3、戦士たちの前夜祭(その6)「園田香月」
園田香月は追い詰められていた。
学校帰り、友人と別れて一人になった直後を見計らったかのように襲撃者に襲われたのだ。
威嚇の意味を込めて放った銃弾は襲撃者の眉を動かす程度の役にも立たず、周章てて召喚した兵士たちは数に倍する敵兵を襲撃者が呼び出した事で一瞬で無力化された。
全ては香月の油断が原因だった。
最近、彼女の仲間が立て続けに何者かの襲撃を受けて消息不明になっているとの連絡が回ってきたばかりだった。
だから香月としても多少の警戒はしていたものの、まさかこうして自分が実際に狙われるなどとは露にも思わず、またたとえ襲われたとしても奇跡の力に目覚めた筈の自分がこうして手もなく追い詰められるなどとは考えてもみなかった。
襲撃者は異形の風体だった。レトロなデザインのセーラー服に三つ編みという白黒映画の登場人物みたいないでたちの少女が、顔色一つ変えずに刀を片手に迫ってくるのだ。
襲撃者の名前は小笠原みづきという。だが、かねてより襲撃の危険性について警告をくれていた香月の庇護者もその名前までは教えてくれなかったから、この時の香月がそれを知る由もなかった。
今の彼女は念じればピストルを作り出し、兵士の幽霊を使役できる選ばれた人間ではない。ただの恐怖に怯える18歳の小娘に戻っていた。怯えるままに、刀を掲げて迫るみづきから逃げ惑うばかりだ。
香月が逃げ込んだのは近くの森林公園だった。そこならば誰か人がいるのではないかと思ったが、あいにく夕闇に包まれた公園は人気が無かった。
香月はパニックに襲われながら周囲を見回す。運動不足の身体はこれ以上の全力疾走に耐えられそうもない。かといってこのままでは背後に迫る襲撃者にやられてしまう。
香月の目に敷地内の小さな建物が飛び込んできた。
公衆トイレだった。
混乱した頭には他に選択の余地は無かった。四つ並んだ個室の一番奥に逃げ込み鍵を掛けた。籠もった臭気が鼻を刺す。
香月は恐怖に堪えながら携帯電話を取り出した。親に助けを求めるべきか。それとも警察を呼んだ方がいいのだろうか。
逡巡が仇となった。
コツコツと足音が響き、トイレに誰かが入ってきた。もう電話はできない。
侵入してきた誰かはゆっくりとした足取りで近づき、入り口から一番近い扉を開けた。ギィ、と音が響いた後ですぐに扉は閉められた。すぐに隣の扉が開かれる。
近づいてくる。
恐怖で頭が真っ白になった。あいつだ。逃げ場は無い。
香月は降ろした便座カバーの上にしゃがみ込み、怯えるように頭を抱えた。彼女の隣の扉が開けられ、すぐにバタンと閉められた。
(見つかる――)
心臓が爆発しそうだ。
ついに彼女の籠もる扉がガタガタと音を立てる。口から漏れそうになる悲鳴を香月は必死に堪えた。
香月はトイレの中で震え続けた。だが、侵入者は鍵のかかった扉から手を離したっきり何の音沙汰も無くなった。
静寂が戻る。
香月は恐る恐る目を開けた。扉の下にある僅かな隙間からは人の足は見えない。諦めたのだろうか。
安堵のため息をつきかけ、ふと視線を感じた。
何気なく香月が見上げた個室の扉越しに、三つ編みの少女が上からこちらを覗いていた。
「あっ、いたいたミヅキさん! やっと追いついた……で、どうだったの?やっつけたの?園田香月は」
公園でようやく見つけた少女の姿に安堵しながら、門倉哲はゼェゼェと荒い息をついた。
小笠原みづきとともに帰宅途中の園田香月を待ち伏せしたまでは良かったものの、その後の戦闘に巻き込まれているうちに逃げる香月とそれを追うみづきの姿を見失ってしまっていた。
ブランコに腰かけるみづきは何かを握っていた。飴だろうか。宝石みたいに光る透明な塊を掌に転がして弄んでいる。
「ミヅキさん?何持っているの?園田香月は?」
「逃げられた」
ぼそりとみづきは答える。
「え?大変だ!追いかけなきゃ!逃げられたのになんで寛いでるのミヅキさん!」
顔色を変えて辺りを窺う哲にみづきは首を振り、告げた。
「アレはもういい。忘れろ」
「でも……」
「それよりこないだ頼んだ調べ物、そちらを優先してもらわなくてはならなくなった。覚えているか?」
みづきの言葉を聞いて哲の心に微かな痛みが走る。依頼された調査を思い出す度に、ホテルでみづきに手ひどくフラれた記憶がセットになって蘇るのだ。
「平和金属……だよね。うん、そこそこには調べておいたよ」
フラれた直後、テレビでその企業に関するニュースが流されていた。
みづきはその会社の調査を哲に依頼していた。てっきりあれは哲を部屋から追い払う為の方便だとばかり思っていたのだが、再会したみづきに調査の進展を尋ねられて彼女が本気で頼んでいたのだと哲は思い知らされていた。
「平和金属。鉄鋼業を主体に現在の会長である和光惣吉の下で飛躍的に発展を遂げている新日本有数の大企業だね。最近ではレアメタルの開発なんかにも力を入れているらしいよ」
「商売の話はいい。こないだ話していた会長の結婚の話を教えてくれ」
「え?うん、いいけど」
和光惣吉が昨年、16歳の花嫁と再婚したという情報をみづきに伝えたのは哲自身だった。
フラれて気まずい空気を取り繕う為にどうでもいい無駄知識を披露しただけなのだったが、みづきがそれに食いつくとは意外だった。
70過ぎの老人が少女と結婚するなどというスキャンダラスな話に興味を示す辺り、みづきも一応は人並みの俗な好奇心を持ち合わせていたのかもしれない。
「えぇと、この和光って爺さんは離婚と死別を合わせて5回も奥さんと別れていて、今回の結婚が6回目らしい。昔は女遊びとか愛人問題とかでもけっこう有名だったらしいけど、あの歳でしかもよりによって孫より若い女の子と再婚したってのは相当周りも驚いたみたいで、週刊誌とかが色々騒いでたみたいだね」
「再婚相手の女の事を教えてくれ」
「えぇと、実はよく分かってないんだよね。ほら、相手は未成年だし和光氏の方でも騒ぎになったから色々とガードしたみたいであまり詳しい情報は表には出ていないんだ」
「和光捷子。名前は判っている。それで調べられるか?難しければ私が自分で調べる」
哲は目を丸くした。
「すごい、なんで知ってるの?ネットでもその子じゃないかって噂で出てるだけなのに」
みづきはニコリともせずに先を促した。
「貴様が知っている事は全部教えてくれ。インターネットの噂でもなんでもいい。できれば彼女が通っている学校の事なども知りたい」
「えぇと、確信は無いけどたぶんそうじゃないかって高校なら目星はつけてるけど……でもミヅキさん、そんな事調べてどうするの?」
少女は面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「知れた事――そいつが次の敵だ」




