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2、月を狩る少女(その3)「須藤奈月」

 須藤奈月は友人や先輩後輩、果ては友達というほどではない知人連中から街ですれ違うだけの一見さんたちにまで、所謂いわゆる「ヤンキー」のレッテルを貼られている。

 両親や教師らの世代の大人たちによる彼女の評価も「不良娘」の一言で括られる。世代間に表現の差はあるものの、ほぼ同義語で統一されているといってもいい。

 奈月の周囲による、そうした判で捺したような彼女の人物像については全くもって謂れのないものではない。むしろ不特定多数による一致した評価は、彼女の本質を充分すぎるほど正確に表していると言えた。

 実際のところ、どう贔屓目に見ても奈月はまっとうな少女とは言えなかった。

 脱色しすぎてナイロンみたいに傷みきった金髪。特殊メイクに近いレベルで念入りに施された化粧。ジャラジャラゴテゴテと身につけたアクセとネイルとタトゥー。

 彼女の通う九品学園高校の服装規定は割合に厳しい筈だったが、入学時よりこのかた、奈月はそんなものを遵守する気など毛頭無かった。

 彼女の交友関係も、奈月と同じような身なりとモラルを共有するような素行の悪い友人たちばかりが名を連ねている。

 当然、その悪友たちとつるんで奈月が引き起こす行動が善性なものである筈が無かった。

 学校の遅刻早退サボりなど序の口で、家出や飲酒喫煙、深夜の徘徊に不純異性交遊に万引き、暴行、カツアゲ、ウリetc――警察に補導された事など何度もあるし、表沙汰にならなかった違法行為ならその数倍になる。

 世の中の人間が不良少女という言葉を聞いて連想する事で、奈月がやってない事を探す方が難しいぐらいだ。

 その奈月が、この二ヶ月ほどはすっかり鳴りを潜めていた。

 勿論、彼女の内面に劇的な変貌が訪れた訳でもなければ、その生活態度に改善が見られた訳でもない。 相変わらず似たような連中とつるんでは、反社会的で身勝手な日常を過ごす事には変わりは無かったけれども、主に金銭絡みに関する事で悪さをする事がめっきり少なくなったのだ。

 理由はシンプルだ。

 店員の目を盗んでたかだか数百円の商品をバッグに押し込んだり、何処の誰とも知らぬ男を相手に股を開いたりしなくとも、奈月にはちょっとした大金が舞い込むようになったのだ。

 欲しい服やバッグは財布の中身を確認せずとも次々に手に入れられるようになったし、友人たちとファミレスに行った時など機嫌が良ければ全員分の支払いを奢ってやる事もある。

