻りはできない。したくても帰りの足がない。
捷子から別荘に招待された時は、それに応じる気は殆んどなかったというのに――。
和光捷子との出会いは、通学途中に突然声をかけられるという不自然極まりないものだった。
「よければあなたの悩み、聞かせてくださいね」
そう微笑む捷子から連絡先の電話番号とメールアドレスを渡された時も、朝莉は二度と彼女と言葉を交わす事などないだろうと思っていた。
だが、連日の悪夢がそんな朝莉を動かした。夢についての幾つかの他愛も無いメールのやりとりの後で、気づけば朝莉は頻繁に捷子にメールを送り、彼女の返信を心待ちにするようになっていた。
忙しいのか、捷子の携帯電話は繋がらない事も多かったが、そんな時は必ず捷子の方からまめに折り返してくれていた。
捷子はいつも的確な答えを朝莉に返してくれた。彼女が何を悩んでいるのか、何を言ってほしいのかをまるで見抜いているかのように、素敵な答えを返してくれる。
いつしか朝莉は夢以外のことも彼女に相談するようになっていた。部活のこと、学校のこと、友人関係、気づけば長年の親友のような気の置けない友情を朝莉は捷子に感じつつあった。
秘密は彼女の声にある事を朝莉は見抜いている。
メールでも充分に知的で魅力のある答えを捷子はくれるのだが、それ以上に電話で話した時にその声に朝莉は惹かれてしまうのだ。
透明感があって聞き取り易くそしてうっとりと耳に心地よい、そんな捷子の声を聴く度に朝莉は奇妙な安堵感を覚え、癒しを感じるのだ。
その声を聞きたさに、後から思えばどうしてそこまでぶっちゃけてしまったのだろうと思うほど自分の深い内面を電話で曝してしまった事もある。
休みの日や学校帰りに直接会ってお茶をするようになった頃には、すっかり朝莉は彼女の虜になっていた。
そんな捷子から、彼女の所有する別荘に招かれた。
いくらなんでも知り合ったばかりの子の別荘に泊まりに行くというのは抵抗があった筈なのに、夢の秘密について語り合おうと捷子に熱心に誘われているうちに気づけば家の前には送迎のバスが到着していた。
貸し切りバスには他に何人もの少女が乗り込んでいた。
どうやら誘われていたのは彼女だけではなかったらしく、朝莉は落胆を覚えた。
しかも彼女たちは既にこのお泊まり会の常連らしく、顔見知り同士で楽しげに語り合っている。当然、顔見知りなどいる筈もない朝莉はバスの中で一人孤立して居心地の悪さを味わっていた。
それでも朝莉は幸運だった。
しばらくして停まったバスに、上里瑠留亜が乗りこんできたのだ。
「ねぇ、ここ座っていい?」
仲良しグループの輪に洩れて一人で座っていた朝莉に瑠留亜はそう告げてきた。
細身ですらりと背が高くて、笑うと八重歯が可愛らしい少女だった。慌てて荷物を除けた朝莉に礼を言って瑠留亜は彼女の隣に腰を下ろしてきた。
「私、上里瑠留亜。よろしくね」
「は、はい。今野朝莉です」
「タメ口でいいよ。年も同じくらいっしょ?私16だけど」
「あ、同じだ。高一?ちなみに私は蟹座のB型」
「え?ガチで?一緒一緒!私も蟹座でB型~え~すごい。誕生日は?」
誕生日は惜しくも二日違いだった。二人は惜しい惜しいと笑い合い、それがきっかけで距離が縮まった。初対面特有の幾つかの探りあいを交わした結果、フィーリングも問題なさそうだった。
二人はすっかり意気投合して、バスが別荘に辿り着く頃には他の少女たちと同様に賑やかにお喋りを交わすようになっていた。
瑠留亜は東京市内の公立高に通っていて、部活動は美術部に所属し、学校近くのアパートを借りて独り暮らししているという。和光捷子との出会いは彼女の方が早いらしく、既に瑠留亜はこのお泊まり会に二度ほど参加しているという。
「じゃあ、瑠留亜はここでは先輩なんだね。新参者なので色々と教えてください、瑠留亜先輩!」
「ちょ、やめてよ。まだ私だって今日が3回めのぺーぺーなんだから」
