2、月を狩る少女(その12)「森本柚香」
救いを求めるように駆け寄ってきた美蘭を抱き寄せて頭を撫でた後で、ギャルは告げる。
「お蘭、お疲れちゃん。後はあたしが適当にやっておくからさっさと帰んなよ。ちゃんと後でマッサージしときなよ?」
「で、でも……」
美蘭は怯えた顔でみづきを見やる。その銃口はまだ彼女たちに向けられたままだ。
ギャルが楽しそうに笑う。
「ん~、たぶん大丈夫っしょ。もしなんかしてきたらあたしがなんとかするし、それにあっちの眼鏡ジャージも一応あんたの先輩だし。悪いようにはしないって。なぁ?」
まるで自分に向けられた銃など目に入らないかのようにヘラヘラと口許を歪めて、彼女はみづきを見返す。
「それにあいつとは色々と積もる話もあるしね。先輩同士の内緒話は耳塞ぐのがいい後輩ってもんっしょ?オッケェ?」
「は、はい」
蒼ざめた顔で美蘭はギャルに一礼すると、倒れた自転車を起こして何度もみづきの方を怯えたように見やりながら走り去る。
みづきはその間、眉一つ動かさなかった。
挑発的な笑みを浮かべたまま、ギャルが声をかけてくる。
「よぉ、おミヅ。久々じゃん?あんた、今回はこっちに来てたんだ?」
みづきは構えた銃口を外さず、口だけを動かした。
「還ってきたのは一月ほど前だ。貴様こそこの東京で何をしている?」
「え~?何って、仕事に決まってるじゃん」
それからギャルは哲を見やって指差す。
「あれ?あんた、さっきの覗きのお兄さんじゃん?」
「ちょ、人聞きの悪い!事実無根だよ!」
哲は慌てて否定した。横目でみづきが睨んでくるのがわかった。
「え~マジ?お兄さんのカノジョっておミヅかよ!チョーウケる!え?え?あんたらマジでつきあってるの?マジで?」
「…待て、貴様なにか盛大に勘違いしてないか?それこそ事実無根だ。ありえん」
「え~?照れない照れない、隠さなくたっていいってぇ~♪意外とお似合いよん?眼鏡カップル――おわっと!?あぶなっ!」
みづきが発砲していた。銃弾はギャルの横を掠めて後ろの電柱に当たる。
「え、えぇと?知り合いなの?ミヅキさん?」
「腐れ縁の古馴染みだ」
「へぇ~」
哲はみづきとギャルを交互に見やった。三つ編みに眼鏡の女学生と茶髪にヘソ出しのギャル。あまり接点はなさそうな組み合わせだった。
ジロジロと無遠慮な視線を送ってると、ギャルが困惑したように手でパーカーの前を合わせて口を尖らせた。
「ねぇおミヅ、あんたのカレシ、あたしのことエロい目で見てくるんだけど?」
「ち、違っ!見てないよ!エロい目でなんて見てないよ!?」
必死に弁解したが、みづきには信じてもらえず冷たい侮蔑の目で睨まれた。
「自業自得だ馬鹿者。そんな娼婦みたいな格好をしておいて何を今さらホザくか」
「ハッ、そんな芋ジャージ着てる奴に言われたかないんですけどぉ?まぁいいや」
ケラケラと楽しそうに声を上げて笑った後で、彼女は笑顔を貼り付けたままみづきを見やる。その目だけが鋭くギラつき、まるで笑っていない。
「……んで?一ヶ月も前に目覚めたのに出頭もしないで、あんた何やってんのさ?」
「特務だ」
「そんな特務、聞いてないし。自分のゲンタイ差し置いて何処のどいつがあんたに命令出すっていうのさ?チョーウケるんですけど」
「ユズ、これは貴様ら外様には関係のない、我が眷族の正統性の問題だ」
「ぷっ、何それ犬じゃあるまいし。それともハヅキちゃん、どこぞの馬の骨と浮気しちゃった?」
みづきの目が細められた。
「貴様の下衆な貞操概念でクナモリハヅキを語るな、アバズレが」
「はあ?あたしの何処がビッチよ?どうよ、そこのメガネ男子?」
「え、うん。全体的にビッチぽいと思います」
女同士の舌戦に僕を巻き込まないでくれ、と思いつつ哲は正直に答えた。ギャル女は不服げに口を尖らせた。
「言ってくれるじゃん……まぁいいや、それよりも聞きたいんだけどさ。リスタートしてんのにフクタイする気はゼロ。おまけに目下のところ独断専行で勝手働き。挙句の果てにうちが目ぇつけてるルーキーまで手にかけようたぁ随分な了見じゃん?」
「アレは尋常の感染者ではない。何か悪意の介在した発現をしている」
みづきの言葉に、ギャル女は笑みを消した。
「まぁね。いくらなんでも発症から今日までの進行が今までにないほどヤバい。いくら第五症例たっていきなり兵隊を従わせてるし、他の症状も見せているしね。とりま今すぐうちらの指揮下に置かなきゃ暴走されたら厄介なんだよね~」
「わかっているなら何故放置した」
「おミヅ、あんたさぁ――あいつの呪いは悪い呪いでうちらの呪いはキレイな呪いとかいいたいワケ?別にいいじゃん、ハヅキちゃんの呪いだろうが他の何かだろうがお偉いさんたちにしてみりゃ別にどうでもいい事っしょ?むしろ、短期間で呪いが強化されるなら喜ぶんじゃね?」