「ねえナッツ、最近あんたマジ羽振りよくね?」

 友人には不思議そうに尋ねられた。

 得意げに笑いながらも勿体ぶって答えない奈月を友人たちは尚も追及してくる。

「なんかあったの?サマージャンボ当たったとか」

「オッサンか!」

「ひょっとしてこないだのオークスで万馬券当てたのナッツか」

「だからオッサンか!」

 友人の一人がピンときた顔で尋ねてきた。

「わかった。パパができたとか」

「オッサ……ん~、惜しい」

 奈月は笑みを深くする。

「うわ、マジすか。ナッツさんまぢビッチ」

 友人たちの推測はあながち的外れでもなかった。

 実際、奈月にはパトロンができたのだった。

 といっても、いわゆる援助交際だの愛人関係だのといった類の話ではない。本来の意味での後援者が彼女にはついていた。

 二ヶ月前のちょっとした出会い以来、奈月は生まれ変わったのだった。

「貴女には、その資格があるわ」

 最初にそう告げられた時は、ナメてんのかと思った。

 重ねて誘われた時には、ぶん殴って財布を奪ってやろうかと思った。

 しつこく声をかけられた時にはそれを実行に移そうとして返り討ちに遭い、なすすべなく拉致られたその豪邸で奈月は彼女の庇護を受けて仲間になった。

 パトロンから解放された後で、半信半疑のままに試しにデパートのアクセ売り場で万引きをした時は、彼女の速さに店員は誰もついてこれなかった。

 次の実験として、近くの高級マンションの三階に忍び込んだ時は、道具も使わず素手で壁を伝って窓から入り込めた。

 たまたま帰宅した住人と鉢合わせた時はさすがに焦ったが、その身長180はあろうかという巨漢の男は、奈月のパンチ一発で轟沈した。

 奈月は自分の身体能力が恐ろしいほどに高まっている事に興奮を覚えた。

 たぶん今の奈月ならば、九品最強のワルと言われているヒデくんにも勝てるだろう。

 ただし欠点もあった。力を得たといってもそれは二十四時間年中無休で行使できるものではなかった。

 一度、調子に乗って一時間くらい暴れ回っていた奈月は、その反動で3日くらい猛烈な筋肉痛に襲われ動けなくなった。

 ひとしきり彼女が自分の身体能力を把握して満足を覚えたところで、パトロンは奈月に取引を持ちかけてきた。

 奈月は金銭その他の庇護をパトロンから受ける代わりに、パトロンの仕事の手伝いをしたり、いろんなテストに参加して協力するよう求められた。

 奈月は素直にその申し出に従った。

 パトロンが呈示してきたお小遣いは高校生にすれば破格の金額だったし、それにパトロンに逆らってせっかくの力を奪われるのは得策ではない。

 だから奈月はパトロンに従う事にした。

 自分の為に力を使うのは、お小遣いに手をつけすぎて金欠になった時か、気に入らない奴をボコボコにぶちのめす時とかの、やむにやまれぬ状況のみに限定する事にした。

 けれども奈月はそろそろ今の境遇に飽き始めていた。

 パトロンのくれるお金はたしかに魅力的だったが、奈月の底なしの物欲を満たせるほどの額ではなかった。

 おまけに、テストやら仕事やらで呼び出される事も頻繁で、その為に奈月はカレシや友人たちから付き合いが悪いと不評を買い始めていた。

 面倒だな、と奈月は思い始めていた。

 奈月はあくまで人生を楽しく好き勝手に生きたいだけだ。

 パトロンのお金はありがたいが、プライベートを潰されてまで命令使いぱしりにされるのはゴメンだった。

 奈月が密かに動き始めたのはこの一週間ほどだ。

 パトロンに無断で幾つかの家で空き巣を働き、金持ちそうな老人たちのバッグを引ったくり、いずれも警察に捕まる事なく大金をせしめた。

 イケる――奈月は確信した。

 あんな奴に飼われなくたって奈月は自分で金を幾らでも稼げるのだ。その事に奈月は気がついてしまった。

 カレシと映画を観ていた時に悪党たちが銀行を襲っているのを見て、奈月にインスピレーションが舞い降りた。

 あのマヌケな強盗たちは主人公の警官にやられてしまったが、あたしは絶対に警察には捕まらない。あたしなら絶対に成功させられる。

 思いたったその足で奈月はそれを行動に移した。

 おあつらえ向きに、駅前の信用金庫の前に現金輸送車が停まっていた。警棒を片手に、重そうなケースを抱えた二人組のガードマンが店から現れた。

 ガードマンたちが車に乗り込む寸前、奈月は動いた。用意していたパーティーグッズの大仏の被り物を被って近づく。

 妖しいマスクを被って駆け寄ってくる不審者にガードマンたちが警戒の色を強めて警棒を構えた。

 奈月は力を解放した。

 あっという間に彼らに詰め寄ると、若い方のガードマンの顔に拳を叩き込む。

 肉の中に拳がめり込む嫌な感触。ガードマンの顔の骨がめきりと音を立てた。かまわずそのまま数発、殴りつける。崩れ落ちた若いガードマンを無視して、奈月はもう一人の初老のガードマンに襲いかかる。

