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2、月を狩る少女(その13)「リスタート!リスタート!」

兵士たちがたった一人の少女に群がり、襲いかかっている。


「ちょっと、ミヅキさん!止めてよ!あの子、降参してるのに!」

 哲が慌てて叫んだが、みづきは視線を柚香に固定したまま告げる。

「油断するな!あのアバズレはしたたかで狡猾だ。完全に倒さねば手痛いしっぺ返しをくらうぞ!」

「で、でも……!?」

 耳を覆いたくなる断末魔の叫びが途絶えた。

 地に倒れた柚香の姿は兵士たちに遮られて哲の位置からではよく見えない。

いや、その方がよかったのかもしれない。周囲に飛び散った鮮血や、力なく地面に投げ出された彼女の血まみれの右腕を見れば、彼女がどんな状況にあるのかは想像がつく。

「……こ……殺しちゃった」

 哲は呆然と呟いた。

 目の前で人が死んだ。殺したのはあの兵士の亡霊たちだが、それをやらせたのは間違いなくみづきだ。

 哲は精神のバランスの崩れた目でみづきを見やり、喚く。

「なんで殺したんだよ!知り合いなんでしょ!?」

「どうせいずれまた生えてくる」

「何言ってるんだよ!そんな訳ないだろ!これ、殺人だよ!?やっぱり君、頭おかしいよ!」

 哲は詰め寄り、みづきの襟首を掴んだ。

 抗えず引き寄せられたみづきが苦しそうな声を洩らす。哲はハッと我に返る。

「ご、ごめん!君も怪我してたんだ……待ってて、すぐ救急車呼ぶから……あれ、警察の方がいいのかな」

 混乱しながら哲はポケットの携帯電話を取り出す。動揺している所為か、ポロリと落としてしまい慌てて手を伸ばして拾い上げる。

 ふと、顔を上げて違和感を覚えた。

 道端に転がっていた筈の少女の遺体が見当たらない。

 まさかこの狭い路上でその位置を見失った訳ではない。現に、彼女の身に着けていた衣服は先ほどと同じ位置に、まるで柚香の抜け殻のごとく人型をとって残されている。着衣だけを置き去りにして、彼女の身体だけが忽然と消え去っていたのだ。

 戸惑うように周囲を窺っていた日本兵たちが一斉に路地の向こうを振り返り、歩兵銃を構えた。

 つられて見やった彼らの視線の先、数十メートルの距離に誰かがいた。哲は手の中の携帯を再び取り落とした。

「ちょ、マジ……えぇっ!?」

 少女だった。

 性別で言うならばそれには違いない。顔立ちはたった今哲の目の前で惨殺された柚香に似てない事もない。むしろ面影は充分すぎる程にある。

 だが少女の髪は柚香みたいに染め上げられてはおらず黒のままで、顔立ちもどこか幼くあどけないし、体つきも柚香より一回り以上小柄で華奢で発育も良くない。

 数十メートル離れた距離を隔ててもなお、そこまで識別するのは容易だった。少女は生まれたままの姿を曝して仁王立ちしていたからだ。

 哲の脳内に様々な思いが過ぎったが、それを口にする時間はなかった。一糸纏わぬ姿のまま、少女が肩から提げたゴツい見かけの銃をこちらに向けていたからだ。それがPKM――旧ソ連製の7.62ミリ口径機関銃に酷似している事など、銃に疎い哲は知る由も無い。

「っざけんなコラ!アッタマきた!」

 怒号と共に無数の火弾が迫ってくる。

 その威力は先のマシンピストルの比ではなかった。

 応戦しようと身構えた兵士たちが次々と薙ぎ倒された。兵士の一人がみづきを庇い、蜂の巣になる。哲は絶叫をあげながら尻を向けて蹲る。

 背中にもの凄い衝撃が走って哲は吹っ飛ばされる。

 射たれた、もうダメだ――哲はうつ伏せのまま大の字に横たわっていたが、いつまで経っても死は彼の下に訪れなかった。

 ふと振り返るとグチャグチャに裂けたリュックが千切れそうになりながら背中にぶら下がっていた。銃弾をリュックとその中身が防いでくれたのだ。リュックの残骸を肩から外して中を覗く。銃弾の貫通したノートには穴が空き、私物のカメラは大破していた。

