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2、月を狩る少女(その2)「契約」

「まったく、さっきは冷や汗かいたよ」

「む?心外だな、先の問題の大半は貴様のせいだろう」

 哲のボヤキを聞き咎め、お茶を啜っていた少女が湯気で曇った眼鏡越しに反論してきた。

「うっ!?そりゃ僕にも原因があるかもしれないけどさ。でも元はといえばミヅキさんがうちの学校に不法侵入しようとするから悪いんじゃないか」

「私一人ならば絶対に見つからなかったし、うまくやり過ごせた!貴様のせいだ」

 少女は自分の非を認めようとはしなかった。

 二人が逃げ込んだのは部室棟にある放送部の部室だった。ここならば当面は誰にも見つかる危険もない。

 自分でマグカップに注いだお茶を飲みながら哲は少女を見やる。

「……それで、ミヅキさんはうちの学校で何をしようとしてるの?――あぁ、わかってる。乙女の秘密でしょ?わかってるから言わなくていいよ」

「――ではない。機密だ」

 少し不服そうな顔で少女が睨んでくる。

「なにそのこだわり?何が違うのさ」

「全然違う!秘匿の度合いが二段階違う」

「……へぇ。そうなんだ」

 相変わらずミヅキさんは今日も絶好調に飛ばしているな、と哲は思った。

「まぁいいや。人探ししてるんでしょ?誰を探してるの?よかったら手伝うけど」

「結構だ。貴様が役に立つとは思えない。むしろ、足手まといだ」

「ひどいなぁ。こうやって安全な隠れ家も提供したじゃない?それに、僕ならミヅキさんが校内ウロウロするより自然に情報を集められるし、それに放送部だから色々と資料も集められるよ?」

 哲の申し出に少女は長い睫毛を瞬いてみせた。胡散臭げに睨まれる。

「――貴様、何が狙いだ?何故、私にまとわりつく?」

 哲は即答できなかった。

 何か目的があって彼女を追いかけてきた訳ではなかった。彼女との偶然の再会を喜び、衝動のままに動いただけなのだ。

 今しがた口にした協力の申し出だって、少しでも彼女を手伝ってあげたいという思いから咄嗟に口を衝いて出てきた言葉だ。

 見返りを求める気持ちも、邪な他意も別段ない。せいぜい、彼の助力に少女が微笑んで「ありがとう」の一言も貰えれば充分すぎる報酬だ。

 この風変わりだが彼の好みどストライクゾーンの美少女と、少しでも接点をもちたいという素朴な気持ちがあるだけなのだ。

 だが、それを少女にそのまま伝える事はどう取り繕おうと好意の告白に他ならない。

 16年の人生でろくに異性と関わった経験のない奥手な少年には些かハードルが高すぎる。咄嗟に哲は別の理由を引っ張り出してでっち上げた。

「ミヅキさんのやってる事に興味があってさ。またこないだの百鬼退治みたいな事をするんでしょ?僕、そういうアニメとかゲームとか大好きなんだよね!ミヅキさん、リアルでそういう事やってるから、なんかワクワクしてさ!だから僕もそういう世界をちょっと覗いてみたくて。なんでもするから手伝わせてよ!」

 失敗だったかもしれない。

 哲を見る少女の目が見る見る氷点下の冷たさになる。

「バカか貴様は」

「あう」

「これはゲームでも演習でもない。貴様のような輩に道楽気分でうろつかれては迷惑だ。消えろ」

 少女は部室の出口を指さした。

「消えろって、ここは僕の部室なんだけど」

「ならば私が出て行く。さらばだ」

「待って待って!ちょっと軽く言い過ぎた!僕、これでも本気なんだよ!君に興味があるんだよ――あ、じゃなくって!そうだけどそうじゃなくて、変な意味じゃなくて、君のやってる事に興味があるんだよ!」

「黙れ。私の事など何も知らないくせに軽々しい言葉を吐くな」

 しどろもどろの弁解に、少女が苛立ったように怒鳴りつけてきた。

 ヤバい――と思った。ここでうまく返せなかったら恐らく彼女との縁もここまでになる。本能的に哲はそう感じ、必死で言葉を手繰る。彼女の事で何か知ってる事――そうだ!

