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1、ミヅキさん(その2)「九品学園高校放送部」

 九品くほん学園高校放送部は校内放送による連絡事項の伝達業務の他、各種学校行事の映像による記録や、昼食時に流される正味45分枠の自主制作番組の放映を主な活動内容としている学内公認活動団体である。

 校内アナウンス用の各種機材やお昼の校内放送用のブースの置かれた放送室は校舎の二階にあったが、30人を超える大所帯に対してその間取りは明らかに手狭であり、また各種大型機材の保管スペースも無い事から、放送部は部室棟の広大な一角を彼らの撮影スタジオ兼部室として占拠していた。

 その優遇措置には理由がある。

 彼ら放送部は、校内アナウンスや学校行事の撮影などを任される兼ね合いから教職員や生徒会とのパイプも強く、一介の部活動という立場を超えて九品学園の「マスメディア」として半ば公的な存在として認知されていた。

 その為、広大な部室の他にも一文化部としては異例といえるほどに潤沢な部費や資器材、更には一般生徒以上の優遇措置(といっても、運動会や文化祭の録画ビデオの編集の為に部活の活動時間の融通等が多少利く、といった程度だが)がとられていた。

 猫の額程度の部室に寿司詰めにされて低予算に喘ぐ他の弱小部から半ば羨望と嫉妬の眼差しを向けられるその放送部の部室の一角に、幾つかの机を並べた小島が形成され、ドキュメント班と書かれたプラスチックカードが掲げられている。

 そこに門倉哲の姿もあった。

 放送部員としての哲の役回りはビデオカメラの撮影と編集その他、それに伴う機材全般の取り扱いという所である。 

 もっとも今日の哲はそれらの商売道具を放り投げたまま、ノートパソコンを真剣な表情で睨み続けている。

 たった今、騒々しい「おはようございま~す!」の挨拶を連呼しながら、ドキュメント班の()に女子生徒がやってきたが、哲はおざなりの返事をしたっきり、見向きもしない。

「皆さん事件です!駅前の奥州屋デパートで、来週末に在庫放出超値下げバーゲンやるらしいですよ!?これで一本撮りませんか?題して『実録!仁義なきバーゲンバトルロワイヤル!主婦VS女子高生!九品血の買い物戦争』!」

 やってきたばかりの女子生徒――今野(こんの)朝莉(あさり)は興奮した口調でまくし立てた。

 もっとも、彼女が常にハイテンションで興奮しているのはいつもの事なので、他に3名いるドキュメント班の面々はさほど驚いた様子もなかった。

「却下。それで何を訴えようって言うのよ」

 ドキュメント班副リーダーの八木(やぎ)実花(みか)が呆れ顔で告げるも、朝莉は諦めない。

「物欲にかられた女たちのカルマを赤裸々にするんです!私、体当たり取材しちゃいますよ!ついては取材費の申請をお願いします!」

「却下。あんた、自分がバーゲン行きたいだけでしょ。一人で自腹で行きなさい」

 険もほろろな実花の袖を朝莉は引っ張り、食い下がる。

「え~、先輩も行きましょうよぉ。対象商品が脅威の90%値下げですよぉ?」

「大丈夫なのそれ!?」

「そういや、あのデパート、経営危ないらしいな」

 ドキュメント班リーダーの田原(たはら)誠司(せいじ)がボソッと口を挟んだ。

「ね~、哲先輩も行きましょうよぉ。女の戦いに挑む私の勇姿をあの舐め回すようなねちこいカメラワークで撮っちゃってください。あ、ついでに映像得点として私の奥州屋コレクション・スプリングを最後に撮っちゃいましょう!……って、哲先パ~イ?お~い、聞いてますか~?」