 呆然としていた老ガードマンが慌てて警棒を振るう。

 遅い。動揺と恐怖でへっぴり腰の一撃を奈月は悠々と掻い潜り、相手を血祭りに上げる。

 通行人の女が悲鳴をあげている。

 かまうものか。奈月は倒れたガードマンの手からケースをひったくる。

 現金の詰まったケースは想像以上に重かった。

 さすがにいつものようには走れなかったが、それでも奈月の足は誰よりも速い。自転車で追いかけてくる警官など楽勝で振り切れる。

 奈月は笑いが止まらなかった。

 なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。

 幾ら入ってるかは知らないが、このケースにずっしりと詰め込まれた札束さえあればわざわざ誰の指図も受ける事なくセレブな人生が過ごせるだろう。

 よしんば足りなくなればまた奪えばいいだけだ。

 追い縋る警察もサイレンを鳴らすパトカーも彼女を止める事はできないのだから。

 そう――――目下のところ彼女の目の前に立ちはだかる障害といえば、何処からともなく彼女の行く手を遮るように現れた、三つ編みにセーラー服の根暗そうな地味女くらいだった。

「どけよブス!」

 怒鳴りつけ、場合によっては殴り飛ばそうとした奈月は異変に気づいた。

 目の前の女がこちらを凝視したまま、腰に吊るした物――奈月には刀に見える――に手をかけた姿勢で腰を落とした。

 まるで時代劇のお侍だ。

 冗談みたいな光景に奈月は呆れ、吹き出しそうになり、そして戦慄した。

 あの態勢で地味女が何をしでかそうとしたのかわかったのだ。

 反射的に奈月は飛び退いた。

 案の定、地味女が剣を抜き身ざまに斬りつけてきた――――早い!

 完全には避けきれず、奈月の腕にかすかに痛みが走る。見ると、パーカーの袖が裂けて肌が覗いていた。そこに定規で引いたようなまっすぐな線が走り、中からプツプツと赤いものが滲みだしてきた。

 奈月は悲鳴をあげ、腕を庇った。

 痛みと混乱、それに恐怖が同時に押し寄せてくる。

 刀でいきなり斬りつけてくるなんて普通じゃない。なんだこいつ、イカれてる。腕が痛い。

 再び地味女が襲いかかってくる。

「――このぉ!」

 奈月は怒りを覚えた。

 油断して斬られてしまったが、こっちにはあの力がある。

 身長180越えの巨漢だって、警棒を持ったガードマンだって敵ではないのだ。ヒョロヒョロしたチビの女が刀を持ったくらいで彼女に勝てる筈がない。

 剣をかわして懐に飛び込む。

 殴りつけようとして、翻った白刃に戸惑い奈月はバックステップを踏む。

 頬が熱い。

 手をかざすとベッタリとした赤い血が掌についた。

 嘘だ。当たる筈がない。

 次々と振るわれる剣を奈月はかわす。ダメだ。避けるだけで精一杯だ。

 おかしい、こんな筈ではない。奈月の速さについてこられる相手などいる筈がない。

 けれども、奈月が素早く動けば動くほど、目の前の三つ編み女は彼女以上のスピードで追いかけてくる。敵わない。逃げようと向けた背中をまた斬られた。

 熱い。痛い。

 恐怖で頭が真っ白になる。無我夢中で腕を振るう。それが相手の剣の腹を叩き、剣がへし折れた。

 そうだ。彼女にはこのパンチ力があった。

 剣さえ折れてしまえば後はこっちのものだ。

 逆襲に転じようとした奈月の目の前に銃口が突きつけられる。

 間一髪、身を翻した。

 信じられない。ピストルなんて何処から出した!?

 女がピストルを乱射して、その内の一発が奈月の太腿を掠める。泣きながら奈月は全力で逃げる。

腕が痛い。背中も痛い。足も痛い。血が出てる。

 このままだと死ぬかもしれない。早く病院に行かなくては。マジ最悪。

「射撃用意」

 背後で声が聞こえる。

「前方部隊、30指命―――」

 あの女は何を言っている?だが、そんな事はどうでもいい。今はただ逃げるだけだ。

 路地裏に逃げ込み、角を曲がる。

「―――――――!!」

 奈月は目を瞠った。

 目の前を、鉄砲を構えた兵隊みたいな連中が塞いでいた。その銃口が一斉に奈月に向けられている。

 背後で先ほどの少女の声がボソリと聞こえた。

「――射て」

 次の瞬間、至近距離から同時に放たれた無数のライフル弾が奈月の体を貫いた。



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