瑠留亜は慌てて言ってきた。朝莉にしてみたら、何度もお泊まり会が開かれてるという事実の方が驚きだった。
「う~ん、お泊まり会とかっていうとちょっとアレだけど。これっていわば捷子さんの主催するサロンみたいなものだし。年の近い子を集めてお茶会をしたり何処かに遊びに行ったりっていう、お遊びサークル的な感じだからあまり構えなくてもいいんじゃないかな?」
「へぇ、なんでまたそんな事」
「さぁね~、パーティとか好きなんじゃない?お金持ちの考える事はわからないよ」
暢気な顔で瑠留亜は答える。
彼女はどうして捷子と出逢ったのだろうか。朝莉はふと疑問に思った。
朝莉と捷子を結びつけたのは、夜毎に見る悪夢の相談からだった。瑠留亜もそうなのだろうか聞いてみたい衝動に駆られつつも、もし違ったら変な奴と見られてしまいかねない。
孤立無援の状況下でせっかくできたばかりの貴重な友人を失うのを恐れるうちに、バスは目的地の別荘に辿り着いてしまい、今に至るのだ。
勝手が分からないままオロオロしていた朝莉の肩を叩いて瑠留亜が案内してくれる。
どうやら泊まる部屋に自分の荷物を置いてきた後で、全員で集まって昼食会となるらしい。エントランスに貼り出された部屋割りの前に少女たちが集まって騒いでいる。
朝莉も人垣の隙間から背伸びして自分の名前を探す。
まるでお城みたいな巨大な別荘内を歩いて自分の部屋を探す。辿り着いたのは8畳ほどの個室で、ツインベッドとテーブル、化粧机にクローゼットの他、ユニットバスとトイレも部屋に備わっていた。
「ふぉぉっ、すごっ!?もうこれホテルじゃん」
思わずベッドに向けてダイブを敢行しながら朝莉は唸る。来訪した少女たちはそれぞれが個室を宛がわれていた。恐らくはどの個室のランクもこことはさほど変わるまい。
山奥の別荘にどれだけ金を賭けているのだろうか。もはや別荘というよりもちょっとしたリゾートホテルというべき施設だった。
扉がノックされ、瑠留亜が顔を出した。
「朝莉~準備できた?ご飯に行こう」
「あ、うん」
部屋の外には瑠留亜の他に、彼女の友人らしき少女たちもいた。彼女たちと連れ立って、庶民感覚からすれば呆れ返るほどの広さの客間に並べられたテーブルに腰を下ろす。
客間に集まった少女たちは二十名程にも及んだ。これだけの少女たちが一堂に会すと相当に喧しい。テーブルに幾つかの輪ができているが、朝莉のように今日が初見の少女もいるらしく、そうした子たちが数人、所在無さげに端の方に一人で座っている。
バスで瑠留亜と仲良くなれて本当に良かった、と彼女たちの輪に混ざりながら朝莉は思う。
暫くして、一際大きい歓声があがった。
声のした方を見やると、和光捷子が客間に姿を見せていた。明らかに朝莉の着ている服とは桁の一桁二桁は違うだろう黒色のワンピースに身を包み、華やかな笑顔を浮かべて挨拶をする捷子はまさにこのサロンの女主人に相応しかった。
時間をかけて長テーブルを一つ一つ回りながら捷子は訪れた客人たちに声をかけていく。
時折、孤立していた少女を見かけると、他の少女たちよりも丁寧に言葉を交わした後で、近くの集団に彼女を紹介してその輪に加えていく。
やがて捷子は朝莉たちの所にも来た。
「朝莉さん。来てくださったのね、嬉しいわ」
「あははは、来ちゃいました」
「もうお友達もたくさんできたみたいですね。素敵ですね」
他愛も無い言葉でも捷子にかけられると嬉しくてつい笑顔が零れてしまう。
「皆さん、こちらの今野朝莉さんは私たちの仲間になったばかりで、今回初めてお泊まり会にも参加してくださったの。みんなで色々と仲良くやりましょうね」
まるで従順な子供のように少女たちは「はい」と返事をした。
何の衒いもなく答える彼女たちに違和感を覚えながらも、気づけば朝莉も他の少女たちと同様に捷子の前に従順さをさらけ出していた。




