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2、月を狩る少女(その9)「哲のサッカー観戦」

 30分の後、孝修舎中学のフェンスの外に哲とみづきの姿はあった。

 哲の予想はビンゴだった。

 辿り着いた彼らがフェンスの外から覗いたグラウンドでは隣町の中学を迎えて行なわれる女子サッカーの練習試合が今まさに行なわれようとしており、少女たちが試合前のウォーミングアップに汗を流していた。その中に彼らの目当ての少女もいた。

「――いた。あいつだ、あの六番だ」

 6番のビブスをつけた少女をみづきが指差す。

「急いで中に入るぞ。もう少し近くで見たい」

「待ってよ、ミヅキさん!僕入れないよ!ここ女子校だし」

「だったらここで見ていろ。私が忍び込む」

「あっ!ミヅキさん!ちょっと」

 おろおろと立ち尽くす哲を尻目にみづきは非情にも彼を置き去りにしていった。

 ついていく訳にもいかなかった。警備員が不審者に目を光らせている孝修舎中学の正門を、この学校にまったく無関係な男子高校生が通れる筈もない。

 諦めて哲はフェンス越しにグラウンドを眺めた。手持ち無沙汰の彼には他にやる事がない。

 正直、サッカーにはまったく興味はなかったが、たまにはこうやって休みの日に若く溌剌とした少女たちの健康的な太腿を眺めるのも悪くはない。

 背負ってきたバッグにはビデオカメラも入っていたから撮影もしたいところだが、ここでそんな物を回せばたちまち不審者として通報されかねないので断念した。

 幸い哲の他にも数人の大人たちがフェンス越しに試合を見学していたから哲だけが怪しまれる事はなさそうだ。

 真剣な顔で見守っていれば、ただのサッカー好きの少年で誤魔化せられるかもしれない。

「お兄さん何してんの?覗き?通報してあげよっか?」

 誤魔化せられなかった。

 ブッと噴き出し、必要以上に「ち、違う!違うよ?」と取り乱しながら哲は声をかけてきた相手を怯えた目で見やる。

 ギャルだった。

 歳は哲と同じくらいだろうか。

 派手なメイクに秋栗のごとく見事な茶色に染まったショートカット。デニムのミニスカートに臍の見えたチューブトップ。羽織った白いパーカーの内側に手を突っ込みながら、クチャクチャとガムを噛みながらこちらを見やっている。

 哲は狼狽した。

 元々、女性と接するのは苦手だが、ギャルはトラウマレベルでダメである。学校のどのクラスにも一定数いるこの手の連中には罵倒と侮蔑と嘲笑以外された事がない。

「な、なんだよ!?僕は覗きじゃないぞ!やってない!言いがかりだ」

 哲は必死に抗弁する。この手の奴らには弱みを見せたらすぐにつけ込まれる。

「え~なんだ。ただのサッカー好きなんだ?」

「も、もちろんそうさ!」

 するとギャル女はこちらを試すようにニヤニヤと笑いを浮かべて尋ねてくる。

「へぇ――じゃあ、お勧めは?どの子がキレキレのプレイしてると思う?」

 ヤバい――と哲は内心で冷や汗をかく。哲が知ってるサッカーの知識といえば十一人で手を使わずにやる球技だという事と、代表チームのエースの名前くらいのものだ。

 既にグラウンド上では試合が開始され、少女たちが激しくボールを追いかけ回していた。

「そ、そうだなぁ。たとえば僕が注目してんのはあの子。そう、6番の背番号をつけたあの子なんかいいプレイしてると思うナ、うん」

 哲は目についた例の六番の少女を指差す。タッチを割りかけたボールを敵の選手と競りながら激しいタックルで足許に収めたところだった。

 サッカー云々はおいといて、みづきと共に彼女に注目している事は間違いないので嘘ではなかった。

「おっ!?お兄さんわかってるじゃ~ん」

 正解だったらしい。

 バシっと背中を叩かれた。ギャル女が嬉しそうに笑顔を浮かべて(悔しいがちょっとかわいいと思ってしまった)見つめてきた。

「そうなのよ。あいつ、高槻美蘭(ミラン)。名前もいいよね、ミランとか。中盤を駆けずり回って悉く相手の攻撃の芽を潰しまくるんだぜアイツ。かつてのガットゥーゾを思い出すわ~」

