2、月を狩る少女(その8)「楽しいランチはビンタの後で」
門倉哲は大いに不満だった。
これまで彼が小笠原みづきに出会ってからこのかた、哲が関わった二件が二件とも、彼の与り知らないうちに大事件へと発展し、そして間違いなくそれを引き起こした筈の少女はそれにほっかむりで興味をなくしてしまっていた。
つまり、哲の知らないうちに、全ては終わっているのだ。
二度目の八王子夢月の時などは、慎重な行動を呼びかけたその翌日には、新聞の一面を賑わす大事件に発展していた。
マスコミの論調ではギャングの抗争事件とされていたが、哲はそれを信じなかった。
殺された九名は、いずれも鋭利な刃物による刺殺か銃で射殺されていた。小野寺錬の自宅には爆発物まで使用された痕跡があったという。
つまり、出逢ったあの夜に哲の眼前で百鬼たちに振るわれた力が、そのまま無軌道な若者たちに向けられたという訳だ。
恐らく巻き添えに近い形で犠牲になったであろう小野寺錬の両親は本当にかわいそうだと思う。
わからないのは、八王子夢月の行方だ。
彼女の安否どころか存在すらどのマスコミも語っていない。当然、現場からは遺体も見つかっていないし、負傷して何処かの病院に担ぎ込まれたという話もなかった。
不自然だった。
みづきが追いかけていたのは、小野寺錬率いる〝紅蓮地獄〟ではなくあのキラキラネームの少女だった筈だ。小野寺錬宅がみづきの襲撃を受けたのもその所為である事は間違いないと哲は断言できる。
よしんば襲撃時に彼女が不在で空振りだったのならば、みづきは今なお少女を追いかけて凶行を重ねているだろうし、それがないという事はみづきはもう夢月をどうにかしてしまったのだろう。
おそらく、夢月はみづきの手によって何処かに連れ去られたのではないか。哲はそう思っている。思えば最初の犠牲者である須藤奈月もまた行方知れずになり、そのままだ。
あまり考えたくない事だが、みづきが彼女たちを手にかけ殺害した後で遺体を隠蔽した可能性というのも検討してみたが、それはありえないと哲は結論を下した。
隠蔽も何も、八王子夢月の一件では他の犠牲者たちは隠蔽どころかその日の内に見つかっている。仮に犯行を秘匿したいのならば夢月だけを隠してもまったく意味がない。
やはり、みづきは狙った二人を何処かに連れ去っていると哲は睨んだ。
その為には彼女は手段を選ばず目標を追い詰めるのだ。
でもそれは何の為なのだろう?その動機ばかりは本人に聞かないとわからなかった。
埼玉県東部のとあるビジネスホテルにふらりと現れた哲は、僅かに開かれた扉越しに向き合う小笠原みづき当人にそう来訪の理由をのたまわった。
今にも噛みつきそうな顔で哲を睨みつけていたみづきは、返事の代わりにフロントに内線をかけて少年をホテルから摘まみ出させた。
物の数分も経たぬうちに部屋の電話が鳴る。
『ひどいよミヅキさん!せっかく遠い所をわざわざ来たのに追い出すなんて!』
「……私は時々、本気で貴様が恐ろしく思えるぞ」
『え?なんで?』
みづきはため息をついた。
「まあいい。貴様にまた探してもらいたい奴がいる。ちょうど良い」
10分後、ホテルの一階ロビーでフロントクラークから不審者を見る目で睨まれ小さくなっていた哲の下にみづきが近づいてきた。
いつもの制服姿ではなく上下臙脂色のジャージ姿だった。三つ編みの数も後ろは一本だけなのは今日が土曜日という世間一般的なオフの日だからかもしれない。
「あれ?みづきさん、制服以外に服持ってたんだ?ちょっと芋っぽいけどそこがまた似合ってるよ」
「貴様も言うようになったな?ビンタと鉄拳どっちがいい?選ばせてやる」
公衆の面前で少女にビンタを食らった後で、哲は彼女にホテルの隣にあるファミリーレストランに連れて行かれた。
「ここは私が支払ってやる。好きなのを選べ。腹が減ってるなら飯も食え」
随分と気前のいい事を言ってくるみづきに哲は慌てて答える。
「そんな、悪いよ。てゆーか、女の子に奢ってもらうってのもちょっとアレだし、僕が払うよ」
「それはかまわんが、いいのか?今の私はすこぶる空腹だから容赦はしないぞ?」
呼びつけたウェイトレスに和風ステーキとナポリタンとジャーマンポテト、それにデザートまで頼みだしたみづきを見て、哲は蒼ざめた。
「……みづきさん、やっぱり割り勘でいい?」
「賢明な申し出だな?かまわん。やはりここは私がもつ。貴様にも働いてもらうのだから俸給代わりだと思って遠慮なく食え」
「とっほっほ、カッコ悪い」
さほど気にした様子もなく、みづきは嬉しそうにドリンクバーへと立つ。
今日は何かいい事があったのだろうか、それともファミレスで無闇にテンションのあがる人なのだろか。理由は分からないが連れの少女の機嫌がよくて悪いことなど何もないのは確かだった。
どうやらみづきは本当に腹が減っていたらしい。テーブル上に並べられた料理を前に「おぉ、これは味の三国同盟だ」などと訳のわからんコメントを吐きながら旺盛な食欲を見せた。
「僕のグリルチキンも美味しいよ?」
「確かに美味そうだ。……一口くれんか?ステーキと交換だ」
ヤバい、デートみたいだ――そう哲は思った。
目の前の女の子の口調は変だしジャージ姿だけれども、まるでデート中のカップルみたいなやりとりだ。少し電車賃がかかったが、わざわざ彼女に会いに来た甲斐があった。
食後の紅茶を満足げに飲み終えた後で、みづきは関東一円の地図帳を見開いた。
付箋のついていたその頁はちょうど二人のいる街の地図が記載されており、そこにみづきの手で書き込みがなされている。
「この辺りだ」
みづきは地図の下方――すなわち街の南一帯を指で示す。
「おそらくこの辺りだ。紺色のセーラー服で襟が白くてラインが入っている。どの学校だ?」
哲は頷き、指で地図の一箇所を示す。
「たぶん孝修舎女子高校か付属中学だね」
「何故いつも即答できるんだ」
嫌そうに眉をしかめながらみづきは地図を覗く。
「日焼けしていて髪は短かった。見かけたのはこの辺りの交差点。住宅地の方に自転車で移動していたから家はそちらなのかもしれない」
「じゃあまずはこの学校に行ってみようよ。髪をショートにしてて日焼けしてるなら外でやる部活に入ってるんじゃないかな。今日は日曜日だし学校で練習している可能性は高いと思うよ」
「なるほど。道理だな」
「それで、その子は何をやらかしたの?」
哲の問いかけにみづきは怪訝そうな表情を浮かべる。
「やらかした?どういう意味だ?」
「だって、その子が何か悪い事やってるからミヅキさんが狙ってるんでしょ?」
瞬きをした後でみづきはメガネのフレームを押しやった。
「そこら辺の情報も含めて集めるのが貴様の仕事だろう」
「了解。とりあえず孝修舎の生徒で日焼けしてて名前に月が入ってる子だね。調べてみるよ」
哲は頷いた。