「飼い慣らされたか、森本柚香!」
柚香と呼ばれた少女は呆れたように肩を竦める。
「それ、あんたが言うワケ?未来の戦友を殺そうとしておいて?」
「アレは戦友ではない。我ら同胞とは似て非なる異物だ」
「だから、殺すって?あ~ヤダヤダ、選民思想の本家御一門様はこれだから」
大袈裟に手を広げ、柚香は首を振る。
フーッ、と盛大に溜め息を洩らした後で、こってりと盛られたマスカラの下からみづきを見やる。
「……て事は、今回のあんたはうちらの敵ってワケ?」
その問いかけにみづきは眉一つ動かさず答えた。
「私の邪魔をするなら、この引き金を引く事に躊躇はしない」
両手を広げたままで柚香が満面の笑みを浮かべた。
突き出た犬歯がまるで牙のようだ。
「上等」
言うなり、柚香は腕を振るう。同時にその手に握られた拳銃から撒き散らされる銃弾がみづきを襲った。
マシンピストル。通常の拳銃と異なり、引き金を引き続けている間中、銃弾が自動で撃発され続けて連射される拳銃の一形態であり、乱暴な言い方をすれば、掌サイズの機関銃と考えればよい。
勿論、他の連射可能な兵器と同様に、この拳銃は火力や制圧力の高さと引き換えに射撃の精密性は著しく低い。元より銃身の短い拳銃で連射の反動に耐えうるなど不可能に近い。
この時の柚香の射撃も、その大半が流れ弾となり虚空に消え去る無駄弾となった。
だが、銃を突きつけられた圧倒的に不利な状況下での反撃ならば、その内の一発でも命中すればよし、当たらずとも至短時間に銃弾の雨に襲われた相手が怯めば、柚香にとっては好都合だった。
そして至近距離でばら撒かれた銃弾の内の二発がみづきを捉えていた。
両の足に一発ずつ銃弾を受け、みづきは倒れる。
だが、彼女も柚香の発砲を察知するや引き金を引いていた。一発、二発。
射撃中に足を射ち抜かれた所為で、命中したのは一発だけだった。
だがその一撃は過たず柚香の胸を射ち、彼女は弾き倒される。
一瞬の内に交わされた銃撃戦に、哲は全く反応できなかった。柚香のマシンピストルの連射がみづきのすぐ傍にいた彼に当たらなかったのは僥倖以外の何物でもない。
二人の少女が同時に倒れる。
哲は慌ててみづきに駆け寄り抱き起こす。血が滲んでいた。
「ミヅキさん!?」
みづきは苦悶に顔を歪めながらも、哲を慌てて突き飛ばした。
「どけ!」
そのまま、再び柚香に狙いを定めようとみづきは銃を構え――それより先に飛来した銃弾で右腕を射ち抜かれて銃を取り落とす。
「イェ~イ、あたしの勝ちぃ♪」
地面にぺたりと腰を下ろして民家の塀にもたれたまま、銃口から硝煙の立ち昇るリボルバー(いつの間に持ち替えたのだろう?)を片手に柚香がいやらしい笑みを浮かべていた。
「いったぁ~、やっぱ当たったら痛いもんは痛いな」
顔を顰めてぼやきながら柚香は立ち上がり――彼女はいつの間にか胴部にゴツいボディーアーマーを纏っていた――ゆっくりと近づくとみづきの拳銃を蹴り飛ばす。近くで蒼ざめている哲など歯牙にもかけなかった。
「ま、とりあえず救急車は呼んでやんよ。あんたを連れ戻すのはその後にしてあげる」
「要らぬ」
痛みを堪えて蹲りながらみづきは唸る。
「捕虜がワガママぬかすなっつーの。そろそろ人の目もヤバいしさ、おまわり来る前にとっとと……って、おい!?ふざけんな!こんな所で……!?」
近隣の民家の様子を気にしていた柚香が声を荒げた。
みづきの背後に、例の日本兵たちが現出していた。
「おミヅ!あんた正気かコラぁ!?」
怒鳴りながら柚香は迫り来る兵士たちに向けて銃を射つ。
先頭の数人が倒れる。
だが現れた兵士の数は十を越えていた。
後退しながら柚香は拳銃を放り投げ、ミニスカートの中からえらく古めかしい自動小銃を引っ張り出してきた。即座に乱射する。
掃射を食らった兵士たちがバタバタと倒れ、それでもその戦友たちの体を乗り越えて亡霊たちは吶喊を続ける。
不意に、小銃の射撃が止まった。柚香が舌打ちする。薬室から抽筒された空薬莢が尾筒内でスライドに挟まり、弾詰まりを起こしていた。
柚香は弾倉を叩き、棹桿を引き直して詰まった薬莢を取り除いた。その僅か一瞬の空隙をついて日本兵たちが殺到する。
銃剣が煌き、柚香の肩口が切られた。別の兵士の一撃を避けきれず、柚香は剥き出しの太腿を刺される。悲鳴をあげて倒れた柚香が金切り声をあげる。
「わかった――私の負け!……おミヅ!?降参だってば!?」
兵士たちは止まらない。倒れた少女に群がり、銃を叩きつけ、剣を刺す。柚香の絶叫が路地に響き渡った。




