4、少女は夜に目覚める(その3)「下校途中の小学生を哲が待ち受ける事案」
聖バルバラ学院は明治の時代にキリスト教伝道者の育成を目的に興された神学校をルーツとするミッションスクールである。
小中高大それぞれの教育課程を抑えたいわゆるエスカレーター式の一貫教育校であり、また学業以外にもスポーツや国際交流、芸術文化活動などにも積極的なのが特徴だ。
東京市荒川区にあるその小等部キャンパス前の路上は、普段ならば下校時間の午後四時を回れば家路に着く児童たちの元気な声で満たされる。
だが、この日は状況が事情が違った。
校門前に不審者がいると誰かが叫び、騒ぎになったのだ。
どこぞの制服姿で待ち伏せている高校生くらいの風体のその男は、ギラついた目で児童たちを睨みつけ、時折時間を気にした様子を見せながらついには女子児童の名前を出してその所在を問い質してきたという。
たちまち学校は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
やれ変質者だ、犯罪者だ、誘拐犯だと自分たちで作り上げた噂話で児童たちは恐怖に怯え、元警官の老守衛は久方ぶりの犯罪の予感に緊張した面持ちで腰の警棒に手を添えて男の様子を窺い、そして教師たちは慌てて児童たちに集団下校を指示しながら若手の男性教諭を中心に臨時の自警団を結成して不審者を排除しようとした。
そんな時ならぬ騒ぎの中で、一人の女子児童が周囲の制止の声も無視して件の不審者にトコトコと歩み寄り、声をかけた。
「……ちょっと哲、あんた何してんのさ」
「君を待ってたんだ。ミヅキさんの居場所に連れてってほしい」
不審者こと哲の返事に森本柚香は盛大なため息をついた後で振り返り、遠巻きに事態を見守っていた教師陣に告げた。
「ごめんなさい、この変なお兄さん、あたしの知り合いの人です。大丈夫ですから通報しないでやってください!」
「本当か森本?おまえとはどういう関係なんだ?」
あからさまに怪訝そうな顔をした担任教師に柚香は悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「あたしの奴隷クンです。ね、哲?」
「はい、敬愛するかわいい柚香ちゃん」
転校早々、傍若無人に振舞う茶髪の小学生と、その少女に奴隷呼ばわりされて即答で肯定した少年とをそれぞれ唖然とした顔で見やった後で、担任教師は怒鳴る。
「おい待て!?どういう事だそれ!説明しろ」
キャーッ、と楽しそうに声をあげて柚香はランドセルを揺らしながら遁走する。
「哲、さっさとズラかるよ!」
ケラケラと笑いながら柚香は哲を促すと、「柚香ちゃん、バイバ~イ」と手を振ってくる同級生に笑顔で手を振り返しながら軽やかに走り去る。
一方の哲にはそんな余裕はない。いつもいつも警察のご厄介になる度に救いの手を差し伸べてくれる蘆屋さんも、たぶんみづき絡みでなければ彼を助けてくれたりはしないだろう。
それほどのリスクを冒してまで、彼が柚香を待ち伏せしていたのには訳があった。
和光捷子との交戦の後で、重傷を負ったまま柚香に連れ去られたみづきと接触できない日々が続いていたのだ。
居場所はわかっている。
ここからさほど遠くない街にある小さな病院に匿われているのを哲は既に見つけていた。だが、彼女を見舞おうと訪れた哲は応対した看護師にそんな患者は入院していないと一度ならず面会を拒まれていた。
学校から程近い公園で、哲は柚香に頼み込んだ。
「ミヅキさんと会いたい。会わせてよ」
少女の反応はつれないものだった。
「はぁ?おミヅが何処にいるかなんて知らないし。自分で探せば?」
「知らない訳ないでしょ。君が連れて行ったんだから」
「しらな~い。知り合いに預けてそれっきりだし」
業を煮やした哲は声を荒げた。
「じゃあ彼女の場所は僕が教えるから取り次いでよ!僕じゃ会わせてくれないんだ」
小学生のくせにマスカラをたっぷり塗した睫毛を瞬いた後で、柚香は呆れ顔を浮かべた。
「あんた、それどうやって調べたのさ?」
「愛の力だよ」
「キモッ!」
一歩引いた後で柚香は複雑そうな顔で告げてきた。
「そんなにあいつに会いたいワケ?てゆーか、そろそろ諦めた方がいくね?こう言っちゃアレだけどおミヅ追いかけても、あいつは絶対にあんたに振り向かないと思うよ?」
哲は揺るがなかった。
「わかってるよ、そんなこと。でも……それでも、好きなんだ。だからもう諦めないって決めたんだよ」
柚香はため息混じりに首を振る。
「……勿体無いなぁ、これがイケメンの台詞だったらチョー健気かっこいいのに」
「ほっといてくれ」
憮然とする哲の肩をポンと叩き、柚香は困ったように口を開く。
「まーそれはそれで楽しめそうだし、いっか。ちょうど今なら面白いことになりそうだし♪」
「……どういう意味?」
訝しむ哲に少女は意地悪げな笑みを浮かべてみせた。
「今日、あいつたぶん昔のオトコと逢ってるし」
哲が聞き返すよりも早く柚香は近くの車道に歩み寄り、通りがかったタクシーを止めた。哲を手招きして車に乗せた後で、柚香はみづきのいる病院名を運転手に告げた。