「知ってるよ!少しくらいなら知ってるよ!君の本当の名前だって知ってるんだ!小笠原みづきさん!ほら、正解でしょ!?」

 途端、少女は振り向きざまに抜刀していた。哲の胸元で刀の切っ先が停まっている。

 いつの間にどこから剣を取り出してそれを抜いたのか、哲にはまったく見えなかった。

「――――貴様、どこでそれを」

「ソース元は秘密――あ、機密だっけ?だよ」

「吐け」

ぶすり、と胸元付近に刀の切っ先を突き立てられ、哲は悲鳴をあげた。

「いたたたっ!?刺さってる!刺さってるって」

「答えろ!」

「わかった!言うよ、言う!学校に来た変な刑事が君の名前を言ってたんだ!」

「刑事?」

「女の刑事だよ。すごい美人で、ちょっと妖しい感じの人。なんか、平安時代のコスプレした女の人と一緒にいたんだ」

 少女――みづきは舌打ちし、まるでそこにその人物がいるかのように虚空を睨んだ。

「蘆屋千沙都か!」

「……知り合いなの?」

「敵だ」

 吐き捨てるようにみづきは告げる。どれほどの事があればその人間関係を敵と称する事ができるのか、哲には見当もつかない。

「それで貴様、奴には何を聞かれた。何を話した」

「な、何も話してないよ!落としてたビデオを返してもらっただけだよ!ちょっと危ない感じの人だったし……あの人、僕の目を譲ってくれないかとか言い出して怖かったよ」

「目を?あぁ、確かに貴様の目は厄介だ。――譲らなかっただろうな?」

「譲ってたら今こうして君を見上げていないよ」

 言わずもがなの問いかけにも苦笑する余裕なんてない。蘆屋千沙都に負けず劣らずの電波少女に哲は必死に告げた。

「――――ふん」

 鼻を鳴らし、みづきは突きつけていた剣をようやく引いてくれた。

「考えが変わった。このまま貴様が蘆屋の手先になっては厄介だ。それにいちいち私を見つけられて邪魔だてされても迷惑だしな。いいだろう、貴様には私の役に立ってもらおうか」

「え?いいの?」

 みづきは無言でテーブルに戻っていった。

 どうしたのだろうと哲が見守るその先で、突然刀に自分の指を当てて引く。鮮血が滴った。

「ひぃっ!?何やってんのミヅキさん!?」

 悲鳴をあげる哲を尻目に、みづきは先程まで自分がお茶を飲んでいた湯飲みに滴る血を数滴落として掻き混ぜた。

「――――飲め」

 赤く染まった湯飲みが突きつけられる。

「うわぁちょっとそれは無理!ミヅキさん、さすがにそれはこじらせすぎだよ」

「飲め」

 再度の要求は刀と共になされた。

「あはは、このプレイ、初心者にはハードすぎるんだけど」

 猟奇的過ぎる要求をなんとか冗談で済まそうとしたが、少女は真顔で刀を突きつけたままだった。ズキズキと胸が痛い。先程みづきが容赦なく刀を押しつけてきたせいでシャツ越しに血が滲んでいた。

 ナントカに刃物、という言葉をこれほど噛み締める時が来ようとは思ってもみなかった。

「……本気なんだね?」

「私のいる世界を覗きたいんだろう?それともあの言葉すら虚言か?」

 少女が紫の目で覗き込んできた。

 色々と後悔を覚えながら哲は目の前の湯飲みを受け取る。

 好きな子に刀で刺された挙句に彼女の使った湯飲みで血を飲まされる。何かに目覚めてしまいそうだ。

「間接キス間接キス間接キス……よしイケる」

 自分に言い聞かせる。

「おい、やっぱり飲むな。貴様のような兵士はやっぱり要らん――あ。」

 嫌そうな顔を浮かべて止めようとした少女を尻目に、哲は意を決して湯飲みを呷った。正直、安茶の渋みに掻き消されて味も臭いもまったくわからなかった。

 空になった湯飲みを見やり、溜め息をついた後でみづきは告げてきた。

「――もう引き返せないぞ?貴様に待っているのは滅びの運命だけだ」

「うわぁ。相変わらずアレな台詞だね。そういう事は飲む前に言ってよ」

 哲は苦笑した。

 みづきは笑わなかった。


 ほんの一瞬、哲の心臓が強く脈打ち、視界が狭まった。

 若い健康な少年はそれを錯覚と受け流したまま、向かい合う少女に嬉々とした笑顔で話しかけ始めた。

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