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2、月を狩る少女(その14)「動き出した者たち」

 どうやら警察の追跡は何とか撒く事ができたようだ。

 乃木誠一郎はそっと安堵のため息を零し、運転席のシートに深々ともたれかかる。ハンドルを握る手が汗で湿っていた。

 何の変哲もない小型車を駆使して追い縋るパトカーの群れとカーチェイス。二度と味わいたくない類の経験だった。

 彼の車を包囲して十重二十重に迫り来る警察の包囲網を突破できたのは、別段彼が凄腕のドライバーだったからでは決してない。

 幾分かの幸運と交通法規無視、それに電子戦能力と後方司令部の指令・管制能力の差で薄氷を踏むような勝利を収めたに過ぎない。

 ともあれ、この車はもうダメだ。ナンバーを抑えられている。

 「質素倹約、贅沢は敵だ」を合い言葉に、厳しい予算でやりくりを迫られている中で、貴重な車を廃車にせざるを得ないもなれば、上の連中は目くじらを立てて怒り狂うかもしれない。今の彼らは気軽にカーディーラーの下に行けば新しい車を売ってもらえるような立場ではなかった。

「ね~、誠一郎?寒いんだけど暖房強くしていい?」

 乃木の苦悩を全く察した様子もなく、助手席の少女が能天気な声をあげてエアコンのスイッチを目一杯捻る。

 ゴォゴォと派手な音を立てて、その割には弱々しい熱風が噴き出す。乃木は送風口に触れて自分に降りかかる風をシャットアウトした。

「無茶するからだ。おまえと小笠原がやり合ってるのを見て肝が冷えたぞ」

 乃木の言葉に森本柚香は不満げに頬を膨らませた。

「だってしゃーないじゃん。あたしがせっかく平和的に交渉してやったのに、おミヅのバカたれが本気で仕掛けてきたんだし。おかげで残機1機減っちゃったし、マジ最悪。ありえないんですけど」

「――高槻を殺そうとしてたというのは本当か?」

「美蘭の家までわざわざ確かめて待ち伏せしてたしね、あいつら。久那守ご一門のお姫様は雑種が嫌なんだってさ。あたしが止めなきゃおミヅのバカ、マジで()る気だったよ。軍刀構えて問答無用だもん」

 呆れたような口調で柚香は告げる。乃木は車線を変えながら交通量の少ない道をなるべく選んで車を走らせる。

「雑種か」

 乃木は呟いた。

「ちなみに班長殿は美蘭のことどう思うの?ああいう子、やっぱり気にするの?」

 半ばパーカーに埋もれるようなサイズに縮んだ少女が尋ねてきた。

 乃木は迷う事なく答える。

「勿論どうもこうもないさ。俺は雇われコックみたいなもんだ。オーナーから与えられたものをどうこう言える立場じゃないし、それに加工済みのチキンが貰えるなら手間が省けて楽ができる」

「ブロイラーだろうが地鶏だろうが、チキンカレー作れればそれでいいって事?まぁ班長殿はお客にカレー出せれば満足だもんね」

「たまに鳥肉渡されてビーフカレーを作れと言われるけどな」

 自虐めいた乃木の言葉に二人は笑い合った。

「んで、小屋から逃げ出した雌鳥はどうするの?ほっといたらあちこちでヒヨコつついて殺しちゃうよ?」

 柚香の問いかけに乃木は暫く考え込んだ後で答える。

「いずれ気が済んだら戻ってくるだろう。小笠原は俺たちを裏切る奴ではない」

「あたしは殺されたけどね。マジ痛かったし」

 恨めしげな柚香の言葉に乃木は苦笑いを浮かべた。一気に年齢を5歳ほど下げてしまった彼女を見たら友人たちはどんな反応を示すだろうか。

「他の奴らも驚くだろうな。どうだ?身体の何処かに無理はかかってないか?」

「思ったよりは余裕。銃も弾もいつもどおり出せたし、中の方はそんなに変わらないみたい。ただ、せっかく鍛えてたのにフィジカルは全部リセットされちゃったからちょっとヤバいかもしんない」

「しばらくは荒仕事は外してやる。その代わり暫くはPT三昧にしてやる」

 乃木の言葉の前半に柚香は歓喜を、そして後半にはブーイングをそれぞれ叫んだ。

「他には異状はないか?あったら早めに言ってくれ。正直、おまえに何かあったらうちは大幅な戦力ダウンだ」

 その言葉に柚香は深刻な表情を浮かべた。

「あるよ。異状ありまくり」

「なんだと?どうした」

「おっぱい無くなっちゃった」

 胸の辺りを触りながら涙目で訴える少女を乃木は意図的に無視した。

 信号が赤になり、乃木はブレーキを踏んで車を止める。

 束の間の沈黙の後で、乃木は口を開く。

「さっきの話だが」

 彼は右手にある食肉加工工場へと目を向けていた。

「帰ったらそのブロイラー工場を当たってみよう。いずれ俺たちとも敵対するかもしれん」

「ねぇ誠一郎、その前にどっかで飯食って帰ろうよ。なんかカレーの話してたらチョーお腹減ったし」

 一方、少女は左手にあるカレーチェーン店を指差していた。


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