「あ~、うん。そうだね~。ガットゥーゾね~あいつはね~」

 誰だろう。

「てゆーか、せっかくだしあんたもこんな所で見てないで中で見ない?ピッチの傍で熱く語りながら観戦しようよ」

 ギャルに誘われた。

「え?あの、あはは。僕、ここでツレを待たなくちゃ」

「え~?ひょっとしてカノジョ?」

「ま、まぁね。そんな所」

 哲は見栄を張った。

「ウソ、いるの?その顔で?空想上のエアカノジョじゃなくて?」

「君、失礼だな」

「あはは♪ウソウソ、お幸せに!それじゃね~」

 哲は目を瞠った。

 ギャル女がフェンスに手をかけ、猿のようにスルスルとよじ登ってしまったのだ。

 途端、背後から怒鳴り声が響いた。

「こら!ユズ!」

 哲は思わずビクリと身を竦めて振り返る。スーツ姿の男がいつの間にか後ろに立っていた。

「うわヤバ、見つかった」

 振り返り、舌をチロリと見せた後で少女はフェンスから敷地内にひらりと飛び降りて逃げていく。

「ったく、しょうがない奴だなあいつは。すまないね、君にも何か迷惑をかけたみたいで申し訳ない」

 男は謝ってくる。

「いえ、いいんです」

 哲は応える。むしろ彼女にはお礼を言いたいくらいだ。

 彼の目の前で繰り広げられた一連のアクションの結果、哲はミニスカートから覗く引き締まった太腿とかそれ以上に凄いものを間近で目撃していた。

「じゃあ失礼するよ。俺も行かなくては」

 軽く会釈をしてスーツの男は去っていく。哲も頭を下げ返しながら、不思議そうに男を見やった。

 誰なのだろう。ひょっとしてさっきの子の援交相手とかではあるまいな。

 不意にグラウンドから歓声があがった。

 猛烈なタックルによってボールを奪った六番の少女が一気に前方にボールをフィードし、相手ディフェンスの裏に抜け出したフォワードにボールが渡る。

 チャンスだった。

 だが、相手ゴールキーパーと一対一になったフォワードはシュートを果敢に飛び出してきたキーパーの体に当ててしまい、ボールはタッチラインを割った。

 孝修舎サポーターから落胆の声があがる。盛大にブーイングをしているのはさっきのギャルではあるまいか。

 審判が笛を吹いた。

 見れば、先程美蘭のタックルを受けた相手選手が足首を抑えて蹲っている。

 審判がその少女にピッチの外に出るよう指示を出し、彼女は辛そうに足を引きずりながらラインの外にでた。相手校の控えの選手が慌ててコールドスプレーを持って走っていく。

 その後も六番の少女は再三に渡って攻め寄せる相手選手を追いかけ回し、次々に相手を弾き飛ばして地面に転がした。

 タックルで相手を痛めつけたならファールではないのだろうか、と哲は疑問に思った。

 ニュースなどで見かけるサッカーの映像では、相手にタックルをして転ばせた選手が審判にレッドカードを突きつけられて退場させられている。

 彼女はセーフなのだろうか。それともこれがホームに有利な笛という奴なのだろうか。

 よくわからないが、相手を痛めつける六番は荒々しくて汚い選手のように思えた。きっとミヅキさんはあのスポーツマンらしからぬダーティーなプレイに腹を立てて彼女を狙ったのだろう。

 と、みづきが珍しく血相を変えて走って戻ってきた。

「あ、おかえりみづきさん。どうしたの?忘れ物?」

「転進するぞ」

 みづきは減速もせずに駆け寄ってきたそのままのスピードで哲の腕を引っ張る。当然、哲はバランスを崩して引きずられるような形になる。

「わぁ!?なにするんだよいきなり!」

「いいから来い!まずい事になった。ひとまず離脱だ!」

 強引に引っ張られながら、哲は訳のわからぬまま彼女の後を追った。


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