 目の前で手を振られ、ようやく今気づいたといった様子で哲は顔を上げた。

「あ、今野ぉ、お茶」

「ちょ、先輩!私ゃお茶汲みじゃないっつーの!ドキュメント班に咲いた一輪の花、放送部期待のニューフェイス今野朝莉っスよ!」

 ぶちキレる朝莉に誠司も自分のマグカップを差し出した。

「あ~今野、俺にも淹れてくれ」

「田原先輩まで?くぅぅ、日本の部活動はこういう所が全時代的でダメダメです!年功序列っていうか男尊女卑っていうか」

 ブチブチ文句を言いながらぞんざいな配合で急須にお茶っ葉を放り込んだ朝莉は、それでも部室にいる全員分のカップにお茶を注いで回った。

「……んで、先輩はさっきから何をそんなにパソコンと睨めっこしてるんですか?すごいエロエロな桃色サイトでも見つけちゃいました?」

 哲の机にお茶を置きながら朝莉は横合いからパソコンを覗き込み、「ひぃっ!?」と悲鳴を洩らした。

 哲が開いていたのは黒い背景色をベースに白字やら赤字やらのお化け文字が躍る、おどろおどろしい雰囲気のサイトだった。

「怖っ!?何これ!?何故に心霊サイト?八木先輩~、この人なんかヤバいサイト閲覧してるんですけど!?」

 部活開始早々、オカルトサイトを食い入るように閲覧する先輩の精神状態を朝莉は半ば本気で心配した。

 そんな後輩を完全に無視して、哲は真顔のまま次々にキーワードを打ち込んではサイト検索を続け、時折、気になった頁を見つけてはプリントアウトまでしている。

 朝莉が哲の机の上に視線を転じれば、そこは既に関東一円の心霊スポットやら都市伝説やらの資料で溢れ返っている。

「て、哲先輩~?お~い、ついにとち狂っちゃいましたか~?もしも~し?」

「これも違う……これは、似てるけど場所が違う。或いは噂が伝播して融合したのかな」

「先輩ってば!?ブツブツと怖いっスよマジで!誰か~!黄色い救急車呼んで下さい!」

 ガクガクと哲の肩を揺らしながら朝莉が叫ぶ。ようやく哲もパソコンから視線を外し、迷惑そうに顔をしかめてその手を振り払った。

「あ~、もう!うるさいなぁ!今、資料集めをしてるんだから邪魔しないでよ」

「資料集め??オカルトサイトで??え~!?次の企画、心霊ものですか!?ムリムリ、私そっち系ダメなんです!今どき怪奇特集は流行りませんぜ先輩!田原先輩もそんな企画、とっととうっちゃらかしてください」

 必死に説得する朝莉に、誠司が声をかける。

「別に俺もそんな企画をまだ通したつもりはないよ。でも、自主的に調べ物くらいはしたっていいだろ。今のところ俺たちは手空きで何かネタがある訳じゃないんだし。それに、俺も噂は聞いたしな」

「噂?なんのですか?」

「バレー部の二年の女子が階段からこけて入院したのは知ってるだろ?そいつがな、実は見たんだってよ(・・・・・・)

 朝莉は嫌そうに顔を強張らせた。

「な、なにをですかな?」

「幽霊だよ。三つ編みでセーラー服にモンペ履いた女学生の幽霊」

「ギャーッ!?そそそそんなバカなベタな前時代的な!!演劇部の衣装かなにかを見間違えたんですよきっと」

「演劇部の次回作は時代劇だったぞ。……まぁ、俺も今回の話が本物かどうかは疑ってるクチだけどな。うちの学校には定期的にその手のお化けが出てくるんだよ。俺が一年の時にも一度流行ったしな」

 誠司は苦笑しながら告げる。

「えぇ!?うちの学校って出るんですか?聞いてないですよぉ。入学案内にはそんな事一言も書いてませんでしたよ」

「どこの世界に『本校ではお化けが出ます』なんて書かれた入学案内があるのよ。よくある学校の怪談って奴よ。知らないの?ハヅキさんの話」

 実花が呆れたように言ってきた。

「ハヅキさん??それが我が校のお化けさんの名前ですか?ちなみにどんな話っスか?怖さ控えめでお願いします」

 ビビリなくせに好奇心は人一倍強い朝莉は恐る恐る、といった面持ちで尋ねた。

「昔――戦後すぐの頃の話なんだけどね」

 朝莉の問いかけに答えたのは哲だった。

「ヒィッ!?いきなり語り出さないでください先輩!変態かと思いました」

 予想外の方向から始まった怪談話に朝莉が金切り声をあげる。

 ゆっくりとモニターから上げられた哲の顔には表情は窺えず、ただパソコンの光を反射した眼鏡越しに青白い目がそっと朝莉を見上げていた。


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