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3、戦士たちの前夜祭(その4)「逆ギレ哲とロリビッチ」

「よぉメガネくん♪元気ぃ?」

 背後からそう声をかけられたのは、哲がホテルの自動ドアを潜って覚束ない足取りでフラフラと家路に向かい始めた直後の事だった。

 緩慢な動作で哲は振り返る。

 小学生だろうか。生意気そうな顔をした10歳くらいの少女が腰に両手をあてて道の真ん中で仁王立ちしていた。フリルのミニスカートに肩口まで大きく露出させたニットのセーター。被ったキャップの下の髪は子供のくせに茶色に染められている。

 小学生に知り合いはいない筈なのに、そのタレ目がちの大きな目に何処かで見たような既視感を覚えた。

「……何?てか、誰?」

 一方、声をかけた筈の少女は哲を見てギョッとした顔をした。ギラついていた筈の少女の目が困惑げに瞬かれる。

「へ?ちょっと、あんたなんで泣いてんのさ?」

「ほっといてよ。悪いけど僕、今誰とも会話したくないんだ」

 グスッと鼻から垂れた鼻水を啜りながら哲は歩き出す。

「あ、こら!ちょっと待ってよ!こちとら、せっかくあんたが出てくるのを待ってたんだからそれはないっしょ!?待ってよ!」

 慌てた様子で少女が腕を引っ張ってきた。うざったい。

「あ~もう!なんなんだよ君は!そんな事知らないよ!誰だよ君は!僕は君の事知らないぞ!」

 腕を振り払い、怒鳴った哲の鼻筋に黒い塊が突きつけられた。

「……これで思い出した?言っとくけどオモチャじゃないよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる少女が手にしていたのは、どう考えてもこの国の小学生が所持している筈のない凶器――拳銃だった。

「……君、たしかあの時の」

「思い出してくれた?じゃあ、悪いけどそこの路地でまたフットボールについて熱く語ろうよ、お兄さん」

 柚香は口の端をひん曲げて笑いながら銃口を突きつけて哲を路地裏に押しやった。

 現在時は午後の4時半を少し回ったくらい。夕方とはいえ、まだ勤め人たちの帰宅には早いこの時間帯にはさほど人の目は多くない。

 近くのコインパーキングに哲を連れ込んだ少女はガードレールに座ると、向かい合うようにして哲を立たせた。手には黒光りする銃が握られたままだ。

「さて、痛い目見たくなかったら洗いざらい素直に吐いてもらうよ?まず、おミヅの居場所はあのホテルで間違いない?」

 風邪気味なのか、時折鼻を啜りながら柚香は尋ねてきた。

「寒いならもっとあったかい格好をすればいいのに」

「うるさい!まだ身体が本調子じゃないんだっつーの。てゆーかエロい目で見てんじゃねーよロリコン」

「見てないって。もう女の子はまっぴらだ」

「はぁ??意味わかんない。てゆーかおミヅの居場所!あのホテルなの?」

 恐らく尋問を受けているのだろうが、子供に一生懸命凄まれてもあまり迫力がなかった。

「それを知ってどうするのさ」

「そんなのこないだのお礼参りに決まってるじゃん」

「じゃあ教えない」

 哲の返答に柚香の目が据わる。拳銃が再び向けられる。

「そんなに死にたいの?ま、気持ちはわかるけどさ。あいつの事はもう忘れなよ?元々あんたとウチらじゃ住む世界が違いすぎんだし。ど~せさっきまで思う存分、二人でイチャイチャラブラブしてきたんでしょ?あれはいい夢だったって思って、キレイさっぱり――」

「忘れらんないよ!」

 突然の哲の大声に少女はビクッと体を震わせた。バランスを崩しかけてバタバタとガードレールの上でもがき、ようやく身を戻す。

「こら!声が大きいっつーの……て、なんであんた泣いてんの!?キンモッ」

「うるさいうるさい!」

 哲は号泣していた。

「何が忘れろだよ!僕だってできるなら忘れたいよ!でも忘れられる訳ないじゃん!あんだけ全力でフラれたら一生トラウマだよチクショウ!ミヅキさんと二人でイチャイチャラブラブできてたらこんな所で君となんかいたりしないよ!」

「意味わかんないし!とにかく静かにしてよ!じゃないと射つよ」

 哲はまったく怯まなかった。キッと柚香を睨みつける。

「射てよ!射ってくれよ!もう死にたいんだよこっちは!最悪だよもう」

「えぇ!?なによそれ!」

 そのまま、おいおいと泣き崩れる哲を柚香は唖然とした顔で見つめる。

 近くのビルの螺旋階段から煙草休憩らしきサラリーマンがこちらを面白そうに見下ろしているのに気づき、柚香は困惑げに頭を掻いた。

 すっかり毒気を抜かれた少女はため息を一つつくと、弾みをつけてガードレールから飛び降り、泣き伏す哲の傍にしゃがみ込んだ。

「……ねぇ、メガネ君さぁ。よくわかんないけど、なんか大変そうじゃん。ひょっとしておミヅにフラれたとか??」

 その言葉に哲の身体がビクッと固まり、再びワッと泣き出した。

 なんともいえない表情を浮かべた後で柚香は拳銃を懐にしまい、空いた手で哲の頭を撫でてやる。

「あ~……わかるよ、うん。辛いよね。よしよし」

 途端、哲が抱きついてきた。

「あっ、こら!何ドサクサ紛れに抱きついてんのさ」

「うわぁぁぁん!」

 柚香は困惑した顔でしがみついたまま号泣する少年を引き剥がそうかと思案した後で、結局はそのままにする事に決めた。

「……ったく。三分だけだからな」

 そのままきっかり三分間時計で測った後で、柚香は「はいオシマイ」と哲を押しのけた。

 ようやく顔をあげた哲の涙と鼻水でグショグショになった顔をハンカチで拭ってやった後で、彼女はガシッと彼の肩を抱く。空いてる手の親指と人差し指で輪っかを作り、口の前でクイっと飲む素振りをしてみせた。

「とりあえず、飲みにいっか?」



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