 銃弾の嵐は止んでいた。

 その場にあって立っていられた者は暴虐の限りを尽くした少女一人だった。

 みづきの召喚した兵士たちはその全てが地に打ち倒され、次々に身体を保てなくなり消滅していく。みづきも銃を腹部に受け、血溜まりの中で蹲っていた。

「馬鹿な…即時同地点での現界だと……」

 血を吐き出しながらみづきが呻く。

 機関銃を抛り捨てゆっくりと近づいてきた少女が、こればかりは柚香と同じ顔で口許を歪めてせせら笑う。

「ふん、悪いなハトコさんよ。あたしゃハヅキちゃんのお気に入りなんだよ」

 そのまま動けぬみづきに蹴りを入れる少女に慌てて哲は怒鳴った。

「ちょ、ちょっと君!やめてよ、ミヅキさん死んじゃうよ!」

 途端、少女が思いきり睨んできた。

「あぁ!?死ぬも何も、あたしゃこいつに一回殺されたんだ!文句言われる筋合いはあるめぇよ?」

「ひぃ、ごめんなさい!」

 年下の少女に凄まれて哲はビビりまくりながらも、彼女の顔を見やってそっと尋ねる。

「てか、君やっぱりさっきのビッチの子なの?だよね?絶対そうだよね?なんで生き返ってんのさ!さっき君死んだじゃん!あとなんで幼くなってるの!服着た方がいいよ丸見えだよ?」

「誰がビッチだコラ」

 返答代わりに膝蹴りが飛んできた。小さいくせに的確に急所を打ち抜いてくる。股間にクリーンヒットを受けて哲はダウンを喫した。

「てか何あんたガン見してんのさ?マジキモいロリコンかよ!通報すんぞ」

「あいた!ちょ、やめて!あひぃっ」

 倒れたところを更に追い討ちでボッスボッス蹴られて哲は悲鳴をあげた。

 みづきが動いたのはその時だった。力の入らぬ身体を震わしながら、最後の力で右腕を動かす。その手には拳銃が握られている。

 嘲るように鼻で笑った少女が勝者の余裕をもって自らも拳銃を抜こうとして、驚いたようにみづきを見やる。 

 みづきが銃口を突きつけたのは少女ではなく自分のこめかみだった。乾いた音と共にみづきの頭が弾かれる。かけていた眼鏡が外れて転がった。

「ミヅキさん!?」

 哲は絶叫した。

 瞳孔の開いた目を見開き、みづきの死に顔が虚空を睨んでいる。 

「ミヅキさん!ウソだろ!死なないでよミヅキさん!?」

 哲は慌てて彼女に駆け寄りその身を起こす。

 力なく首がぐるりと回り、ぽっかりとこめかみに空いた弾痕が見えた。

 放心したように哲はガックリと膝をつき――次の瞬間、抱えていたみづきの身体が突如消失した事に悲鳴をあげた。

「うわっ!?ミヅキさん、消えた!?」

 近くにいた少女が毒々しい舌打ちをした。

 近くの塀まで下がった彼女が手を振るった瞬間、その前方に巨大な壁が現れた。

 何かの金属製の巨大な一枚板。

 その金属板に何かが当たってガァンと盛大な音を立てる。板の中央付近に一発の銃弾がめり込んでいた。

「……おミヅ、またあんた人の技パクりやがったっしょ!著作権料払えよ!」

 板の陰から少女が飛び出し、手に持った拳銃を射った。

 驚いた事に、いつの間にやら彼女は素肌の上からボディースーツらしきものを纏っていた。

 弾丸が、近くの民家の屋根に着弾する。そこにいたらしき誰かが屋根の向こうに身を隠してそれを回避する。真っ白な裸身が一瞬見えた。

 みづきだ。眼鏡もかけてないし、三つ編みも解けてるけれども間違いない。スコープの付いた三八式歩兵銃を突き出して尚も射撃を加えた後で、柄のついた何かを投げ込んでくる。

「ちょっ、あんたカレシまで殺す気かよ!?」

 叫びながら少女が全力疾走で哲目がけて駆け寄ってきた。そのままジャンピング・ネックブリーカー・ドロップの要領で哲の首に腕を巻きつけて跳んだ。

「ぐぇっ!?」

 頚椎を破壊されるかと思った。アスファルトに打ちつけた背中が痛い。けれども、あのままさっきの場所に棒立ちして手榴弾の爆風にズタズタにされるよりはマシだったかもしれない。

