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1、ミヅキさん(その1)「彼女が見たモノ」

「ねぇ、聞いた?結衣の話?」

「あ~!知ってる知ってる!結衣、入院しちゃったんだって!骨折で全治一ヶ月だそうよ」

「階段から足を踏みはずしちゃったんでしょ??」

「うわ、痛そう!」

「マジヘコむよぉ~。私、昨日結衣と途中まで帰ってたんだよ。あの子、忘れ物したって途中で一人で引き返して……あの時私が一緒に戻ってあげてればさぁ」

 その日、九品学園高校2年D組のクラスの話題は、突然怪我で入院してしまったクラスメイトの野中結衣の話題で持ちきりだった。

放課後、忘れ物を取りに帰った結衣は二階の階段から足を滑らせて転落し、救急車が呼ばれる騒ぎになったのだ。幸い命に別状は無かったものの、結衣は足の骨を折る大怪我を負い、また転落時に頭を打っていた為に入院を余儀なくされた。

 本人不在の空席となった少女の机を見やりながらお喋りを続ける女子グループの会話を盗み聞きしながら、門倉哲もまた野中結衣の不幸を哀れんだ。

 たとえ普段はろくすっぽ挨拶も交わさないような間柄のクラスメイトであっても、その子が階段から転げ落ちて怪我をしたと聞けば、誰だってそれなりに同情の念くらいは抱く。

 ましてや、落ちた生徒がそこそこに可愛く、彼好みのほっそりとして色白の女の子であったならば尚更だ。

 まぁ、だからといって殆んど接点のない同級生の身に降りかかった悲劇が別段に彼の人生に影響を及ぼす訳ではなし、哲はすぐにその不幸な事故を頭の片隅に追いやった。

 いや、哲だけではない。

 他のクラスメイトだって、退屈で変わり映えしない学校生活に突如沸き起こったこのアクシデントに驚き騒いではいるが、その興奮が続くのも精々数日の事だろう。

 おそらく結衣と仲の良い数人の友人たちが彼女を見舞い、意外と元気な彼女の姿や事故の状況を他の仲間たちに伝えれば、この騒動もひと段落だ。

 彼女のクラスメイトたちは一週間もしないうちに結衣のいない生活を存外簡単に受け入れ、女子生徒の一人欠けた教室は日常の風景としてあっさり定着していくのだろう。

 それほどスリリングで充実した毎日を過ごしてる訳でもない一介の高校生としての実体験からその結論を帰納的に導き出すと、哲は冷めた目で本人のいない学友の空席を見やっていた――少なくとも、彼の出番ではない、と。

 そんな哲の予感が大きく外れたのは翌日の事だった。

「ねぇ、聞いた?結衣の話」

 昨日と同じ場所で、同じ女子生徒たちが同じ話題を口にしているのを、哲は聞くとも無しに耳にしていた。

 またその話か、女子って同じ話何度しても飽きないよな。ったく――などと密かに苦笑する哲を尻目に少女の一人がそっと声を潜めた。

「昨日、亜美たちがお見舞い行ったらしいんだけど、マジでシャレになんないよ」

 とてつもない秘密を明かすかのような顔つきの少女に、他の女子生徒も同調した。

「えぇ、なになに?」

「怪我ひどいの?傷残っちゃったりとか?」

「ううん、傷とかじゃなくて、その原因!結衣が転んで階段から落ちたの、ただの事故じゃないんだって!」

 訳知り顔の少女の言葉に、他の少女たちの口から、異口同音に「え~っ!?」と驚きの声が洩れる。

「えぇ、どういう事?誰かに突き落とされたってこと?」

「う~ん、押されたっていうのとは違うんだけど。実はね、結衣、落ちる直前にね――――見ちゃったんだって」

 声のトーンを落とした少女につられてか、他の少女たちも怯えた表情を浮かべ、恐る恐る尋ね返した。

「見ちゃったって、何を?」

「何だと思う?――――幽霊よ幽霊!」

 教室に少女たちの悲鳴が響く。

「えぇ~??幽霊!?なにそれ?怖い!」

「どんな奴?」

「なんか、セーラー服着てもんぺを履いた血まみれの女の子なんだって!それが階段で結衣を追いかけてきて、声をかけられたんだって!」

「え~!?嘘でしょ?」

「ホントよ!亜美たちがお見舞い行った時も、結衣ずっと震えて怖がってたらしいよ?泣いちゃってシャレになんなかったみたいよ?」

「やめてよそういうの!結衣ちゃんが落ちた階段って、いつもウチら使ってるあそこの階段でしょ?」

「やだ~!!もう放課後残れないじゃない!私、部活遅いのに~!」

「そ、それでどうなったの!?その後は?他に何らかの超常現象はあったのかな?会話ができたって事は意思の疎通は可能だったって事だよね?セーラー服にモンペってことは戦前の幽霊だと思うんだけど、向こうは実体化してたの?」

 少女達の黄色い声にさりげなく混ざって、異質な音域の質問があがった。

 彼女たちはその質問者にギョッとした視線を向け、それからあからさまに排他的な態度を示した。

「ちょっと、門倉!何勝手に会話に混ざってきてんのよ?」

「うわ、なにこいつ!人の話盗み聞きとかありえねーよ!マジキモい!」

「ちょっと!近いんだけど!?近づかないでくれる!?」

 女子数人から一斉に拒絶の十字砲火を受け、哲はつまみ出された。

「ご、ごめん!今の話、つい気になって」

 哲は詫び言を口にしたが、それで事態が好転する筈もなかった。女子たちは闖入者へと叩きつけるような視線を向けた後で、席を立った。

「何よコイツ。マジありえねー」

「キモ~い。あっち行こうよ」

 何故か哲も席を立った。

「あっ!待って!その話、もっと詳しく聞かせて!」

「うげっ!?なんでついてくんのよ!?マジキモい!来ないでよ!」

 門倉哲はホラーやオカルト、怪談話に目がなかった。



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