「上等!」

 哲を人間の盾にしながら少女が何かをズルリと引っ張り出してきた。

 機関銃だ。またさっきの機関銃を持ち出してきた。

 屋根の向こうでみづきも何かを構えている。随分と重量のありそうな脚付きの機関銃で、銃口は迷わず後方の少女に向けられている。射線上にいる哲の姿はとりあえず目に入っていないらしい。

 徐々にインフレしつつある兵器で少女たちが殺し合いを再開しようとしたその矢先――。

「そこまでだ!射ちかたやめ!」

 路地に男の声で号令が響いた。少女が声のする方を見やり、不満げな声を洩らした。

「ちょっとぉ?今チョーいいところなんだけど」

「だからやめろと言ってる。この辺りを焼け野原にする気か」

 現れたのは、先程見かけたスーツの男である。男はみづきにも視線を向け、声を張り上げた。

「小笠原、おまえもだ!銃を下ろせ!間もなく警察も殺到するぞ」

 みづきが民家の屋根から困惑げな顔を僅かに覗かせた。

 少女がため息をつく。

「あ~あ、一気に白けた。誠一郎ってば、水さすわ~」

 構えていた銃を下ろし、みづきにも声をかけた。

「やめやめ、おミヅ、やめようや?あんたとやり合ってたら今日ここで七周終わっちゃうわ。アホらしい」

 返事の代わりにみづきも銃を引っ込めた。どうやら停戦協定が成立したらしい。

 少女が近くに落ちていた柚香の服に歩み寄ると、「やっべ、ずり下がる」とぶつぶつ文句を言いながらサイズの合わないそれを纏い始める。

「見てんじゃねーよ!通報するぞコラ」

 怒られて哲は慌てて背中を向ける。ちょうど屋根の上から顔だけ出したみづきが手招きしていた。

「……服」

「は?」

「私の服。貴様、取ってこい」

 みづき指差す方向には彼女のジャージが打ち捨てられたままになっていた。銃撃で孔だらけになったそれを拾い上げ、哲は呆れ顔を作った。

「これ着るの?ボロボロだよ」

「貴様、私に裸でホテルに戻れと言うのか」

 みづきが半眼で睨んでくる。

「え、いや、その……例の鎧出して着たら?あっちの子みたいに。できるでしょ?」

「私をあんな変態と一緒にするな」

「おいこら!今なんつった!?」

 地獄耳の少女が怒鳴ってきた。

「う~ん、たしかにマニアックだったけどそれはそれで有りだと思うな、裸アーマー……ごめんなさい、冗談ですから銃を下ろしてください」

 向けられた銃の恐怖に怯えながら哲は両手を上げた。

「よし、服をそこに置いたら貴様は向こうの壁に両手をつけ。振り向いたら斬る」

 仲間の筈なのに捕虜みたいな待遇を味わったその時、クラクションの音がした。

 運転席の窓が開き、先程の男が顔を覗かせた。

「君たちも急げ!既に警察がそこまで来てるぞ」

 言うなり男は車を急発進させた。反対側の窓が開き、助手席からダブダブのパーカーに身を包んだ少女が身を乗り出して叫んでくる。

「今日のところはこの辺で勘弁してやっからな!覚えてろよおミヅ!バ~カバ~カ!」

「ったく、子供かあいつは……いや、今は子供に戻っていたか」

 一人で妙に納得しながら、ジャージ姿のみづきがそれを目で追った。いつもの眼鏡がなく、三つ編みもない彼女はまるで別人みたいに見える。彼女も若干若返って見えるのは気のせいだろうか。

「……ねえミヅキさん。色々聞きたい事があるんだけど」

「後にしろ。警察が来るから貴様は走って逃げろ」

 みづきに背中を押された。自転車に乗った警官がこちらに向けて全力で近づいてくるのが見えた。

「ミヅキさんも逃げようよ」

「私は見つからぬ。早く行け」

 小さくクシュンとくしゃみをしたみづきの横をすり抜けて、警官が向かってきた。

「うわ、そんなぁ!」

 哲は遁走にかかる。

 だが、文化系部活動に籍を置くひ弱な少年が警官の追撃をかわしきれる筈もなく、あえなく確保された哲は近くの警察署で人生二度目の事情聴取となった。

 今回も助けてくれたのは、例の蘆屋千沙都だった。

 おかげで哲が法的責任に問われる事はなかったが、全くの無傷では済まなかった。

迎えに来た両親から小遣いの減額30%と一週間の外出禁止令を申し渡されたのだった。



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